平野愛「moving days in KCUA」
会期:2024/06/29~2024/08/04
会場:京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA [京都府]
公式サイト:https://gallery.kcua.ac.jp/archives/2024/11037/

むらたちひろ「記憶の巡り」
会期:2024/06/29~2024/08/04
会場:京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA [京都府]
公式サイト:https://gallery.kcua.ac.jp/archives/2024/11048/

人生の節目となる「引っ越し」を、テキストとともに記録する「moving days」シリーズを手がける写真家の平野愛。私家版写真集『moving days』(2018)に続き、『moving days』(誠光社、2023)では、その後に撮影した7組の引っ越しを収録。普段は戸棚やクローゼットに収納されていたモノが一気にさらけ出され、同時にダンボールに詰め込まれて再び見えなくなっていく。モノの散乱と梱包、次第に空っぽになる室内で続く日常生活。日常空間が「秩序の解体現場」へと変貌するさま、そこに垣間見える個人や家族のアイデンティティを、柔らかな空気感の写真で捉えてきた。

平野愛写真展「moving days in KCUA」では、2023年夏、京都市立芸術大学のキャンパス移転という大規模な「引っ越し」の記録写真が発表された。京都市郊外にあった沓掛キャンパスから、JR京都駅に近い市内中心部が再開発された崇仁地区への移転。展示では、プリントサイズの緩急をつけた写真が並ぶ。沓掛キャンパスに生い茂る緑の生命力、絵の具の飛び散った壁や床、使い込まれた家具や機材。建物の柱を覆う紙に、感謝や思い出が書きつけられた「寄せ書き」。学内で大事に飼われていた猫が引き取られる別れの日。濃密な生活の場であった痕跡が、だんだん空っぽになっていく空間によって見えてくる。手すりに並べられた、汚れた軍手が物語る作業量。何が運び出され、何が廃棄されるのか。引っ越しとは単に空間の移動ではなく、新陳代謝的な「選別」の実行でもあることを、うず高く積まれた廃棄物の山が語る。

[提供:京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA]

[提供:京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA]

ここで特異なのは、崇仁地区の新キャンパスが「モノクロ」で撮影されていることだ。引っ越し作業の際に出てきた30年前のフィルムカメラをもらい受けた平野が、慣れないカメラでまっさらな新校舎に向き合った。まだ体になじまないカメラと、同じくなじみのない空間。巻き上げに失敗した傷もプリントされ、「現在」が既に「過去」になったかのような時制の錯覚を覚える。そのアナクロニズムは、「数十年後には新校舎も記憶が堆積した場所になっているだろう」という未来完了形の時間感覚を示す。

[提供:京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA]


別企画の展示だが、奥には、染織作家のむらたちひろの個展「記憶の巡り」が続き、「崇仁地区をめぐる時間の重層化」という点で呼応する。むらたは、崇仁キャンパスの移転整備工事で解体された元崇仁小学校の校舎や植物を撮影。「thickness of time」シリーズでは、その写真を布地の裏面に捺染(プリント)し、表側から画像の一部に水をにじませる。「布地の向こう側」にあった不鮮明なイメージが、鮮やかに「こちら側」に染み出すと同時に、イメージは水に溶けて歪み、崩壊する。「布地に染料が浸透する時間」の可視化、「イメージの想起が同時に変容や崩壊でもある」という両義性。むらたはこれまで、染織という技法や媒体に潜在する「時間」「記憶」について語る可能性を示してきた。

[提供:京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA]

また、一枚の布地は「平面」だが、「表/裏」という次元の展開をもつことへの言及は、別シリーズ「planet」とも共通する。白い布地を折り紙のように「舟」のかたちに折り、染料で少しずつ染まっていく過程を、空き家や旧酒造など記憶や人の営みの痕跡を宿す場所で制作してきた。本展では、元崇仁小学校の校舎内で撮影した映像作品とともに、「折り紙の舟」すなわち立体として染料に染まった布を、再び二次元の平面に戻した状態で展示。「三次元の立体」の状態における時間の痕跡が、「二次元の平面」に解かれることで、不定形に滲む色面と山折り・谷折り線という異なる様相を見せる。「立体物」として構成された過去を、「平面」に解体し、いわば「記憶の地図」として見つめ直すこと。あるいは、色面の滲みと折り目という痕跡から、「過去」をどのように想像のなかで立体的に再構築することが可能か。

[提供:京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA]

[提供:京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA]

時間の秩序の組み替えを次元の展開/転回として示す「planet」と、「直接触れられない裏側に刻印された記憶にどう触れることが可能か」を試みる「thickness of time」。むらたの両シリーズは、「隔たりのある過去を現在の相においてどう接近し、読み解くか」という問題意識を指し示す点で、歴史批評にとっても示唆的だ。それは、(本展では明示的に言及されないが)かつて西日本最大の被差別部落があった崇仁地区の歴史といった、抑圧され見えにくい負の過去にどう向き合うかという問いへと接続されるべきものでもある。

関連レビュー

桐月沙樹・むらたちひろ「時を植えて between things, phenomena and acts」|高嶋慈:artscapeレビュー(2021年05月15日号)
むらたちひろ「internal works / 境界の渉り」|高嶋慈:artscapeレビュー(2018年07月15日号)
むらたちひろ internal works / 水面にしみる舟底|高嶋慈:artscapeレビュー(2017年06月15日号)
むらたちひろ internal works / 水面にしみる舟底|小吹隆文:artscapeレビュー(2017年06月01日号)

鑑賞日:2024/07/05(金)