2025年で開設30周年を迎えるartscape。過去に更新されてきた記事のバックナンバーは、その大半がアーカイブされ、現在もオンライン上で読むことができることは実のところあまり知られていません。このサイトに親しんできたさまざまな世代の学芸員や研究者、アーティストたちが、それぞれにとっての思い出の記事や、いまだからこそ注目したい記事を取り上げ、当時の記憶を振り返りながら綴る連載「それぞれのバックナンバー」。最終回となる今回の執筆者は、artscapeとほぼ同い年(1996年生まれ)の現代美術史研究家・鈴木萌夏さんです。博士課程では「レントゲン藝術研究所」を中心とした1990年代の日本の美術シーンを対象にリサーチを行ない、無数の資料を「当時を知らない」立場から見つめてきた鈴木さん。彼女がartscapeのなかの記録や記述にどのように触れ、そして現在の集積をどのように未来に残していくか、近年のご自身の実践のこととともに綴っていただきました。(artscape編集部)
記録に立ち会わない世代として
私はこれまで、「レントゲン藝術研究所」を主な研究対象として現代美術史研究を行なってきた。1990年代前半に東京を拠点に活動したレントゲン藝術研究所は、アーティストやキュレーター、美術批評家やライターだけでなく、時には音楽家や漫画家などの挑戦的な作品を支えながら展覧会やイベントを開催してきた。そこにあるのは、完成された「作品」だけではなく、実験的な表現と批評、その場を起点として生まれる交流や言説、新たなアイデア、実験場としての機能であった。
実験や挑戦をする当事者の多くは、もちろん記録することを視野に入れている稀有な人もいるけれど、プロセスや行為、もしくは作品の制作や展覧会の開催をゴールとして、その後の「記録として残す」ところまでは意識が及ばない場合が多い。加えて、当事者というものは、こちらが根掘り葉掘り聞かなければ、あまり多くを語ってくれない。確かにある程度の指針やヒントなどの取っ掛かりがなければ思い出す作業は大変なので、当時を知らない人間にとっては、その取っ掛かりを見つけるのにも、すでにある記録や言葉はとてもありがたいものなのだ。出来事を後追いで知る世代にとって、すでに残された記録や言葉は、単なる補助資料ではなく、思考の出発点となる。同時代的に書かれた批評やレポートを読むことは、過去をなぞる行為ではない。それは、当時の問題意識や緊張感に、時間差で触れ直すことでもある。
artscapeという批評の入口

Artwords®「レントゲン藝術研究所」
私がこの「レントゲン藝術研究所」を研究する最初の入口となったのが、artscapeの「Artwords®(アートワード)」である。そのページを初めて読んだのは私が20歳のときだった。断片的な固有名詞としてしか知らなかったレントゲン藝術研究所について、背景や文脈を含めた整理された言葉として提示してくれたことで、問題意識が明確となり、研究者の道へ進むこととなった。思い返せば、知らないアーティストや、体験していない時代のアートシーンに出会うとき、artscapeはつねに「窓口」として機能してきた。だからこそ、30周年企画として原稿の依頼を受けたとき、それは個人的な経験にとどまらず、批評メディアの果たしてきた役割そのものを考える機会でもあると感じた。
私自身も、artscapeとほぼ同時代を生きてきた世代にあたる。artscapeは、私が生まれた1990年代半ばから現在に至るまでの日本、そして海外のアートシーンを、ほぼ連続的に記録してきたメディアである。バックナンバーを遡ることは、単なる回顧ではなく、自分が生まれる以前、あるいは同時代でありながら体験できなかった出来事を、現在の地点から読み直す行為でもある。

Art Watch Index – Aug. 6, 1996(1996年08月06日)
試しに私が生まれた1996年8月6日の「Art Watch Index」を読んでみると、当時の状況を垣間見ることができる。例えば椹木野衣による「《桑山忠明プロジェクト’96》展」では、桑山忠明の仕事をミニマリズム的造形の評価に留めず、知覚論的・現象学的な空間経験として位置づけ直すと同時に、美術をめぐる言説のあり方そのものを批評している。さらに太田佳代子のテキスト「イン・ザ・マテリアル・ワールド」は、ニューヨーク近代美術館(MoMA)で開催された素材の革新が現代デザインをどのように変えているかを、視覚だけでなく触覚を通じて体験させる展覧会「現代デザインにみる素材の変容」を紹介するもので、現代のデザインが大量生産・市場性・機能性を前提とした「複合要素の錬金術」として、大きな可能性を持っていることを示している。
