今年の初め、調査のためにイギリスとオランダを訪れた。ロンドンにあるヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(V&A)の「Design and Disability」展とリーズにあるヘンリー・ムーア・インスティテュートの「Beyond the Visual」展が同時に行なわれているという貴重な時期だったからだ。そしてオランダでもさまざまな文化施設を訪れたが、今回は認知症の村、ホグウェイ(De Hogeweyk)を取り上げたい。3つはそれぞれ異なる文脈に属している。デザインの展覧会、彫刻と触覚をめぐる芸術の展覧会、そして認知症ケアの現場。しかし振り返ってみると、3つの場所を貫く問いがある。障害や視覚障害、認知症を「欠如」として捉えるとき、わたしたちは何を見落としているのか。そして、その問いを反転させたとき──欠如ではなく、異なる知覚や関係性のあり方として捉え直すとき──何が見えてくるのか。

障害は「解決すべき問題」ではない

ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館が「Design and Disability」という展覧会を開くと聞いたとき、正直なところ足を運ぶか迷った。健常者に向けて綺麗にデザインされた支援技術や製品が美しく並ぶだけだろうと思っていたからだ。しかし実際に訪れてみると、わたしの予想は大きく裏切られた。世界各地の装飾品やデザイン製品が並ぶ同館において完全に浮くほど、権利や運動、アドボカシーを前面に出した展示だったのだ。

「Visibility(可視化)」「Tools(道具)」「Living(生活)」という3つのセクションに分けられた展覧会。最初の章で大きく掲げられていたのは、「Piss on pity(同情なんてくそくらえ)」を始めとした、これまで障害者運動で用いられてきたさまざまなスローガンや障害者コミュニティの連帯を示す言葉が書かれたTシャツたちだった。「Piss on pity」は、障害者を重荷で無力な存在として描くことで資金を集める慈善団体への抗議として1990年頃から用いられてきたスローガンだ。その下には、2012年ロンドンパラリンピックに合わせて車椅子のアーティスト、キャサリン・アラニエッロ(Katherine Araniello)が制作したビデオ作品《Meet the Superhuman》(2012)が展示されていた。障害者を感動ポルノとして消費しようとするメディアに抗い、タバコを吸ったり、ジャンクフードを食べたり、お酒を飲んだりする自身の姿を映し出す作品だ。「障害のある人が表に出たり価値を置かれるために“悲劇を乗り越えた勝利”という物語を使う必要はない」というキャプションが添えられていた。


「Visibility」の障害者運動の歴史を体現するオブジェクトが一堂に会するセクション。
「Piss on Pity」のTシャツのほかに、アメリカで1970年代に起こった障害者権利運動のプラカードの文字から生まれたフォント、緊縮財政への抗議バナー、HIV/AIDS情報をBSL(イギリス手話)で届けたポスターなど、デザインと芸術が権利運動の中核にあり続けてきたことを示す[筆者撮影]

キュレーターのナタリー・ケイン(Natalie Kane)は、展覧会を案内しながらこう語った。「障害とデザインをめぐる言説には、「わたしがあなたの障害を解決してあげよう」というヒロイズムやパターナリズム(父権主義)のナラティブが根強くある。でも実際には、障害者コミュニティはさまざまなアイデアをずっと前から生み出してきた」。その言葉通り、展示全体を通して感じたのは、「障害者をまなざされる対象やサービスを施される対象として見せるのではなく、社会を変えていく主体としてエンパワメントするためにこの展覧会はある」という強い意志だった。杖をついたKaneがわたしの前に現われたとき、生きられた体験(lived experience)を持つ人が企画をしたのだという大きな納得があった。

ケインが「テクノ・ソリューショニズム」と呼ぶ問題は、「Tools」セクションで鮮やかに示されていた。iPhoneのピンチ、スワイプ、ズームが障害者向けデザインに由来する一方で、白杖にAIやGPSを組み込もうとする外部からの「イノベーション」は、盲目の人がすでに持つ精緻な空間認識や記憶を軽視し、むしろ危険を増す可能性がある。「障害のない人は、ひとりの盲目の人から話を聞いただけで、すべての障害者のことをわかったつもりになっている」とケインは言った。展示されていたゲームコントローラーのプロトタイプ群は、「このグリップは自分には合わない」と言った障害当事者たちの貢献を可視化するために、開発過程のすべてが並べられていた。

