荒川ナッシュ医の「ペインティングス・アー・ポップスターズ」(国立新美術館/会期:2024年10月30日~12月16日)は、個展とはいえ、美術家だけでなく、音楽家やダンサー、哲学者、文筆家、美術史家、俳優、デザイナーなど、45人以上の表現者とのコラボレーションでできている。ポップスターなのは“ペインターズ”ではなく “ペインティングス”だから、すでにこの世にいない作家たちも絵画そのもので参加している。会期中開催されたイベントで床に絵を描いた子どもたちや、絵画を使ってダンスをした65歳以上のボランティアも、そこに 加えられるだろう。

「絵画と○○」

巨大な空間のなか、“ペインティングス”を蝶番に、美術の歴史といまここ、前衛と大衆、専門家とアマチュア、プライベートとパブリックの、普段相反するとされているものが、不整合なままユーモラスに混ざり合っている。

「荒川ナッシュ医 ペインティングス・アー・ポップスターズ」展⽰⾵景(2024)
国⽴新美術館、東京[撮影:中川周]
Courtesy of the artists and The National Art Center, Tokyo

「荒川ナッシュ医 ペインティングス・アー・ポップスターズ」展⽰⾵景(2024)
国⽴新美術館、東京[撮影:中川周]
Courtesy of the artists and The National Art Center, Tokyo


荒川ナッシュ医《メガどうぞご⾃由にお描きください》(2024)
国⽴新美術館、東京[撮影:中川周]
Courtesy of the artists and The National Art Center, Tokyo

ユタ・クータ with 荒川ナッシュ医《マッド・ガーランド(怒りの花綱飾り)》パフォーマンス⾵景(2024)
国⽴新美術館、東京[撮影:中川周]
Courtesy of the artists and The National Art Center, Tokyo

「荒川ナッシュ医 ペインティングス・アー・ポップスターズ」展⽰⾵景(2024)
国⽴新美術館、東京[撮影:中川周]
Courtesy of the artists and The National Art Center, Tokyo

9つの章からなる空間は、すべて「絵画と○○」というタイトルが付いており、順に「絵画と公園」、「絵画と子育て」、「絵画とLGBTQIA+」、「絵画といわき」、「絵画と音楽」、「絵画と教育」、「絵画とパスポート」、「絵画と即興」、「絵画とバレエ」と続く。会期中、同性のパートナーの間に卵子提供と代理出産による双子が誕生することが、会場に幸福感と高揚感を漂わせているようである(双子は12月30日に生まれる予定だったが、12月2日に早まり、作家とパートナーは閉幕を待たずに帰国した)。


八重樫ゆい《双⼦ベビーカー絵画》(2024)
国⽴新美術館、東京[撮影:中川周]
Courtesy of the artists and The National Art Center, Tokyo



八重樫ゆい《双⼦ベビーカー絵画》(2024)パフォーマンス⾵景
国⽴新美術館、東京[撮影:中川周]
Courtesy of the artists and The National Art Center, Tokyo

荒川ナッシュの活動は、世界中の美術館で展開されているパフォーミング・アートのグローバルな系譜のなかに位置づけられるだろう(ティノ・セーガルやアンネ・イムホフが思い出される)。しかし荒川ナッシュの場合、演劇的なシナリオがあったとしても、それは他者や人生の偶然の介入に、より開かれているようにみえる。さらにその作品には、美術史や美術動向における理論や解釈を超えて、どこか古くて新しい、肌身で受け止められる要素が含まれているように思える。どうやらそれは、アメリカに住む作家が、筆者と同じ日本を出自にしていることと関係しているようだ。

ジャパニーズ・ポップスターズ

本展には、なんと日本で誰もが知るユーミン(松任谷由実)が参加している。アンリ・マティスを愛するユーミンが、第二次世界大戦中にニースに避難した画家を想い、新曲《⼩⿃曜⽇》を作詞作曲している。松任谷正隆の発案したインスタレーションでは、悲しく透明なユーミンの歌声が響くなか、マティスの《顔》のドローイングにゆっくりと樹の影が落ちていく。20世紀を代表するフランスの画家と日本のポップスターのカップリングは、感情をリリカルに刺激しつつ、戦争にまつわる過去と現在をつなぐ。

アンリ・マティス《顔》(1951)、《顔》(1951)、《顔》(1951)&松任⾕由実 with 松任⾕正隆《⼩⿃曜⽇》(2024)
国⽴新美術館、東京[撮影:中川周]
Courtesy of the artists and The National Art Center, Tokyo

