国内外のグラフィックデザインやグラフィックアート文化の発展と、学術研究の振興に貢献することを目的にDNP文化振興財団が2014年度に立ち上げ、毎年募集を行なっている「グラフィック文化に関する学術研究助成」。本プログラムの開始当初の2014年度から審査員を務め、中東欧の近現代美術をはじめデザイン史の研究においても第一線に身を置くなか、「特定非営利活動法人デザイン史リサーチセンター東京」の理事長も務められている井口壽乃氏にお話を伺いました。審査の舞台裏からデザインアーカイブ構築の最前線まで、「ないものは作る」という信念で道を切り拓いてきた井口氏のバイタリティと、学術研究が次世代のキャリアへどう接続されるべきかという問い。2019年度に本助成の採択を受けたひとりである美術評論家の塚田優氏が聞き手となって、グラフィック文化の未来を展望します。(artscape編集部)
聞き手:塚田優、構成:芳賀真美、企画:DNP文化振興財団+artscape編集部
ひとつの分野に留まらない、「視覚文化の研究者」として
──井口先生はDNP文化振興財団主催の「グラフィック文化に関する学術研究助成」の審査に創立当初から携わっていらっしゃいますが、そもそも「グラフィック文化」とは、どのようなものだと考えられていますか。
井口──一般的に「グラフィック」というと、コンピューターグラフィックスやポスターなどをイメージされる方が多いと思います。しかし、私たち審査員が共通認識として捉えているのは、より幅広い「文化」としてのグラフィックです。
井口壽乃氏[撮影:artscape編集部]
例えば「グラフ(graph)」は、円グラフや棒グラフのように、情報を分析・編集し、視覚化したものですが、「グラフィック(graphic)」となると、フォトグラフィーやホログラフィーのように、視覚的に複製され、伝達されるものになります。ですから、助成の対象には写真や版画、古いものでしたらエンブレム、カリグラフィーなども含まれてきます。つまり、人間がコミュニケーションの手段として生み出してきたもの全体を「グラフィック文化」と捉えています。それは、時代や地域、生産者(デザイナー)や受け手によって変容する相対的なものであり、「視覚的な文化研究」として位置づけられると考えています。
──井口先生ご自身はそのような考え方に基づいて、これまでどのような研究に取り組んでこられたのでしょうか。
井口──研究者というと、ひとつのことを長く研究されている方も多いと思いますが、私の場合は多岐にわたっています。私はまず写真史から入って、そこから近代以降のデザインの領域へと研究を広げていきました。その一方で現代美術にも関心があったので、学生時代には版画も制作して、エッチングやシルクスクリーン、リトグラフなどの実技もひと通り学びました。
かつて美術評論家の多木浩二★1さんとお話した際に「自分は◯◯の研究者だ、とひとつのことには留まらない」とおっしゃっていて、非常に感銘を受けました。私もそうありたいと願い、これまで研究を続けています。私は「モホイ゠ナジの研究者」と言われることが多いですが、これまでの研究過程をご存知の方からは「写真史家」あるいは「美術史家やデザイン史家」と呼ばれることもあります。これらをまとめると私は「視覚文化の研究者」といえるのではないかと考えています。
──多木さんは、「写真100年 日本人による写真表現の歴史」展(1968)のカタログなどの編集に携わる一方で、MoMAで「Shinjuku: The Phenomenal City(新宿:現象としての都市)」展(1975-76)の企画・ディレクションも手がけるなど、多岐にわたる活動をされていましたね。
井口──そうですね。写真から現代美術、椅子のデザインに至るまで、幅広い分野を手掛けた「知の巨人」といえると思います。
また、デザインの領域では、柏木博★2さんもさまざまな活動をされていましたね。柏木さんは木工からロボット、戦争論、さらには家庭内の生活空間や家事の問題までを「デザイン」の観点から文化研究として捉えていました。
お二人は幅広い関心を持ち、優れた評論や学術的な研究を通して、社会と芸術をつないだ先駆者であり、私にとって目指すべき研究者でもあります。私もデザインや芸術はもっと社会と結びつかないといけないと考えています。特にデザインは日常的に使う道具や家具とも関わっていますから、学術の世界だけの問題ではないですよね。
──そのようななかで、井口先生はハンガリーをはじめとする東欧の研究へと至られたわけですが、そこにはどのような経緯があったのでしょうか。
井口──きっかけは、「なぜハンガリー人芸術家には、視覚的に重要な仕事をした人が多いのか」と疑問を持ったことにあります。20世紀を代表する写真家のモホイ゠ナジ・ラースローをはじめ、ブラッサイ、報道写真家のロバート・キャパ、キネティック・アートのニコラ・シェフェール、マサチューセッツ工科大学(MIT)の高等視覚研究所の創設者ジェルジ・ケペシュ、ホログラフィーを発明したデニス・ガボールなど、彼らはすべてハンガリー出身です。
