会期:2025/07/04〜2025/07/21
会場:BUG[東京都]
企画・演出:竹中香子
公式サイト:https://bug.art/exhibition/crawl-takenaka/

人々が劇場というひとつの空間で同じ時間を共有すること。演劇という営みは基本的にこの前提のうえに成り立っていて、それは演劇の可能性の源泉でもあるだろう。だが、さまざまな理由で特定の時間に劇場を訪れることが難しい人もいる。例えば子育てや介護など、家でのケアに携わる人々がそうだ。「サテライト・コール・シアター」は、そのような人々の物語を掬いあげ、人が集う場としての劇場の、ひいては社会のあり方を問い直す試みだった。

俳優の竹中香子によるこの企画は、アートセンターBUGの公募プログラム「CRAWL」に選出されたことで実現したもの。会場は東京駅に隣接するアートセンターBUGで、「都市に仮設された擬似的な劇場」と名指されるそこにはコールセンターの舞台セットが設えられている。「サテライト・コール・シアター」というタイトルが示唆するように、そこにかかってくる電話を介してケアに関する物語が上演されるという趣向だ。

[撮影:加藤甫]

鑑賞者はコールセンターの臨時職員となり、かかってきた電話に対応するのだが、その電話がいつかかってくるかはわからない。会場を訪れた人々は、ケアや『サテライト・コール・シアター』に関連した展示を眺めながら、いつかかってくるかわからない電話を待ち、(あるいは待っていなくとも)たまたまかかってきた電話に応じ、ヘッドフォンから聞こえてくる声に、その声が語る物語に耳を傾けることになる。

聞こえてくるのは実際に家でのケアに携わる「ホーム・ケアリスト」たちの声、語られるのはホーム・ケアリスト自身によって書かれたケアに関する物語だ。公募によって集まった12人のホーム・ケアリストは、語る・聞かれる・書く・演じるの四つのプロセスを通じて自らの体験とフィクションとして出会い直し、それを再構成したものをモノローグとして電話越しに語っているのだという。創作にあたっては「様々な現場で『他者を想像する』プロフェッショナル」である「ナラティブパートナー」(例えば編集者や演出家)が伴走し、「協働することで、自分でも気づいていなかった想いや葛藤を外在化する」ことが目指された。

[撮影:加藤甫]

[撮影:加藤甫]

企画と演出を担当した竹中が「このプロジェクトが成果として評価されること以上に、関わった人たちがこの創作に参加してよかったと思えることの方が、ずっと大切」、あるいは「最終的に生まれるのは、完成された『成果物』ではなく、創作そのものが『ケアすること/されること』と重ねながら進めていく芸術のかたち」と述べているように、このプロジェクトにおいては一連の創作プロセス自体が大きな意義を持つものとしてあったことは間違いない。では、鑑賞者にとって「サテライト・コール・シアター」はどのような意義を持つ作品だったのだろうか。

もちろん、鑑賞者にとっても聞かれてこなかった声に耳を傾け、不可視化されてきた物語に触れることに第一の意義があることは言うまでもない。「いつかかってくるかわからない電話」という形式もまた、声が聞かれる場を実現するという目的から必然的に導かれたものとしてある。というのもその電話は、劇場に足を運ぶことが難しいホーム・ケアリストたちが、家でのケアの合間の時間にかけてくるものだからだ。

[撮影:加藤甫]

[撮影:加藤甫]

企画概要に記された「ケアという行為に不確実性が満ちているように、電話がいつかかってくるかはわかりません」という言葉が示すように、いつかかってくるかわからない電話=呼び出しに備えるという体験は、ケア労働のひとつの側面をなぞるものだ。同時にその電話は、鑑賞者の意識を劇場の外側の空間へ、上演の外側の時間へと誘うものでもあるだろう。鑑賞者たちが電話を待つ宙吊りの、ときに手持ち無沙汰にさえ感じられる時間が、ホーム・ケアリストにとってはケアに従事する時間にほかならないということ。

展示期間中には「『サテライト・コール・シアター』ラッシュアワー」という、通常時にはいつかかってくるかわからない電話が立て続けにかかってくるイベントも設けられていた。ケアのあり方もケアへの思いも、あるいはその語り方もまったく異なるホーム・ケアリストたちの複数の声。

ホーム・ケアリストの語りにはそれぞれ趣向が凝らされているのだが、なかには選挙カーからの演説を模したものがあった。BUGからは大きなガラス窓越しに東京駅前の様子も見える。「東京駅周辺の皆様!」という呼びかけは、まるで駅前の雑踏のどこかから聞こえてくるかのようでもある。聞こえてくるケアの物語は、そこを歩く誰かのものかもしれない。そんなことを思う一方、聞かれてこなかった声と、選挙を口実に公に声を撒き散らすことを許された選挙カーの演説という形式の対比には痛烈なアイロニーも感じたのだった。コールセンターの臨時職員となった鑑賞者が手渡される「ケアの業務連絡メモ」には三つの質問が並んでいる。物語から何を受け取ったか。通話で社会に報告すべきことがあったとすればそれは何か。あなたが聞こえなかったことにしてきたことはあるか。会場の壁面にはそうして声に耳を傾けた人々の応答が貼り出されていた。

[撮影:加藤甫]

読了日:2025/07/19(土)