印象に残った展示のひとつに、大きなスパイクが付いて持てなくなったハンドルがある(下写真左)。健常者に車椅子をコントロールさせないためだ。「よかれと思って」車椅子を制御しようとする健常者によって奪われがちな、障害のある人が自らの意思で移動する権利や自律性を守るという考えからくるものだ。ほかにも、握力が低くても鉤針編みができるよう美容用のスポンジを柄に付けるという、InstagramでシェアされるローファイなDIYの知恵も展示されていた(下写真右)。「これがデザインが生まれる場所」だとケインは言い、それはコミュニティが日常的に実践してきた知のエコロジーとして、専門家による問題解決とは根本的に異なる立場から作られたものだった。


医療器具を個人のスタイルと自律性の表現へと変換した作品群。一番右が文中で取り上げた車椅子のハンドルWilbur’s Finest「Wheelchair handle grip spikes」。Eva Belleによるオーダーメイドの指関節を支える装具リングは、機能性を保ちながらジュエリーとして成立し、補聴器用アクセサリー「Deafmetal」(Jenni Ahtiainen)は医療機器を纏うことへの偏見を、装飾という選択肢で問い直す[筆者撮影]

展覧会の出版物も図録の形を取らず、「How to build a network(ネットワークの作り方)」「How to start a club(クラブの始め方)」などの章に分けて、障害当事者による実例やエッセイがまとめられた本として編まれていた。それはコミュニティにとっての実用書であり、後に続く人たちを後押しするような内容だ。会場には障害のある人たちがひっきりなしに集まっており、わたしの知っているいつものV&Aとは景色が一変していた。


左:展示室の一角には、当事者によって製作されたZineが閲覧できるコーナーもあった
右:Access Power Visibility「Proxy Protest Tool Kit」は、抗議の場に物理的に来られない人が、現地の参加者に自分の「代理」を委ねるためのDIYキット。現地の参加者は身近な素材で作られたハーネスにモバイル端末を装着し、遠隔の参加者が自分に合ったアクセスツールを通じてつながることができる[筆者撮影]

盲目を得る

リーズのヘンリー・ムーア・インスティテュートで開催された「Beyond the Visual」展は、イギリスで初となる、視覚に障害のある研究者やアーティストがキュレーションの中心を担い、参加作家16組のうち大半が視覚に障害がある人たちで構成された展覧会だ。すべての作品は触ることができ、丁寧な副音声(Audio guide)と音声描写(Audio description)が付けられていた。視覚障害の来場者のために作品があるエリアにはカーペットが敷かれ、足の触り心地の違いで作品の存在を認識できるなど、空間構成にも細やかな工夫が見られた。


左:展覧会ビジュアル。点字が印刷に用いられるとき、装飾的な扱いにとどまることが多いが、今回は盲の文化を表象するものとして用いられたことが明快だった
右:ヘンリー・ムーア《Mother and Child: Arch》(1959)。展示台の周りには床と感触の異なる布が敷かれ、キャプションの前にも黄色の丸いフェルトのような布が敷かれ、目印となっていた。ムーアの作品も、触覚の観点から捉え直された音声描写が付けられていた[筆者撮影]

特に印象に残ったのは、全盲のアーティスト、デヴィッド・ジョンソン(David Johnson)による《Inhibition: Beyond the doubt of a shadow》(2025)だ。シンプルなテーブル1台とスツール4脚で構成されたこの作品は、一見すると休憩スペースにしか見えない。しかし座ってみると、テーブルの裏面にゴムのような素材でできたピンクと白の丸い凹凸が全体に付けられている。公共の場所に密かにくっつけられているチューインガムから着想した作品だ。意味ありげに並べられた凹凸は点字の点に見えるが、わたしには何が書かれているかは読み取りようもなかった。解説によれば、そこには「inhibition(抑制・隠すこと)」と綴られているという。展示することの反対である「隠すこと」を指す言葉が、触れることでのみアクセスできる形で刻まれている。

テーブルの裏面は、晴眼者には見ることができない。一方、点字もかなり大きなサイズになっているため、点字ユーザーにとっても読み取りは難しい。視覚障害者と晴眼者がどちらも対等に「わからない」状況に置かれ、そのうえでテーブルを囲み、体験を共有することができる設えだ。このように展示作品はいずれも、晴眼者の世界を「翻訳」したものではなく、視覚障害者の身体や知覚を中心に据えて展示されていた★1


