(前編より)
2日目、6時過ぎに起床。朝食を済ませて9時ごろチェックアウトし、ぶらぶらと阪急大阪梅田へ。予定より早く着いたが、カフェに寄る時間もないので9:30発の特急に乗り、10:14京都河原町着(410円)。10:30藤井大丸開店、7階の7galleryへ。
藤井大丸 7gallery「77年後のリフレクションKYOTO 2026」
ここでは京都市京セラ美術館「日本画アヴァンギャルド KYOTO 1948-1970」の関連企画として、「77年後のリフレクションKYOTO 2026 」(2026/02/06-05/06)が開かれる。「77年後」とは、戦後旗揚げした前衛日本画集団による「第1回パンリアル展」が藤井大丸で行なわれてからの歳月を指し、そのアヴァンギャルド精神の現在地を示そうということだろう。会期は3カ月間で、計8人の美術家が次々と発表していく。
初回の山本雄教は、ブルーシートに金箔を貼って人型に抜いたものを天井から床にかけて広げ、壁には1円玉をフロッタージュした等身大のセルフポートレートを掛けている。会場には作者もいたので「これも日本画と考えるか?」とたずねると、日本画をルーツとする自分がつくったものだから日本画ともいえるし、別に日本画として見なくてもいいとのこと。いちおう金箔は日本画材といえるが、チープなブルーシートに金箔を貼ったり、1円玉を日本画の文脈で使ったりする諧謔性を評価したい。
ギャラリーを出たのが11時ごろ。このあと「日本画アヴァンギャルド」の内覧会まで2時間ほどあるので、先に京都国立近代美術館に行くことにする。河原町からだと祇園四条まで歩き、京阪電鉄で三条に出て、地下鉄東西線の三条京阪から東山まで行くのが早いが、一駅ずつの乗り換えだし金もかかるので歩いていく。
京都国立近代美術館「セカイノコトワリ─私たちの時代の美術」
京都国立近代美術館は斜向かいの京都市京セラ美術館に比べてずっと小さいけど、4階建てなのでコンパクトにまとまっている感じだ。開館は1963年だが、槇文彦設計の現在の建物が完成したのは1986年のことだから、今年で40年になる。
「セカイノコトワリ」の観覧料は1,500円、ここはプレスパスを使える。受付で「作品リストをご希望の方はお申し出ください」みたいな案内が出ていたので申し出たら、スマホをお持ちの方はQRコードで見られるので差し上げられないと断られるが、ぼくは旧人類なので紙でないとダメなんですと粘ったらもらえた。申しわけないけど記事を書くときは紙のほうが見やすいんです。
階段を登っていくと、企画展の入口横のスペースに立方体の木片を何十個も積み上げた作品が立っている。頼りないミニマルアートのようなこの作品が、「その日に──5年後、77年後 震災・記憶・芸術」(2000、岡本太郎美術館)という企画展に出品された藤本由紀夫の《ON THE EARTH》(2000)だと知ると、少し揺れただけでも倒れそうなこの作品の意味するものが、ミニマルアートとはまったく別の次元にあることが見えてくる。

藤本由紀夫《ON THE EARTH》(2000/2025)[筆者撮影]
同展ではバブル崩壊、冷戦終結の1990年代から9.11、3.11、コロナ禍を経て現在まで、社会が大きく変化する時代につくられた日本人の作品を紹介している。したがって旧作が大半を占めるが、「これを見ればあのときを思い出す」みたいな時代の記憶を宿した作品が多い。たとえば、青山悟の《喜びと恐れのマスク(Kissing)》(2020)は、「Pleasure」「Fear」と刺繍した2枚のマスクを向き合うように重ねて宙に吊るしただけの作品。これが2010年の制作だったらピンと来ないが、2020年の制作だと知ったとたん一気にコロナ禍の記憶が蘇ってくるのだ。
風間サチコの「McColoniald」シリーズ(2003)はいつもの黒一色の木版画と違い、プリント地の上にコロンブスやナポレオンらの肖像と、アジア・アフリカから収奪してきた博物館のコレクションをステンシルで描いたもの。タイトルがマクドナルドとコロニアルを重ねたものであることから、グローバル資本主義や植民地主義への批判の意図が読み取れ、近年のBlack Lives Matter運動や博物館の返還運動を想起させる。驚くのは、制作時期がそれらの騒動より何年も前であることだ。アーティストは時代を先読みする予言者でもあるのだ。
「プラカードのために」展と出品作家は重なっていないものの似たような印象を受けるのは、社会とのつながりを求める表現に焦点を当てたからだろう。
「2025年度 第4回コレクション展」(2025/12/11-2026/03/08)にも寄る。「どこに立って見る?」というコーナーでは椿昇の珍しい初期の絵画をはじめ、河口龍夫や柏原えつとむの20代の作品を見ることができた。東京国立近代美術館に比べて日本画や工芸のコレクションが多いように感じるのは、京都という土地柄ゆえか、それともぼくの偏見か。