ユーミンが参加する「絵画と音楽」の章では、ほかに3組の美術家とミュージシャンのコラボレーションが展開されている。画家の丸木俊(赤松俊子/1912-2000)と音楽家・文筆家の寺尾紗穂、フィリピンを代表する現代作家デヴィッド・メダラ(1942-2020)とハトリ・ミホ(チボ・マットの元メンバー)、オノ・ヨーコ(1933-)とキム・ゴードン(ソニック・ユースの元メンバー)である。このうち、すでにこの世を去った作家に感応した寺尾とハトリの新曲は、どちらも第二次世界大戦中の日本の植民地に関係している。寺尾は、丸木俊(夫・位里と制作した《原爆の図》で知られる)の、日本統治時代のパラオにおける鉱山労働者たちなどを描いた3枚の絵にインスパイアされ、曲を作っている。寺尾自身も、植民地下の南洋を題材にしたエッセイを執筆する文筆家でもある。ハトリは、メダラの自画像を基にした荒川ナッシュのLED絵画とともに、新曲《ハロハロハロハロ》を展開している。この歌は、幼い頃泡を吹きながら死にゆく日本兵を見たというメダラの記憶を念頭に、「混ぜる」という意味のフィリピンの代表的なデザート「ハロハロ」に重ねて、清濁合わせ呑む政治と文化の混淆を歌っている。

ハトリ・ミホ with 荒川ナッシュ医《ハロハロハロハロ(デイヴィッド・メダラ《⾃画像》1984年)》(2024)
国⽴新美術館、東京[撮影:中川周]
Courtesy of the artists and The National Art Center, Tokyo

「絵画が歌う」というアイデアから生まれた画家とミュージシャンの時代を超えたコラボレーションは、どこかちぐはぐな要素を孕んだまま、作品に対峙するうちに通常の鑑賞とは異なる回路を開いてくる。美術館では、そうと気づかぬうち、ティピカルな作法に従って作品を鑑賞したり解釈したりしているものだが、意外なカップリングによるある種のはちゃめちゃさが、そうした定式を覆す。女性と同性愛者(メダラはゲイや有色人種としての自身のアイデンティティに基づいた作品も制作している)の芸術家と女性の音楽家との時を超えたつながりが、男性が主体となる戦場とは異なる戦争の側面を、思いもよらないかたちで描き出す。

続く「絵画とパスポート」の章でも、アメリカで活動した国吉康雄(1889-1953)や河原温(1932-2014)の作品とともに、フランス、アメリカ、アフリカの世界各地に滞在した桂ゆき(ユキ子/1913-91)、夫・一雄の国内外での活動を支えるために筆を折った白髪富士子(1928-2015)、日本ではあまり知られていない日系アメリカ人画家のミヨコ・イトウ(1918-1983)といった、戦中から戦後にかけて活動した女性画家たちの絵画が展示されている。白人男性優位のアートワールドにおいて、ナショナル・アイデンティティやジェンダーの問題にいつも直面していただろう日本の芸術家たちのことが偲ばれる。


河原温《パリーニューヨーク・ドローイング、no. 15 of 198》、《パリーニューヨーク・ドローイング、no. 130 of 198》(1964)
国⽴新美術館、東京[撮影:中川周]
Courtesy of the artists and The National Art Center, Tokyo

アメリカ国籍を取得し日系移民1世になった荒川ナッシュの個展では、20世紀初頭から始まる日本の移民政策、第二次世界大戦中の日本の植民地、日本における女性や性的少数者の権利の問題が、作家が展開するLED絵画や音楽と日本人作家たちとの時を超えた邂逅により浮かび上がってくる。しかし、それらは告発調ではなく、型にはまらない愉快な調子を伴っている。その軽やかさをなんと喩えれば良いのかといえば、会場で幾度も流れるユーミンの歌がしっくりくる。70年代に欧米と日本の音楽のフュージョンにより独特の世界を構築したユーミンの楽曲が、いま日本で荒川ナッシュが開催する個展の“ムード”の醸成にひと役買っているのである。

絵画への愛と社会との関わり

クィアのパフォーマンス・アーティストとしての荒川ナッシュの活動は、国際的な美術の動向と無縁ではないものの、あくまで自らの身体や出自を基にした、グローバル志向ではないものにみえる。そして、そのローカルな文脈の特殊性こそが、画一化していくかにみえるグローバルなアートを多様化するのである。「絵画といわき」の章では、ユナイテッド・ブラザーズ(荒川ナッシュと兄の荒川智雄)が、ケルスティン・ブレチュの絵を手に、故郷いわきの兄の仲間たちと「いわき踊り」を踊る映像が流れている。東日本大震災の後、家族が住むいわきの状況と自身が属するニューヨークのアートワールドとの乖離が、この映像の制作につながったという。深刻な現実に抽象絵画が入り込む余地はないように思えるが、それでも祭りの演舞のなかで絵画は人々とともに存在し、それを手に踊る人々は楽しそうである。過酷な現実になんとか絵画を接続させようとする行為には、ユーモアと切実さがあった。