彼らの原点はどこにあるのか。作家の思想や考え方が形成される10代、20代の仕事から見出したいと考え、ハンガリーに留学しました。ちょうど冷戦が終結する1990年代初めの、社会体制が大きく変化するときでした。ヨーロッパの変動を目の当たりにし、チェコやポーランド、ルーマニアなどの周辺諸国へと関心が広がるなかで、「社会と芸術はどのように関わっているのか」という、もうひとつの研究のベクトルが生まれました。こうして、革命や社会体制、技術と芸術の関わりについて、現在に至るまで関心が広まっています。
日本のデザイン・アーカイブ構築への歩み
──井口先生は「NPO法人デザイン史リサーチセンター東京」を創設されたと伺っていますが、その経緯もお教えいただけますか。
井口──きっかけは二つあります。ひとつは、埼玉大学を退職するにあたって、次の仕事として、アーカイブの問題に取り組みたいと考えていたことです。調査で諸外国を訪れると、イギリスならヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(V&A)のアートライブラリー、アメリカならスミソニアン博物館と連携したデザイン・ミュージアムなど、デザインのアーカイブに特化した研究機関が充実しています。以前、シカゴのイリノイ工科大学(IIT)の図書館のスペシャルコレクション・アーカイブスで研究調査を行なった際に、博士課程の学生が論文を書くために集めた資料のコピーまでが保管されていて、驚きました。ここまで資料を大事に扱っているのかと。研究を継続していく道筋を作る素晴らしい取り組みだと思いましたね。一方で、日本はまだそのような環境が十分に整っているとは言えません。
もうひとつのきっかけは、退職の直前に大学院時代の研究者仲間が、自分が研究してきた資料を託してくれたことです。彼が集めたジョセフ・アルバースの研究資料で、イェール大学の図書館から取り寄せたブラック・マウンテン・カレッジとアルバースに関する資料のコピーなど、貴重な資料が数多くありました。それを「今後アルバース研究をしたい人がいたら、ぜひ活用してほしい」と送ってくれたのです。このデザイン史リサーチセンターにあります。
研究者仲間から託されたジョセフ・アルバースに関する資料の一部[撮影:artscape編集部]
こうした経緯から、きちんとアーカイブする場所が必要だと考え、「デザイン史リサーチセンター東京」を立ち上げました。活動の柱は大きく二つあります。ひとつは、重要なコレクションを集めてアーカイブ化すること。もうひとつは、それらを次の研究者に活用してもらうためのきっかけ作りです。研究論文を書きたいという方に対して、「どこの国のどこに行けば、関連資料があるか」といった、アクセスに関する情報提供なども行なっています。
──ほかにはどのような資料があるのでしょうか。
井口──一緒にこのNPOを立ち上げた菅靖子先生のコレクションでフランス関係の資料も充実しています。19世紀から20世紀初頭のアール・ヌーヴォー、アール・デコの時代の百貨店の資料やグラフィック、ミュシャや杉浦非水の絵葉書もあります。ほかにも、ネイサン・ラーナーの遺族から託された作品や資料などについて相談を受けたり、整理して保存したりもしています。
デザイン史リサーチセンター東京が所蔵している資料から。明治〜昭和期にかけて流通していた絵葉書のコレクション[撮影:artscape編集部]
19〜20世紀初頭のフランスの百貨店で用いられていた刺繍見本。いずれも実物が美しい状態で保管されている[撮影:artscape編集部]
──柏木博さんの生前の膨大な資料も、井口先生がアーカイブ化の道を拓かれましたよね。
井口──柏木さんが関わった展覧会、企画・審査をされたもの、イベント関連の資料が、ご自宅に保管されていました。本やカタログは図書館に残っていたりもしますが、会議の記録、調査資料、チラシやそれに関するメモなどは通常は廃棄されてしまう。しかし、これは日本のデザイン史研究にとって非常に重要な資料だと思いました。しかし、当時はまだデザイン史リサーチセンター東京を立ち上げる前だったので、さまざまなところに相談して、最終的にはアーカイブ体制の整った大阪中之島美術館に収蔵していただくことになりました。
──現在はアーティストの山口勝弘★3さんのアーカイブプロジェクトも行なっていらっしゃると思いますが、その経緯と活動はどのようなものなのでしょうか。