「セカイノコトワリ」展のカタログを購入。国立国際美術館とほぼ同じくB5判で、やはり2,800円と安い。しかも購入時に住所を聞かれ、2週間後には作品のインスタレーションビューを載せた追加の小冊子が届いた。なぜここと国立国際美術館のカタログは滋賀県立美術館や大阪中之島美術館に比べて安いのか? 国立(独立行政法人)と公立(指定管理者制度)の違いか、グループ展と個展との違いか。それもあるかもしれないが、より大きな要因はおそらく発行元が前者は美術館なのに、後者はそれぞれHeHe(ヒヒ)と平凡社という出版社であることだ。
以前は展覧会のカタログといえば作品の著作権問題があって主催美術館が会期中のみ販売するのが通例だったが、近年は出版社から出す例が増えている。これにより主催館および開催期間だけでなく全国の書店で会期後も購入できるようになった反面、掲載作品の著作権をクリアし、かつ出版社として利益を上げなければならないので、価格は高くならざるをえないのだ。悩ましい問題である。
京都市京セラ美術館「日本画アヴァンギャルド KYOTO 1948-1970」など
京都国立近代美術館で時間を費やしてしまい、すでに13時を大きく回ってしまった。昼飯を食べたいところだが公園内で適当な店がないし時間もないので、とりあえず京都市京セラ美術館へ。
ここは1933年に大礼記念京都美術館として開館し、戦後京都市美術館に改称。ネーミングライツで京都市京セラ美術館を通称とし、青木淳と西澤徹夫の設計共同体によりリニューアルオープンしたのが約6年前だ。
「日本画アヴァンギャルド KYOTO 1948-1970」は、戦後の京都で始まった「創造美術」「パンリアル美術協会」「ケラ美術協会」という3つの前衛的な日本画運動を紹介するもの。ぼくは日本画に疎いので「パンリアル」しか知らなかったが、伝統を重んじる京都に伝統を破壊するような前衛日本画が次々と生まれたのは興味深い。おそらく伝統が強いだけに反発力も大きかったのかもしれないが、価値観が反転した敗戦まもない混乱期という時代性も後押ししたに違いない。
しかしいくらモチーフが抽象化しても、平面を飛び出して3次元化してみても、日本画の枠内ではアヴァンギャルドかもしれないが、現代美術として見れば特に先進的とはいえないし、むしろ同時代の具体美術協会やネオ・ダダなどに比べればずっとおとなしく感じられるのだ。もちろん彼らの活動が日本画壇を大きく揺さぶり、日本画の可能性を切り拓いたことは確かだろう。だがそれで日本画が解体したわけではなく、いまだ伝統的な日本画は何事もなかったかのように存続し続けていることも事実である。結局これらの運動は一時的なカンフル剤に過ぎなかったのか、とも思ってしまう。
カタログは内覧会なのにもらえなかったし、買いもしなかった。これ以上荷物を増やすのも嫌だし。でもカタログなしで記事を書くと、記憶が曖昧なせいか個々の作品についてはあまり語らず、全体の印象を述べがちになるのはお読みいただければわかるはず。なはは。

「日本画アヴァンギャルド KYOTO 1948-1970」 展示風景[筆者撮影]
コレクション展を一瞥した後、新進アーティストを紹介するザ・トライアングルという展示室で、佐俣和木の個展「PLAYSCAPE KYOTO !」(2025/12/03-2026/02/15)を見る。結論からいうと、今回の美術館めぐりでこれがいちばんおもしろかった。
床に台座や作品の梱包材やカタログなど美術館の備品を積み上げ、そこにモニターを置いて映像を流している。映像には京都の神社仏閣や美術館の展示室で作者本人がフライングディスク(フリスビー)を投げたり、作品の前に貼られた保護ラインを使って反復横跳びをしたりしている様子が映っていて、笑ってしまった。
美術とスポーツというあまり接点のない活動を強引に接続し、聖域とされる神社仏閣や美術館で「遊ぶ」という発想は、アーティストでありながらディスクゴルフ(フライングディスクを使った競技)のプロ選手でもある佐俣ならではのもの。発想もさることながら、それを効果的にインスタレーション化してみせる表現力もすばらしい。

佐俣和木「PLAYSCAPE KYOTO!」展示風景[筆者撮影]
最後に、昨年開かれた第19回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展の日本館の帰国展「中立点|In-Between」が開かれている桜水館へ。美術館の南側にあるこの建物は、本館建設と同時に事務所棟として建てられたというから100年近い歴史がある。