絵画愛と社会との距離、それへのアプローチのための試みは、「絵画と即興」の章の、斎藤玲児と亀田晃輔との共同制作による映像でも窺われる。荒川ナッシュは、レンブラントやモネの絵画にそっと触れたり、表面をなぞったり、その前を軽やかに駆け抜けたりしている。これらの絵画は、大塚国際美術館にある陶板製のものなので触れても構わないのだが、名画に触れ愛でるという行為が、絵画と身体を包むこの世界との直接的な接続と、絵画に接したときのシンプルな喜びを伝える。

斎藤玲児 with 荒川ナッシュ医&⻲⽥晃輔《モデル(⼤塚国際美術館、徳島、⽇本)》(2024)
Courtesy of the artists and The National Art Center, Tokyo

斎藤玲児 with 荒川ナッシュ医&⻲⽥晃輔《モデル(⼤塚国際美術館、徳島、⽇本)》(2024)
Courtesy of the artists and The National Art Center, Tokyo

過去と現在、国やジェンダー、多様なジャンルを飛び越えて、多くの表現者とのコラボレーションからなる本個展から汲み取れる要素は、無数にある。作品の質的判断を傍に置き、プロもアマチュアも等しく扱い、個としての作者性を集団に溶解させて、高尚と低級の境界も取り払った本展は、美術館における行動規範とは逆の動きをもち込んで、展示室を解放的で自由な、遊び心のある空間にしていた。展覧会の会期が作家の人生におけるビッグイベントである子どもの誕生とたまたま重なったことも、新たな生命への寿ぎが、その場を訪れた人たちの間に紐帯を形作っているように思われたのだった。

荒川ナッシュ医《ネメシス・ペインティング(宿敵の絵画)》パフォーマンス⾵景(2024)
国⽴新美術館、東京[撮影:中川周]
Courtesy of the artists and The National Art Center, Tokyo

荒川ナッシュ医《パネル(エルズワース・ケリー《スペクトラムⅠ》1953年)》パフォーマンス⾵景(2024)
国⽴新美術館、東京[撮影:中川周]
Courtesy of the artists and The National Art Center, Tokyo


荒川ナッシュ医 ペインティングス・アー・ポップスターズ
会期:2024年10月30日(水)~12月16日(月)
会場:国立新美術館(東京都港区六本木7-22-2)
公式サイト:https://www.nact.jp/exhibition_special/2024/eiarakawanash/


まちなかのエンパワメントの実践─2024
ポットラックバザール presents 港まちブロックパーティー(名古屋港周辺)、フィトリアニ・ドゥイ・クルニアシ作品展示(スーパーギャラリー)

11月も終わりに近づく土曜日、名古屋市港区の築地駅口周辺で行なわれた「ポットラックバザール presents 港まちブロックパーティー meets みなと土曜市」に行った。キッチンカーが街路に並び、アーティストたちによるワークショップやグッズ販売のブースが出て、ミュージシャンだけでなくドラアグクイーンや街の人々が登壇するステージエリアもあって、賑わっていた。ブロックパーティーとは、街区の住民による地域のお祝いやお祭りのことをいうが、「港まちブロックパーティー」には、地域の子どもたちからお年寄り、それに方々から訪れた美術や音楽の愛好者まで、世代を超えた様々な人々がともに集い、楽しんでいた。

[撮影:三浦知也/写真提供:アッセンブリッジ・ナゴヤ実行委員会]

