会期:2025/01/11〜2025/01/19
会場:シアター風姿花伝[東京都]
作:ウィリー・ラッセル
翻訳:一川華
演出:稲葉賀恵
出演:湯川ひな、大石継太
公式サイト:https://www.pauju-play.com/

「あんたはそっち、あたしはこっちにいる」。

教師と生徒。年長者と年少者。あるいは男と女。二人の人間が対話をするとき、両者の間には立場や属性の違いが必ずある。そこに生じる権力勾配を悪用することがハラスメントであるのは言うまでもないが、一方で優位な立場にいる者はしばしば自らのもつ優越性に無頓着であり、だからこそ生じる悲喜劇もある。​演出家の稲葉賀恵と翻訳家の一川華が「『翻訳』という営みを探求する遊び場」として立ち上げたポウジュがその活動の第一弾として上演した二本の戯曲──『リタの教育』と『オレアナ』はいずれも、男性大学教授と女子学生の対話とそのすれ違いを(男性劇作家が)描いた作品だ。1980年に初演された『リタの教育』は70年代のイギリスが、1992年に初演された『オレアナ』は90年代のアメリカが舞台だが、2024年においてもジェンダーギャップ指数が146カ国中118位に留まる日本においては、両作品ともいまなお、いやむしろいまだからこそよりいっそう上演されるべき作品であることは言うまでもない。設定を共有する二作品の同時上演はその背後に共通する構造をよりはっきりと際立たせる優れた企画だった。

ウィリー・ラッセル作『リタの教育』はしばしば喜劇として紹介される。かつて詩人を目指し、しかしいまは酒に溺れる日々を送る50代後半の大学教授フランク(大石継太)と26歳の美容師リタ(湯川ひな)。労働者階級出身のリタは十分な教育を受けているとは言えないが、「その日暮らしでやっとのこと生活してる」毎日のなかでも生きている意味を見つけたいと強く願い、大学の社会人講座を受けることを決意する。講座を担当することになったフランクは最初こそ乗り気でなかったものの、学はなくとも独自のモノの見方をもって自分の頭で考え行動するリタの言動に魅了され、教育がその魅力を損ねるのではないかとためらいを覚えつつもリタとの授業に喜びを見出していく。

文学や芸術を学び、自らの人生と結び合わせながらそれらについて思索を巡らせることの面白さに目覚めたリタはしかし、それゆえに夫との間に摩擦を抱え、やがて家を追い出されてしまう。それでも諦めずに学び続け、正規の学生と正面から議論を戦わせられるほどの教養を身につけていくリタだったが、それはフランクにとっては危惧した通り、型にハマった思考パターンを身につけていく過程でしかなかった。「君らしくいてほしかった」というフランクに対して「あたしはあたしらしくいたくない」と応じるリタ。このやりとりに端的に表われているすれ違いこそ、この作品が喜劇として紹介される所以だろう。

だが、これは本当に喜劇なのだろうか。フランクがリタのユニークさに価値を見出し、一方で教養をほとんど無価値なもののように見なすことができるのは、彼がすでにその教養を獲得しているからだ。しかし、リタにとってはフランクがすでに獲得し、だからこそあたかも無価値なもののように扱うその教養こそが、何より手に入れたいものなのだ。ならばフランクの態度は傲慢以外の何物でもないだろう。

しかも、フランクはリタに好意を寄せている。教養を身につけはじめたリタに対するフランクの態度は抑圧的というほかないものであり、たとえそこに正当な指導が含まれていたとしてもそれは、リタを手元においておきたいという欲望と不可分なものとなってしまっていることは明らかだ。フランクが元妻と離婚した後に元教え子と同居しているという挿話も彼のこのような性格を補強する。リタのフランクに対する敬意とフランクのリタに対する好意は授業の場でかすかに交差し、しかしどこまでもすれ違う。向学心と敬意に報いるのが好意でしかないのだとしたらこれほど残酷なことはない。だからこそ、この「喜劇」はどこまでも苦いのだ。

しかし、『リタの教育』の結末は、いくら苦くともまだ十分に男に都合のいいものだと言わざるを得ない。リタはフランクの好意を受け入れることこそないものの、それでもフランクへの敬意を失わないからだ。ある意味では、倫理的にギリギリセーフな(そう言えなくもない)範囲で中年男に都合のいいファンタジーとしての疑似恋愛関係を描いているのが『リタの教育』なのだということもできるかもしれない。一方、デヴィッド・マメット作『オレアナ』は、『リタの教育』の欺瞞を暴くかのようにシビアな結末を描き出す。そこで観客が突きつけられるのは、男女の間の権力勾配が、結局のところその腕力の差に由来するのだという身も蓋もなくどうしようもない現実だ。


(後編:『オレアナ』に続く)※2025年2月20日(木)公開予定


観賞日:2025/01/15(水)