artscapeレビュー
桐月沙樹・むらたちひろ「時を植えて between things, phenomena and acts」
2021年05月15日号
会期:2021/04/17~2021/06/13
京都芸術センター[京都府]
「作品が内包する時間」は、どのように可視化されうるのか。木版画/染色という表現媒体や技法は異なるものの、この問いに共通して取り組む、桐月沙樹とむらたちひろによる二人展。副題に「between things, phenomena and acts」とあるように、元は樹木である版木の表面がもつ木目、「線を彫り足しながら刷る」という連作的行為、染料が布に「染まる」という現象、その時間の痕跡を示す滲みなど、マテリアル、現象、行為との相互作用によってイメージが揺らぎながら立ち上がる瞬間が交錯する。
透明感ある色彩の美しさが目を引くむらたちひろの染色作品は、大画面の伸びやかなストロークや、干渉し合う色の帯の重なり合いが、例えばモーリス・ルイスのようなカラー・フィールド・ペインティングを想起させる。作品に近づくと、浸透した染料が干渉し合い、境界線が滲み、両者が混じり合った「第三の色」の領域が出現していることがわかる。4枚のパネルで構成される《beyond 05》では、類似したストロークの反復のなかに、ロウによる防染のコントロールと、完全には制御不可能な物理的現象がせめぎ合い、反復と差異がイメージの豊かな変奏を生み出す。
桐月沙樹は、この「反復と差異、時間的連鎖」を「版画」というメディアそれ自体への自己言及的な考察へと展開させている木版画家である。桐月の作品の特徴は、1)版木の木目を、「緩やかに蛇行する線」としてイメージの一部に取り込むこと、2)「素材である樹木が内包する時間」の痕跡を示すその線の上に、「少しずつ線を彫り足しながら、刷り重ねていく」連作的行為、3)「物理的には同じ1枚の版木から、彫りの進度が異なる複数のイメージを発生させる」ことで、「版」と「複製性」の結びつきを批評的に断ち切る、という点にある。
その名も《dance with time》と題された出品作は、同じ1枚の版木から刷られた、計9枚の木版画で構成されている。1枚目から順に辿っていくと、木目が写し取られた黒い地の中に断片的な線やイメージが現われ、2枚目、3枚目、4枚目…と彫り足しては刷る行為を重ねていくうちに、成長する植物のように線が伸び、新たな芽吹きのように出現し、絡まるロープやリボン、木目を見立てた川面の上に浮かぶ人影や壺、カーテンのように揺らぐグリッドなどが姿を現わす。だが、繁茂する線は次第にその表面を浸食し、白い線が自己破壊的なまでに画面を塗りつぶしていく。変奏曲のような時間的構造とともに、「線を彫る」という行為が、イメージの生成と同時に消滅につながっていくという暴力的なまでの両義性が提示される。それは、「おぼろげな記憶が次第に像を結び、やがて忘却へ至る」という心理的メタファーを思わせると同時に、「表面に付けられた傷である」ことを文字通り可視化する。
同時にそこには、「複製」「コピー」「エディション」といった概念との結びつきを自明のものとする「版(画)」というメディアに対する、優れた反省的思考がある。通常は1枚の版から同一イメージの複製を生み出す版画において、物理的基盤である「版木」の存在は、写真のネガのように限りなく不可視化されている。だが桐月は、同一のものの複製・コピーではなく、差異・複数性を発生させる装置として「版」を用いる。それは言わば、「唯一のオリジナル」が存在しない「1/9」という版画のエディションを、「9/1」へと反転させる操作であり、「版木」に対する意識を顕在化させる。
この「版木」の物質性への意識は、本展において、文字通り「作品」化する試みとして新たな展開をみた。展示空間には、一見「ただの丸太」に見える3本の木の柱が直立し、あるいは床に置かれている。これらはそれぞれ、「先端の切断面を版木に用いた丸太」、「過去作品の版木を円柱状に丸めて再加工したもの」、「虫食いの跡が抽象的な彫りの線に見える丸太」である。人為的な加工を加えない自然のままの素材をファウンドオブジェのように「再発見」する行為、あるいは自身の作品に用いた版木を「再作品化」する行為が等価に並べられる。「素材自体や制作行為が内包する時間」というテーマが、新たな側面から光を当てられていた。
*緊急事態宣言延長をうけ、5/31まで休館。
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