会期:2024/7/18~2024/10/6
会場:東京都写真美術館[東京都]
公式サイト:https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-4816.html

作品は、作者、批評家、鑑賞者といった複数の視点をまとい、それらのまなざしが重なり、関わり合うことで「見ることの重奏」が奏でられる。そうした姿勢で写真を検討する展覧会である。

14名の写真作品が並ぶとともに、それぞれのパートの壁面に、写真にまつわる言葉が大きく掲げられている。たとえば、アンドレ・ケルテスにはジョン・シャーカフスキーの、モーリス・タバールにはロザリンド・クラウスといった批評家の言葉が選ばれている。会場にはウィリアム・クラインやベレニス・アボットなど、東京都写真美術館の収蔵品であるアメリカの主要写真家作品を中心に、植物学の図版制作を手がけたアンナ・アトキンスの日光写真から現代の中国の社会状況をテーマにしたチェン・ウェイのスタジオ写真までと、写真と言葉の組み合わせが幅広く展覧された。

展覧会の趣旨としては、写真に介在するいくつもの「見る」レイヤーを意識し、見たことの反照でもある言葉に触れることで、写真の見え方が多様にふくらむことを企図しているようだ。「言葉を借りてくる」という行為もまた、世界の姿を写しとる、掠めとるという借用性を持つ写真というメディアと親和性がある★1。ところで本展の図録には、ジョン・バージャーによる作者、批評家、鑑賞者という三者における作品の立体視への言及がある。その一方で、展示作家14名のうち半数を占める7名において作者自身の言葉が壁面に選出されたことは不思議だった★2

展覧された写真と言葉の組み合わせの中から、スコット・ハイドに対するシル・ラブロットを挙げてみる。スコット・ハイドは単色でプリントした写真に、二つから三つの異なる単色および像のプリントを重ねる写真作品を制作する。たとえば出品作である《無題》(1970)では、赤茶色で刷った車と建造物が並ぶ近代的な街の景色に、水色のインクによる大樹や階段でくつろぐ人々の様子が重ねられている。

スコットにとって写真というメディアは、イメージの世界をつなぎ再構築する手段であり、イメージが流れるチャンネルであり、創造的な平面上でイメージを整理し取り組むための手段なのです。

シル・ラブロット「スコット・ハイドによるピクチャー」『Aperture(第15巻2号)』1970年、東京都写真美術館訳

白黒写真も単色には違いないが、特定の単色に塗り替えられると写真が備える空間性が押しやられ、時制や状況が読み取りづらくなる。またラブロットによると、スコットが作品に用いる像は彼によるスナップ写真で、家族や友人を捉えた個人的な人生にまつわるものだという★3。写真が持つ意味や情報が染色によって剥奪されると、イメージを注ぎ込むことができる器となり、それらがレゴブロックのように組み合わさることで、さらなるイメージが創造されるというのが、展示において引用されたラブロットの文章の主意だろう。

スコットによる単色の像を重ねる取り組みは、同じく1970年に制作された吉田克朗のシルクスクリーンのシリーズを思い出させるが、アメリカでもまた1960年代から70年代にかけてリチャード・アヴェドンやジョーン・ライオンズ、そしてシル・ラブロット自身によっても色と写真をめぐる実験が試みられていた★4。ラブロットの言葉からは、写真家である彼が同時代のスコットの作品を積極的に言語化し、自らの取り組みを深化させる糧にしていた姿勢が窺える。写真と言葉の相関を伴う彼らの営みは、今ではジェームズ・ウェリングに引き継がれ、インクの重なりはデジタルにおけるRGBチャンネルの重層に置き換わり、ウェリングの「コレオグラフ」シリーズに結実している★5

ところで本展の趣旨から外れるが、気になる写真が出品されていた。ウジェーヌ・アジェの《イチジクの木》(1900)だ。アジェにおいてはベンヤミンによる犯罪現場の幻視についての文章とともに、階段や建築物の写真が並んでいた。その中に一枚だけ自然物を捉えたもの、湾曲したいちじくの枝と葉を手前に写し、奥にうっすらとパリの都市をのぞむ写真があった。左上部に大きな折れ目があり、粘着質の汚れをはがしたような癒着痕、シミや青いインクのこすれなどが目立つ。明らかに修復の職人たちの手を経た、美術館によって保護された写真である。複製性などどこ吹く風といった唯一性が現前し、時間の蓄積が目に見える。それは写真の延命について思索する手立てとなるような、ものものしい写真だった。

鑑賞日:2024/07/25(木)

★1──「撮影」という言葉には影を掠める意があるとされる。参照:森本庸介「幽霊を知らぬ頃──シャンフルーリ、バルザック」(塚本昌則編『写真と文学──何がイメージの価値を決めるのか』、平凡社、2013)
★2──『TOPコレクション 見ることの重奏』(東京都写真美術館、2024)
★3──“Into these he weaves, through the technique of multiple printing, the personal images of his own life – a self-portrait, a snapshot, pictures of his daughter, wife, friends.”シル・ラブロット「スコット・ハイドによるピクチャー」『Aperture(第15巻2号)』(Aperture Foundation、1970)
★4──https://www.shandakenprojects.org/editions/james-welling
★5──https://jameswelling.net/works/choreograph