井口──もう20年以上前になりますが、山口さんが病気で倒れてから、月に一度、九州から東京の山口さんのところにお伺いして、お話をお聞きすることをやっていました。当時、私は九州の大学に勤務していましたから。そうしたなかで、山口さんのこれまでの仕事をまとめたいと考えるようになり、インタビューを重ねて資料を整理し、リスト化していきました。
メディアアートの資料は、磁気テープのビデオ作品など媒体が多様で、写真やスライドなども劣化していくため、早急にデジタル化する必要がありました。しかし、それには人手も費用もかかるので、学術振興会の科学研究費の助成を得て進めました。そして、それらをもとに「メディア・アートの先駆者 山口勝弘」展(2006)を神奈川県立近代美術館 鎌倉館で開催し、その後、『生きている前衛:山口勝弘評論集』(水声社、2007)を編集・出版しました。
現在は山口さんと一緒にお仕事をされていた小林はくどうさんら同時代の作家さんたちにインタビューした映像をもとに、ドキュメンタリー映画を制作中です。完成までまだ数年はかかる見込みですが、こうした山口勝弘アーカイブプロジェクトは現在も継続しています。
──すごいですね。井口先生のそのバイタリティはどこから来るんでしょうか。
井口──どんどん興味が広がっていくんですよね。デザイン・アーカイブがなければ、作ればいい。創造的な活動って、そういうものじゃないかと思うんです。だから今回の映画も、「モホイ゠ナジのドキュメンタリー映画があるなら、山口勝弘のドキュメンタリー映画があってもいいんじゃないか」と思い立ったのがきっかけです。「怖がらないで、できる範囲でまずはやってみましょう」と。みんなやればできるんですよ。
[撮影:artscape編集部]
次なる発展に寄与する研究とは──採択の視点から
──井口先生は、「グラフィック文化に関する学術研究助成」には立ち上げから関わっていらっしゃいますが、どのような経緯で参加されたのでしょうか。
井口──当時、DNP文化振興財団の理事をされていた柏木さんからお誘いを受けたのが始まりでした。福島の田中一光アーカイブ★4に見学に行き、資料整理からサイトの準備も始めていて、「文化財団にする」と伺ったときは、素晴らしい取り組みだと思いました。印刷会社である大日本印刷には、デザイナーとの深いつながりや、グラフィック文化の財産となる素晴らしいコレクションがたくさんありますからね。それから、私自身もさまざまな財団から助成金をいただいた経験があることも大きいと思います。当時とても励まされたので、若い人たちに研究助成を行なうことは、研究や教育の基盤を作っていくうえできわめて重要な活動だと考えています。
──本助成で採択されるテーマや特徴について、井口先生はどのように考えていらっしゃいますか。
井口──立ち上げ当初は、日本のグラフィックデザインのなかでも、まだ十分に整理されていない研究領域に助成していこうという意向がありました。特にグラフィック的なものとして、田中一光のアーカイブを用いた研究や、文字のデザインの研究といったものは歓迎していました。
とはいえ、「グラフィック文化」の研究は、非常に幅広い領域にわたっています。法律の専門家から応募されたものでは著作権の課題を扱うもの、またデジタル時代における楽譜印刷の研究などもあります。
また、本助成の大きな特色のひとつは、大学院生や、美術館学芸員も応募できる点です。これはほかの財団にはない特徴だと思います。公的な助成は、(大学組織などに属する)研究者でなければ応募できないものが多いですから。私たち審査員は若い人たちの取り組みを支援したいという立場でいます。
──僕も助成をいただいたのは多摩美術大学の助手をやっていた時代でした(2019年度採択。テーマは「1980年代におけるイラストレーターの社会的立ち位置とイラストレーション言説の恣意性をめぐる研究」)。「視点の立て方が面白い」と採択していただいた記憶があります。
塚田優氏[撮影:artscape編集部]
井口──そうでしたね。創造力のある研究は「もっと詳しく話を聞いてみたい」と思います。それから、ほかの財団でやっていない研究に助成したい、という思いもあります。例えば、展覧会や実制作、出版に対して助成を行なう財団はほかにもありますよね。ですから本助成は、学術・文化研究に特化して助成という方針です。
──審査のときの話し合いは、ある程度スムーズに行なわれるものですか。
井口──研究の学術的レベルが非常に高いので、審査員の話し合いも真剣そのものです。一次審査では書類を読んで点数を付けますが、それで決まるわけではありません。そこから二次審査で審査員が長時間にわたって議論を交わすのですが、多数決で決めることもないですね。私自身も申請側になったときに「きちんと研究内容を読んで採択してほしい」と思いますから、応募された方の気持ちもよくわかります。だからこそ、とにかく研究内容を一つひとつ精読して、徹底的に議論を交わして決定しています。