ヴェネチアの日本館では青木淳と家村珠代がキュレーターとなり、生成AIと人間の未来を考えるため、SUNAKI(木内俊克&砂山太一)と藤倉麻子+大村高広の2組のアーティストが、日本館の空間特性を活かしたインスタレーションを制作したという。だが日本館と桜水館とでは規模も構造も異なるため、帰国展といっても同じ展示は物理的にできない。しかも桜水館は現在工事中のため、その工事に絡むように新たなインスタレーションとして再構築したようだ。こうした試みは歴史的建造物や工事中・解体中の建物の芸術的再利用の例としても興味深い。

「中立点|In-Between―第19回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館展示帰国展」会場の桜水館[筆者撮影]
これで「拡大するシュルレアリスム」を除き、予定していた展覧会はすべて見た。東山から京都駅までいつもは地下鉄で帰るが、今日は荷物もあるので美術館前のバス停から15:36発のバスに乗る(230円)。インバウンドのためすごく混み合い、押されて外国人カップルのあいだに挟まったまま身動きがとれず、居心地が悪い。京都駅まで40分くらいかかった。
帰りは16:39発のぞみ424号(13,970円)。新大阪からなら始発もあるので自由席でも座れるが、京都からだと座れない可能性があるため650円高い指定席にした。関西からの帰りはたいてい夜なので駅弁とつまみにビールかワインを買い込むのだが、今日はまだ明るいし、昼飯を食べそこねたので京風の駅弁とお茶で済ます(計1,436円)。「京華弁当」は京出汁が効いていてうまかったなあ。あとは爆睡して18:54東京着。
2日間の総括
結局2日間でコレクション展やギャラリーの展示も含めて計15本見た。そのなかであえてベスト5を選ぶと、
1「佐俣和木:PLAYSCAPE KYOTO!」
2「笹岡由梨子のパラダイス・ダンジョン」
3「サラ・モリス 取引権限」
4「セカイノコトワリ──私たちの時代の美術」
5「プラカードのために」
となる。3、4、5は甲乙丙つけがたいが、未知のアーティストを紹介してくれた点で「モリス展」を上位としたい。
次に現実的な話。2日間で何にいくらかかったか、経費を書き出してみる。
交通費=13,530+250+250+410+230+13,970=28,640円
宿泊代=6,460円
飲食費=440+819+3,900+1,024+1,436=7,619円
入館料=1,800円
カタログ代=4,180+4,180+2,640+2,800=13,800 円
計 58,319円
2日間で6万円近く飛んでしまった。その半分を占めるのが交通費だ。夜行バスを使えば半額以下に抑えられるが、若いときならともかく老体にはつらい。宿泊代と飲食費はこんなもんだろう。予想以上の出費となったのがカタログ代である。もちろん見た展覧会のカタログをすべて買うわけではないけれど、必要なものはそのとき買っておかなければ2度と入手できないかもしれないから仕方がない。
さて、今回マップを眺めながら移動して改めて気づいたことがあるので、最後にそのことについて書いておきたい。それは関西の美術館が地理的に偏在しているということだ。
今回訪れた5館以外でぼくが何度か行ったことのある主要な美術館を挙げると、細見美術館 、アサヒグループ大山崎山荘美術館 、大阪市立美術館 、西宮市大谷記念美術館、芦屋市立美術博物館、兵庫県立美術館 、姫路市立美術館などがあり、いずれも大雑把にいって東海道本線(神戸が終着駅)沿線かその延長上に位置している。だから比較的短時間で効率よく回ることができるのだ。裏返せば、それ以外の地域に美術館は少ないし、あっても古美術や個人美術館が多く、現代美術系の活動的な施設は皆無に近い。東京を中心に神奈川、埼玉、千葉の各県に分散している首都圏とは対照的である。
これはおそらく地形的な違いによるもので、関東は平野が広いので都市が面的に発展したのに対し、関西は平地が少ないため居住地域が線的に連なったからだろう。こんなこと関西人には常識かもしれないが、改めてなるほどと思った次第。しかし果たして地理的条件だけだろうか。
首を傾げたくなるのが大阪府で、美術館のほぼすべてが大阪市に集中しているのだ。大阪府の人口は約877万人で、そのうち大阪市は約282万人だから全体の3分の1足らず。つまり大阪市を除く600万人近い府民は展覧会を見るために大阪市や京都市まで出かけなければならないのだ。
もちろん大阪府は狭いからそれでいいのかもしれないし、そもそも美術館がなくても独自のアート活動を行なっている街だってあるかもしれない。美術館なんてなんぼのもんやといわれればそれまでだが、にしても、大阪市を除いて堺、東大阪、豊中、枚方、吹田、高槻と30万人以上の市が6つもあるのに、市立美術館があるのは堺市のアルフォンス・ミュシャ館くらい。兵庫県には神戸市以外に前述のとおり西宮、芦屋、姫路の各市にも活動的な市立美術館があるのに、なぜ大阪府下にはないのだろう。だれか関西の人、教えてんか。ついでにプレスパスが使えない理由も。