David Johnson《Inhibition: Beyond the doubt of a shadow》[筆者撮影]

本展覧会は3年に及ぶ研究プロジェクトの成果のひとつでもあり、その出版物には全盲の研究者ジョージナ・クリーグの言葉が引用されている。「かつて疎外されてきた集団を真に包摂するためには、単なる差異への配慮を超えることが必要だ。それは、異なる知識と専門性との協働を育てることを意味する」。その出発点として提示されるのは、「視覚への無批判な依存を超えること」 だと。

そのために、まず視覚障害を喪失と結びつけ否定的に語るナラティブから抜け出さなければならない。障害のある研究者たちが提唱するのは、「視力を失う(losing sight)」から「盲目を得る(gaining blindness)」という言葉への転換だ。盲目であることが、独自の知覚や認識、芸術との関わり方をもたらす──その可能性を正面から問うこと。それはアクセスを「情報保障」や「配慮」としてではなく、創造的プロセスそのものとして捉え直すことを意味している。


展覧会の外には、来場者がさまざまな形や触感のパーツを組み合わせ、触覚だけで彫刻を作る体験ができるコーナーもあった[筆者撮影]

普通の暮らしが引き出す力

そして、オランダでは認知症の村、ホグウェイを訪れた。2009年に開設されたこの施設では、現在188名が暮らしている。一般的な街区のように構成された村には、パブ、レストラン、劇場、スーパーマーケットなどが広場を挟んで並ぶ。住居は1ユニットに6、7人が暮らすグループホーム形式で、誰と暮らすかはライフスタイルごとに分けられている。都市型・農村型・格式重視型、国際型という4つのライフスタイルが設定されており、共通の背景や価値観、趣味を持つ人同士が同じ家に住む。


ホグウェイの広場。黄色いオブジェの周りには参加できるクラブやアクティビティのお知らせなどが貼られていた。広場を中心に、バーやクラブで使う部屋が並ぶ通り、シアター、レストランなどが広がっている

実際に訪れてまず驚いたのは、住民が介助者の同伴なしで普通に村の中を出歩いていることだった。みんな身綺麗にしていて、カフェで友人たちと談笑する人、おしゃれな服を着てパブで優雅に踊る人など、本当に「普通」の暮らしがそこにあった。「特にアジアから来客が来ると、皆さん本当に重度の認知症なのかと驚かれるんですよ」と案内してくれた運営母体Be Adviceのシニア・アドバイザー、アイリス・ファン・スローテンは言った。この村は原則として入居時に重度認知症と診断されている人が対象で、常時ケアを必要とする段階の人たちが暮らしている。

日本の施設を思い浮かべると、ほぼ病院と変わらない環境がまだ主流だ。一般社会とは切り離され、寝巻きのまま一日を過ごし、施設のプログラムに沿ったデイケアの時間以外はベッドやテレビの前にいる時間が最も長い人も少なくない。

社会学者のトム・シェイクスピア(Tom Shakespeare)らは論文「Rights in Mind」(2019)のなかで次のように論じている。医学モデルのもとでは人の強みは見えなくなり、感情的・社会的な絆は無意味とされる。病気と困難だけがその人を定義する唯一の特徴となる、と。ホグウェイのあり方はその逆を行くものだ。

各家が毎日自分たちの食事を決めて作る。27軒それぞれが異なる食事を作り、施設の一括調理は行なわない。各家はスーパーマーケットに毎日買い物に出かけ、スタッフと入居者が一緒に食材を選ぶ。外出してコートを着て新鮮な空気を吸い、レジ係と言葉を交わす。その一連の行為が多層的な意味を持つ。スタッフはこう語った。「料理に参加するようになったとき、受動的にそこにいるだけだった人が、夕食の食卓の整え方についてコメントするようになった。能力を実践することで、直接的な効果が入居者に現われたのです」。ジムや水泳、コーラス、市場への外出など35のクラブはすべて本人の選択で参加する。「プログラム」という言葉は意図的に避け、「クラブ」と呼ぶ。メンバーになる、という感覚を大切にするためだ。