──採択にあたって、井口先生が重視されているポイントはありますか。
井口──私は「誰もやっていないからこの研究をやります」というのは、研究の動機としては不十分だと考えています。誰もやっていなくて価値があるものもなかにはありますが、逆に言えば、研究する意味がないという場合もあるからです。「どのような研究をやるとその学問の領域に接続し、発展に寄与できるのか」、「この研究によって、次に何がわかるのか」という学術的意義があるかという部分を重視しています。
デザイン史リサーチセンター東京の書棚より。1897年に創刊されたフランスのデザイン誌『Art et Decoration』の初期のバックナンバーなど[撮影:artscape編集部]
──これまで審査に関わってこられて、過去に助成を受けた方々のその後の活躍を見聞きする機会もあるのではないでしょうか。
井口──本助成は英語で応募できることもあり、毎年海外からの応募もあるので、国際会議の際に声をかけられることもあります。国内でも、本助成を足がかりとして書かれた論文が後に出版されたり、展覧会に結びついたりしたケースも見てきました。サントリー学芸賞を受賞された素晴らしい研究★5もあります。本助成をきっかけに研究が深まり、次のキャリアへ結びついていくのは、素晴らしいことだと思います。
[撮影:artscape編集部]
──では、最後に今後この助成に応募する方に向けて、メッセージをお願いします。
井口──繰り返しになりますが、「誰もやっていないから」という理由ではなく、学術的に意義がある研究であることが重要です。それから、審査員の想像を超えるような、新しい創造力のある研究を期待したいですね。また、特にB部門(アーカイブをテーマとする研究)は、今後さらに拡充していきたいと思っています。
そして何より、研究が「楽しい」ということも大事ですね。私自身も研究者仲間と「ワクワクする研究をやりたいね」といつも話していて、それが原動力にもなっています。皆さんのそうした情熱あふれる研究に出会えることを楽しみにしています。
(2026年3月、NPO法人デザイン史リサーチセンター東京にて取材)
★1──たき・こうじ/1928-2011。哲学者。1960年代半ばより、写真、現代美術、建築などの分野で先鋭的な批評活動を展開。
★2──かしわぎ・ひろし/1946-2021。デザイン評論家、武蔵野美術大学名誉教授。大阪中之島美術館における氏のアーカイブや経緯などについては、「NPO法人建築思考プラットホームPLAT」のWebサイト掲載のインタビューと井口氏によるテキストに詳しい。
https://npo-plat.org/kashiwagi-hiroshi.html
★3──やまぐち・かつひろ/1928-2018。日本におけるメディアアートの先駆者として知られ、実験工房やフルクサスの活動にも参加。1972年には中谷芙二子、小林はくどうらとともに「ビデオひろば」を結成。
★4──グラフィックデザイナーの田中一光(たなか・いっこう/1930-2002)の遺族によりDNP文化振興財団に寄贈された、田中一光デザイン室および田中一光所有の別荘に保管されていた作品・資料類のアーカイブ。現在は2カ所(京都府・福島県)の大日本印刷関連施設に分けて管理・保存されており、研究者など専門家を対象とした予約制での公開が行なわれている。
https://www.dnpfcp.jp/foundation/archives/tanaka-ikko.html
★5──阿部卓也『杉浦康平と写植の時代 光学技術と日本語のデザイン』(慶応義塾大学出版会、2023)。本助成では研究テーマ「写真植字と光学的デザイン:1950年代末~90年代前半の日本における組版とブック・デザインの展開」として2018年度に採択。
■2026年グラフィック文化に関する学術研究助成募集について、詳しくはこちらをご参照ください(申請期間:2026年4月1日~6月15日)。
「グラフィック文化に関する学術研究助成」申請者向け説明会(オンライン)助成プログラムの概要や申請時のポイントをわかりやすくご説明いたしますので、ぜひご参加ください。質疑応答の時間も設けていますので、疑問点を直接ご相談いただけます。
開催日時:2026年5月13日(水)17:30~18:00
※終了時間は前後する場合があります。
実施形式:オンライン会議(Zoom)
主な説明内容:
・グラフィック文化に関する学術研究助成プログラムについて
・2026年度募集の概要
・申請上の留意点(助成金の使途、採択基準など)
・質疑応答(その場でご質問にお答えします)
対象者:
・研究推進業務担当者
・助成申請を検討している方
■参加お申し込みはこちら。
※お申し込みいただいた方へ、Zoom参加URLをメールでお送りします。
■連載「グラフィック文化の探求者たち」バックナンバーはこちら。
