30周年記念として続けてきたこの企画は、いよいよこの3月で締めくくりを迎えました。特別編集委員をつとめていただいた野見山桜さんに指針にされていたことや企画の背景、デザインをめぐる言説や賞制度など、この記念企画をとおして考えられたことを綴っていただきました。(artscape編集部)

この1年、デザインを主題とする記事の企画やイベントへの登壇などをとおして、編集部に伴走してきました。私は普段、デザインアーカイブを運営しながら、デザイン史の研究を軸に、展覧会の企画、執筆、授業など、さまざまな活動をしています。デザインに関わる仕事といえば、「デザイナー」を思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし実際には、それ以外のかたちでデザインに関わる仕事も数多く存在します。私が担っている領域も、そのひとつです。

こうした立場から今回のお役目をいただくにあたり、私には掲げたささやかな目標がありました。デザイナーやデザインされたものを中心に据えるのではなく、別の角度からデザインについて語る場を増やすことです。多くの人がデザイナーという職能や、その創造物に関心を寄せているのは確かでしょう。一方で、デザインを文化的な営みとして成熟させていくためには、その周辺に広がる話題を豊かにしていくことが重要だと私は考えています。周年プロローグの座談会でもこの点には触れましたが、そうした問題意識を根底に持ちながら、デザインをめぐる言説に厚みを加える実験の場として、artscapeを大いに活用させてもらいました。2つのテーマを設定して実現した記事は全部で3本。1年の総括として、それらを簡単に振り返ってみたいと思います。

地域のデザイン史考

最初に実現した記事は、中條亜希子さんに執筆をお願いした「デザイン県香川──地域に根差したデザインに価値を見出す活動」でした。中條さんと知り合ったのは、今から8年ほど前。瀬戸内芸術祭と岡山芸術交流を訪れる際に立ち寄ったのが当時、中條さんが勤務されていた高松市歴史博物館でした。ジョージ・ナカシマのデザインしたコノイドチェアを製造する桜製作所を訪問した後にお邪魔したのをいまでも覚えています。あまりに急いでいて展示図録が買えなかったのが心残りで、東京に戻った後、問い合わせをしたところから中條さんとの交流が始まりました。今回執筆いただいた記事からは、当時の活動から中條さんの関心とネットワークがどんどんと広がっていく様子が垣間見えました。現在は文化施設「やしまーる」の館長として、これまで培ってきた知見とネットワークを活かした多様なプログラムを行なっています。また最近では、庵治石を用いたプロダクトを開発する「AJI PROJECT」にも関わるなど、「ローカルデザインアーキビスト」として地域のデザイン資源を残すだけでなく、そこからヒントを得て新しい価値を生み出すことにも挑戦しています。ますます目が離せません。

同じテーマで企画したのが、2本目の記事「福岡のトータルなデザイン──分野を越えて社会を動かす『FUKUOKAデザインリーグ』のアーカイブと実践」でした。北九州で生まれ育った私にとって、福岡という街は一番身近にある大都会。憧れの場所であり、そこで高校時代を過ごすことができたのは、10代の自分にとって大きな喜びでした。街で遊ぶことが増えてくる年頃だったこともあり、天神にはさまざまな思い出があります。FUKUOKAデザインリーグへの取材を通して、街の魅力をつくっている人たち、守っている人たちの存在に触れることができました。久しぶりに訪れた天神の中心地は、古いビル群が無くなり、様子がすっかり変わっていましたが、残っているものを頼りに記憶を解きほぐす作業は、面白かったです。また、黒川紀章の福岡銀行本店や、エミリオ·アンバースが構想に参加したアクロス福岡など、当時は「今」のものだと思っていた建築群が、近代建築として街のなかで存在感を高めていることに感慨を覚えました。自分の知っている、そう遠くない過去がすでに歴史の一部になりつつあることを実感するとともに、都市は変化が速いため、それを構成するさまざまな要素を歴史として位置づける作業を早い段階で行う必要があるのだと感じました。地域デザイン史における「時間」という問題を意識させられた機会になりました。

デザイン批評とデザイン賞

デザイン批評の在り方を考える目的で企画されたのが「artscape座談会|『デザイン賞』で審査するとは?──ありうべきアワードと審査のあり方」です。デザインの文化的価値を考察するうえで、批評は欠かすことのできない要素です。もっとも、日々の営みの中で物事の良し悪しを判断することも広い意味では批評と言えるでしょう。しかし、多角的な視点を含んだ豊かな議論が展開されている状況とは言い難いのが現状です。そこですでに浸透している専門性の高い批評のかたちとして、「賞」を取り上げることにしました。これはプロローグの座談会で特別編集委員をご一緒させていただいた星野太さんのコメントがヒントになりました。また、2023年にリサーチャーとして参加したグッドデザイン賞の審査の様子を共有したいと思ったのも、動機のひとつです。私たちは賞の審査会場に立ち入ることはできません。しかし、審査の場で何が話題となり、審査員が何を考えていたのかを明らかにすることで、批評の具体的な姿が見えてくると考えました。「賞」という結果だけでなく、その結論に至るまでの議論の流れを追うことで、賞の持つ批評性をより理解できると思ったのです。

今回座談会に参加してくださった方々は、審査員として国内外のデザイン賞に関わっています。みなさんが審査に参加する動機や思いそのものが、現在のデザイン業界が抱えるさまざまな課題や状況を映し出している点が興味深く感じられました。また、賞の存在意義が変化していることにも注目すべきでしょう。例えば、日本のデザイン業界における賞の先駆けのひとつ「グッドデザイン賞」は、1950年代には良いデザインの事例を奨励し、啓蒙するための賞でした。現代においては、良いデザインとは何かを議論し、啓発する存在として、権威的な位置づけから、より民主的で開かれた活動へとシフトしています。賞そのものも、それに対する批評的な視点があることで変化していく可能性があるのです。このように、批評と創造の循環によって良いデザインが生まれる状況をつくっていくことも、私たちが目指すべき方向のひとつではないでしょうか。

次に取り組むべきこと

冒頭で、デザインの話題を周辺へ広げていくことの重要性に触れました。その際に意識しておきたい活動領域が、記録(歴史)、批評、奨励、普及、運用です。なかでも今回の企画で触れなかった奨励、普及、運用は、デザインの仕事としてなかなか想像しにくいかもしれません。しかし、職能団体の活動は奨励や普及につながりますし、メーカーの広報部はデザインを運用して販促を行なっています。artscapeの編集部や書き手のみなさんも普及の一端を担っています。そうした点を考えると、その重要性も見えてくるでしょう。それぞれが社会のなかでどのような職業や立場として存在し、誰がその役割を担っているのかについては、今後あらためて紹介し、考察する機会を持てたらと考えています。