左:絵画のクラブを楽しむ人たち。ほかにもパン作りやディスコ、女性の集いなど、さまざまな活動が行なわれている
右:みんなで決めた食事の材料を買いに行くスーパー

4時間ほど村で過ごすなかで、印象的な出来事があった。ある女性が自分の部屋がどこかわからなくなり、村内を彷徨っていた。スタッフはそれに気づき、「一緒に帰ろう」と声をかけた。その女性が最初に「ここかも」と言った家には彼女の部屋はない。途中、道行く住民に「この人、どこかの部屋で見たことない?」と尋ねたり、本人の記憶を辿りながら、何度目かで無事に自室に戻ることができた。

常時ケアというのは、常に手取り足取り介助をするのではなく、困っているときに誰かが手を差し伸べられる環境があることなのだと、そのとき思った。「一人では戻れない」のではなく、「誰かとなら戻れる」で十分なのかもしれない。


左:レストランでお酒を楽しむ住民
右:食卓を囲む住民たち。ライフスタイルが近い人たちで共有スペースをシェアする。その過程で、家族が思っていたライフスタイルと本人が望むライフスタイルにズレがあることがわかることもあると言う

シェイクスピアらは「dementia friendly communities(認知症にやさしいコミュニティ)」という言葉への違和感も示している。「やさしい」という言葉は、認知症のない人が認知症の人に親切にしてあげるという構造を前提にしており、「友好的」は権利・尊厳・一貫性を語るのに適切な言葉ではないと。代わりに提唱されるのは「dementia enabling communities」──人々が能力を発揮できるコミュニティという発想だ。ホグウェイで「自分らしく生きるのは当たり前の人権だ」とスタッフが何度も口にしたのは、この「enabling」の論理そのものだった。それは美しいスローガンではなく、村の設計そのものに織り込まれた原則だった。

獲得する体験として考える

「Design and Disability」展は、障害を「解決すべき問題」として障害のない人が介入するデザインの構造と正当性を問い直した。「Beyond the Visual」展は、視覚障害を「喪失」として捉えるナラティブを反転させ、異なる知覚が芸術との関わり方そのものを拡張しうることを示した。ホグウェイは、認知症を失われゆくものの総体として管理するケアの論理ではなく、その人らしさと能力を中心に据えた環境が可能であることを見せている。

こうした考え方の礎となったと考えられる、ろう者コミュニティから生まれた「Deaf gain」という概念は、H=ダークセン・バウマン(H-Dirksen Bauman)とジョセフ・マレー(Joseph Murray)により提唱され、「hearing loss(聴力の喪失)」ではなく「Deaf gain(ろうであることで得られるもの)」への考え方の転換を促した。ろうであることが独自の認知的・創造的・文化的な恩恵をもたらすというこの発想は、障害学者ローズマリー・ガーランド=トムソン(Rosemarie Garland-Thomson)によって障害全般へと拡張され「disability gain」となり、さらに視覚障害の文脈では「blindness gain」として展開されてきた。「Beyond the Visual」★2が提唱しているのも、この系譜に連なる。認知症においては、「dementia gain」という言葉は、少なくとも学術的に確立された概念としてはまだ存在しない。しかしホグウェイで目にした光景は、まさに同じ方向を向くものだった。

3つに共通しているのは、「欠如」を出発点にしないということだ。そしてそれは単なる視点の転換ではなく、誰が知識を持ち、誰が設計し、誰のために作るのかという問いと不可分につながっている。障害当事者がキュレーションし、視覚障害のある研究者が芸術論を書き、認知症の人が自ら村を歩く。その主体性を中心に置いたとき、はじめて見えてくるものがあるのだ。


★1──ヘンリー・ムーア・インスティテュートの公式サイトで、作家による作品説明、音声描写を聞く/読むことができる。https://henry-moore.org/audio-descriptions/david-johnson-inhibition-beyond-the-doubt-of-a-shadow-2025/
★2──“Beyond the Visual: Multisensory Modes of Beholding Art”, Edited by Ken Wilder and Aaron McPeake. London: UCL Press, 2025. p.1.

参考文献
Tom Shakespeare, Hannah Zeilig, and Peter Mittler, “Rights in Mind: Thinking Differently About Dementia and Disability”, Dementia 18, no. 3 (2019): 1075–1088.
H-Dirksen L. Bauman and Joseph J. Murray, “Deaf Gain: Raising the Stakes for Human Diversity”, Minneapolis: University of Minnesota Press, 2014.

※このイギリスとオランダでの調査は、メディアアートクリエイターの育成・支援プログラム「WAN: Art & Tech Creators Global Network」の協力を得て行なわれました。