一方で、鴻英良のテキストには「サラエボの影とラカンの鏡像段階」というタイトルが示すように、戦争や同時代の政治的現実を、精神分析や映像表現と結びつけて読み解こうとする試みも記録されている。また毛利嘉孝によるロンドンからのレポートでは、クレス・オルテンバーグの大回顧展とリチャード・レイゼルを中心とする参加型展覧会「叩いて、鳴らして、騙して」を対比しながら、「美術と公共性」という問題を検討しており、「美/醜」という従来の美術の価値基準そのものが、最終的に強者と弱者の関係を不可視化してきた可能性を示唆し、コンテンポラリー・アートにおける新たな評価軸の必要性を問いかけている。
さらに、開発チエの「近代都市と芸術展 1870–1996」に関する記事では、ヨーロッパと東京という複数の都市を横断しながら、近代化と芸術の関係を歴史的に捉え直す視点が提示されている。こうして並べてみると、1990年代半ばのアートシーンには、素材や形式への関心、戦争や都市といった社会的現実、そして公共性や制度をめぐる問いが、同時に立ち現われていたことがわかる。
その雑多さこそが、当時の「現在進行形」の状況をよく物語っているように思える。
切実さが言葉として残るとき
バックナンバーを読み進めていくと、現在では評価の定まった作家が、まだ現在進行形の存在として語られている場面に数多く出会う。そこには、後年の整理された物語とは異なる、未確定な状態の思考や態度が刻まれている。こうしたテキストは、作品理解の補助資料というよりも、むしろ思考の入口として、時には背中を押す言葉としても機能する。
例えば、スタジオ食堂に関する一連の記事。彼らの活動を知らない世代である私にとって、スタジオ食堂は「伝説的な場所」として耳にする。しかし、artscapeに残された記録を読むことで、それが決して美談だけではない、切実な現実のなかにあったことが伝わってくる。なかでも印象深いのが、2003年に書かれた「スタジオ食堂の緊急課題!」である。そこにはスペース存続の危機が率直な言葉で記されている。「『青春の1ページ』に終わりかねない。だれか、8人のアーティストがスタジオとして使える広いスペースを安く貸してくれないだろうか?」という呼びかけは、展評やレビューの枠を超え、制作環境や制度そのものへの問いとして読むことができる。20年以上が経過した現在でも、アーティストの制作環境や活動拠点をめぐる問題は、形を変えながら繰り返されている。バックナンバーに刻まれた切実さは、過去のものとして回収されるのではなく、現在の状況を照らし返している。
スタジオ食堂の緊急課題!|村田真:Art Watch(1996年09月03日)
スタジオ食堂:nmp net gallery(1996年)
バックナンバーはどこに位置づくのか
artscapeのバックナンバーを読み返していると、そこには単なる「過去の記録」以上のものがあると感じる。過去の言説が、時間を超えて現在の私たちの足元を照らし続けている。私は現場に居合わせていないし、展示を見てもいない。それでも、バックナンバーを通じて、過去のアートシーンと現在の自分の実践や思考とが、確かにつながっている感覚がある。
近年、大学で教育に携わるようになってからは、美術教育や制度をめぐる論考にも自然と目が向くようになった。1998年に掲載された「美術教育を考える」シリーズを読み返すと、当時の議論が決して過去のものではなく、現在の状況とも地続きであることに気づかされる。バックナンバーは、懐かしさのためにあるのではない。それはつねに、現在の問題意識を照らし返す装置でもある。
美術と教育を巡って――中村政人インタヴュー|村田真:特集 美術教育を考える-1(1998年05月15日号)
美術館の普及活動と美術教育(世田谷美術館)――高橋直裕インタヴュー|村田真:特集 美術教育を考える-2(1998年05月15日号)
編纂される現在地
2年前に知人とともに出版社を立ち上げた。『だえん』という美術年鑑を発行し、現在のアートシーンを記録として編む活動をしている。そこでは即時的な評価や結論よりも、「声を残すこと」「編纂すること」自体に意味を見出してきた。インタビューやテキストの集積は、時間が経つことで価値を失うどころか、むしろ新たな読みを生み出す可能性を持つ。
美術年鑑『だえん2024』(だえん編集部、2025)
artscapeのバックナンバーを読み返すたびに、記録とは過去を固定するものではなく、読み手によって更新され続けるものだと実感する。バックナンバーとは、過去そのものではなく、つねに書き換えられ続ける「現在地」なのである。30年の蓄積は、ノスタルジアとして消費されるためではない。これからのアートシーンを考えるための足場として、今後も繰り返し参照されていくだろう。
関連リンク
ミュージアム外のインターネットラジオ|第2回|いまをアーカイブする『だえん』の活動(artscape公式Youtube):https://www.youtube.com/watch?v=iNq3OyhtghA
「だえん」について:https://note.com/ars_ellipsis/n/n430f4b1b9af6