この日は、アッセンブリッジ・ナゴヤのプログラム「港まちAIRエクスチェンジ2024」で港に滞在中のアーティスト、フィトリアニ・ドゥイ・クルニアシによるパレードが行なわれた。インドネシアのジョグジャカルタを拠点に活動しているフィトリアニ・DKは、家父長的な文化が色濃い地域で、木版画と音楽を通して女性の強くたくましい声を発し続けている。インドネシアのアートコレクティブ・ルアンルパが芸術監督を務めた2022年のドクメンタ15では、「反ユダヤ主義」の誤った疑惑を向けられたタリン・パディのメンバーのひとりとして参加しており、現在、国立現代美術館ソウル館で開催されている「コネクティング・ボディーズ アジアの女性アーティスト」でも作品を観ることができる。フィトリアニは、街の人々とともに作った餃子や船、猫やスナメリ、ハンドサインなど、ダンボールでできた愉快なパペットたちを掲げながら、「ともに/サマサマ」と歌いながらパレードをした。通常、地域のお祭りでお神輿を担ぐことができるのは、長くそこに暮らしてきた人であり、祭りはそこに住む人々の紐帯を作る。しかしアートを介せば、地域だけでなく国さえ超えて、誰でもそこに参加することができる。子どもから大人まで、各々がパペットを掲げて「ともに/サマサマ」と歌いながら行進する様子は、楽しく温かな雰囲気に満ちていた。しかしインドネシアでは、パペットたちが農民や労働者とともにデモやマーチに登場すると、参加者が倍に見える効果があるという。楽しげなパペットたちや音楽は、社会運動のなかでアクティブな役割を果たすものなのである。

[撮影:三浦知也/写真提供:アッセンブリッジ・ナゴヤ実行委員会]

街角にある小さなスーパーギャラリーでは、フィトリアニの木版画が展示されている。そこには、「GIRL POWER」や「MARCH FOR ALL HUMAN RIGHTS」といった、フェミニズムやコミュニティのシンプルで力強いメッセージが掲げられており、布の周りには色とりどりのかわいらしい花やフリンジの飾りが付いている。フィトリアニのパレードも木版画も、楽しく強く、観る人をエンパワーする。

[撮影:藤井昌美/写真提供:アッセンブリッジ・ナゴヤ実行委員会]

[撮影:藤井昌美/写真提供:アッセンブリッジ・ナゴヤ実行委員会]

アーティストブースに参加していた宮田明日鹿は、この地で「港まち手芸部」を開催している。宮田は家庭用編み機や糸を用いて作品を制作しているが、手芸部にはさまざまな世代の人たちが集まり、手芸をしながら他愛もないことを語り合ったり、互いの人生を分かち合ったりする。参加者が作るのは、レース編みやセーター、ワンピース、刺繍やパッチワークが施されたバッグなど、それぞれの特技や個性が活かされたものたちで、欲しくなるくらいかわいい。それらの手芸品は、繁華街の店舗に並ぶ商品とは異なり、どこか懐かしく温かく、作った人の存在を感じさせる。そんな、生活のなかで使用するものを作る手芸部には、つながりが希薄化していく社会に再びコミュニティを作ることに加え、家庭内の趣味とされてきた手芸を観られるものにすることで、作り手をエンカレッジする効果もある。ブロックパーティーでは、ミュージシャンGOFISHの寺井ショウタ作詞・作曲により、港まちの子どもたちや喫茶店「港まちの社交場NUCO」のスタッフ、そして「港まち手芸部」の合唱も披露された。

[撮影:三浦知也/写真提供:アッセンブリッジ・ナゴヤ実行委員会]

[撮影:三浦知也/写真提供:アッセンブリッジ・ナゴヤ実行委員会]

港にMinatomachi Art Table(MAT, Nagoya)ができてから10年(残念ながら今年から港まちポットラックビルの企画からは外れるそうである)。同じ地域の美術館で学芸員として働きながら、MATが行なう展覧会やトーク、ライブ、読書会を含めたさまざまな活動を見てきて、ここは美術館から抜け落ちてしまう大切なことを実践していると感じてきた。それは、アートや音楽などの表現活動を介して、一人ひとりの顔が見える範囲で行なうエンパワーメントやケアである。美術館が対象にするのは、どうしても大きなマスとしての鑑賞者であり、仕事場もバックヤードにある学芸員室だから、地域や来場者との距離はずっと遠い。MATは街のただなかで、社会から見えなくなっているものを可視化したり、一人ひとりに向き合ってエンパワーやケアを行ない、芸術がもっている力を人々に直接届ける活動をずっと実践している。ブロックパーティーやアーティスト・イン・レジデンス、港まち手芸部も、その一環である。港まちに行くたび、MATの長年の活動が地域や人々に息づいていることを感じるのである。


ポットラックバザール presents 港まちブロックパーティー meets みなと土曜市
会期:2024年11月23日(土)
会場:名古屋市営地下鉄名港線「築地口」駅前、江川線沿い歩道エリア、名鉄協商パーキング築地口第13ほか(愛知県名古屋市)
公式サイト:https://assembridge.nagoya/2021-/20398.html


フィトリアニ・ドゥイ・クルニアシ 作品展示
会期:2024年11〜12月末頃
会場:スーパーギャラリー(愛知県名古屋市港区名港1-13-10)
公式サイト:https://assembridge.nagoya/2021-/20730.html


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