会期:2024/12/20〜2024/1/18
会場:TAV GALLERY[東京都]
公式サイト:https://tavgallery.com/the-common-call/

彫刻家・菅原玄奨の個展『The Common Call』は、これまで菅原が取り組んできた触覚性のテーマから具象彫刻を探求するような展示であった。

FRPや水性樹脂を主な素材とする塑像に、工業製品に使用される塗料を塗布する独自の技法を用いる菅原は、絶えず変化し続ける消費社会や匿名的な身体を題材に彫刻作品を制作してきた。2018年に発表された《A MAN》では、フーディやスキニーなどB系ファッションを見にまとうアノニマスな男性の塑像とコカコーラ製のペットボトルを用いたレディメイドが、グレーのサーフェイサーで均質に塗られている。彫刻の表面に残るわずかな手触りが中空の感覚や匿名性、消費社会の儚さを表わすような作品である。以降も「テクスチャーと触覚性」というテーマのもと、実在しないモデルやモチーフを扱いながらデジタル時代の触覚性の有り様を探っている。近年の個展「湿った壁」(EUKARYOTE、2024)では、粘土を素焼きするテラコッタ技法やコンクリートを流し込む際に使用される塗装コンパネを用いた台座などを製作した。これまでの対象を自然環境や産業という枠組みから再解釈し、空間の内と外の関係を思考することで、“中間”というキーワードから自身の創作のあり方にアプローチする試みがなされたようだ。

菅原玄奨「The Common Call」展会場風景[筆者撮影]

本展『The Common Call』では、これまでは匿名的なアイコンや実体のない像を捉えてきた菅原がスタイリストと共同制作を行ない、モデルを選定してロケーションや人物像、様式を築くようなファッションシューティング(撮影)のあり方を模したものだ。そこでは実在する身体を可塑的に捉える試みがなされていると言えるだろう。片脚重心で立つコントラポストの姿を模した人体彫刻は、衣服の素材と人体の形のあいだで生じるシワを強調している。モデルが身にまとったmont-bell製のソフトシェルジャケットやゴアテックス素材のマウンテンパーカーの質感とは対照的に、荒い粒子のサーフェイサーが吹き付けられることで彫刻としての物質性を強く感じさせる。そこでアウターウェアの被覆に対して素足のルックや手首の伸長がなされた像が対置されていることにも目を向けたい。身体と衣服の関係に一種の揺らぎが与えられることで、中空の彫刻の表面性が浮き彫りにされているかのようだ。さらには、同様に塗装されたフリスビーのレディメイド作品が展示空間に動的な作用を生んでいる。

本作での菅原の試みは、これまで匿名性を担保してきた対象自体を捉え直すことで、具象彫刻を造形する手つきを改めて再考する実践であるように思えた。特定のアイコンや製品を空間と紐づける操作によって、形態から空間を表出させる彫刻家としての観念が伺えた。

ところで、塑造による具象彫刻の第一人者として知られる佐藤忠良は、身近な人物をモデルに起用しつつも一般性を表現しえていたことで知られる。そんな佐藤の自伝『つぶれた帽子』の一節によれば、東京美術学校(現:東京藝術大学)における師であった朝倉文夫の言葉「一日土をいじらざれば一日の退歩」を肝に銘じていたと述べている。土に触れながら人のあり様を思考した佐藤のように、素材への関心から空間を捉え、中庸を探る菅原の制作のモードは、「土の手」ならぬ「湿の手」によるものだと言えそうだ。

★──塑像が元となる型枠を用いて成形されるFRP(繊維強化プラスチック)造形とペットボトルは共に中が空洞である。

鑑賞日:2024/12/24(火)