アーティゾン美術館で開催のモネ没後100年「クロード・モネ ─風景への問いかけ」。連日、多くの来場者でにぎわう本展では、無料の音声ガイドを自身のスマートフォンなどのデバイスで聴くことができる。音声解説の枠を超え、カササギが鳴き、モネが年表の上を歩き出す。館外でも閲覧可能なこのコンテンツは、いかに鑑賞体験のアップデートを試みたのか。企画・開発を担当した学芸員の新畑泰秀氏に話を聞いた。(artscape編集部)

会場の外へも開かれた、新たな鑑賞体験を目指して
──今回の音声ガイドを開発された背景を教えてください。
新畑泰秀(以下、新畑)──これまでも、当館では音声ガイドを独自に開発してきました。アーティゾン美術館公式アプリをダウンロードいただくと、コレクションの音声ガイドを無料でお聴きいただくことができます。有料の機器を貸し出すスタイルをとらなかったのは、ご自身のスマートフォンで、自由に気軽に楽しんでいただきたいという思いがあるからです。こうした経験を活かし、企画展では初めて音声ガイドの開発に挑戦しました。このプロジェクトは、わたしのほかに、ITシステム課、教育普及部、学芸課、出版課の共働で取り組みました。
──美術館のなかにITシステム課があるのですね。
新畑──ITシステム課はアーティゾン美術館開館準備時に石橋財団事務局内に設置され、館内の情報システム全般を担っています。当館公式アプリの音声ガイドの画像認識が、館内のWi-Fi接続時にのみ利用できるのに対し、今回の音声ガイドはウェブアプリとし、どの回線からサーバーにつないでも利用できる仕様にしました★。

館内だけではなく、自宅からでも音声ガイドにアクセスできる。美術館には行けない人も音声ガイドをとおしてモネ展に接することができる
開発チームとしては、展示室を出たあとも鑑賞の体験が続くといいなという思いがあり、「一歩進んだ音声ガイド」にトライしようというのが出発点でした。展覧会を見る前に予習したり、見たあとでも楽しんだり。また、人気のある展覧会はチケットが完売してしまうこともありますし、さまざまな事情で足を運べないこともあると思います。そうした場合にも、手元で作品画像を見ながら解説を聞く、または読むことができ、開かれたツールになったと考えています。

音声ガイドでは、作品名の上部に「6F Section 8」のように、展示場所が表記されている。会場のどこにある作品かが即座にわかり、至るところに鑑賞者への細やかな配慮がうかがえる
直感的な操作性と、視覚で楽しむコンテンツ
──「一歩進んだ音声ガイド」を目指すうえで、ほかにも力を入れられた点はありますか。
新畑──音声ガイド以外にも、モネの年表や作品を深掘りする情報を入れていますが、楽しんで操作してもらえる工夫をしたことも大きな特徴です。作品画像、参考図版、動画、アニメーション、地図などあらゆる視覚情報を入れています。特に力を入れたのは、作品の付加情報として「もっと! モネ」というページを各ガイドに入れています。たとえば《かささぎ》という作品に登場する「かささぎ」がどんな鳥か、「もっと! モネ」では「カチ、カチ」と木の上で鳴く様子を動画で紹介しています。展示室の解説パネルに映像を入れることはなかなかできません。でも音声ガイドならできる。画像や映像を駆使しながら、拡張した情報提供を考えていきました。

《かささぎ》の音声ガイドのページ。「もっと! モネ」をクリックすると、カササギが鳴く様子を動画で見ることができるページがひらく
──「モネんぴょう」というモネの年表も操作性がよく、作家の生涯と制作の変遷が一目でわかると感じました。モネのキャラクターが動くのも、遊び心を感じます。
新畑──そこは力を入れたところです。今回の展覧会では、モネの生涯を通した風景の描き方の変遷が重要なファクターでした。会場の年表だけでなく、手元でいつでも見られるようにできないかと考えたのです。「この絵がいいな」と思ったときに、いつ頃、どこで描いたのか、その前後ではどんな作品をつくっていたかを直感的に追えるようにしています。一方で、こうした付加情報が会場での作品鑑賞の妨げになっては本末転倒です。複雑な操作や情報過多を避けるため、テキスト量は最小限におさえて重要な情報が直感的に伝わるよう、視覚的な工夫をしました。モネが何年に何歳でどこにいたかが、パッと見てわかるように、シンプルな年表にしています。
「モネんぴょう」では、アニメーションで描かれたモネがトコトコと年表の上を歩き、徐々に歳を重ねていく。住んでいた場所が変わると、背景の色が変化していく仕様
部署と企業の垣根を超えた、共創による制作
──あらゆる工夫が施された音声ガイドは、制作に時間もかかったのではないでしょうか。
新畑──音声ガイドの制作は展覧会の2〜3カ月前から始まることも多いですが、今回は約半年前からと、早めに始めています。このプロジェクトの重要な点のひとつは、複数の部署で取り組んだことです。さらに実制作はDNPアートコミュニケーションズにお願いしました。我々の「こういう仕組みで、こんな付加情報を載せたい」というビジョンに対し、デバイスのコンテンツ制作に強いDNPチームが応えることでイメージが具現化されていきました。キャラクターデザインとアニメーションはイラストレーターの城井文さんにお願いしました。年表の上でモネが歩くだけではなく、「カササギも登場させてはどうか」といったアイデアも、幾度と会議を重ねながら自然に生まれてきたものです。シンプルなUIデザインを心がけてくださったのはデザイン事務所のSTORK(ストーク)。そして、音声パートはアコースティガイド・ジャパンという音声ガイドの専門会社にお願いし、声優の細谷佳正さんがナレーションを担当してくださいました。すべてを美術館だけで担うのではなく、それぞれのプロフェッショナルが知見を持ち寄り、共創のかたちでつくり上げました。
──今後も、アプリや音声ガイドのさらなるアップデートを試みられていくのでしょうね。
新畑──これまでもモネの展覧会は多数開催されていますが、本展は、オルセー美術館の質の高いコレクションを中心に据え、モネの生涯を通した創作が立体的に浮かび上がるよう、同時代の作家の作品もあわせて展示しています。王道の展覧会に仕上がったと思いますが、その空間を音声ガイドというツールによってさらに拡張できました。
特に、音声ガイドのなかでキャラクターが動くというのはこれまでにない試みではないでしょうか。音声ガイドの一つの殻を破ることができたのではないかと感じています。テクノロジーはすさまじい勢いで進化していますので、今回利用された方々のご意見も取り入れながら、今後も新しい挑戦を続け、鑑賞体験をさらに豊かにする展開を探っていきたいです。

★──担当したITシステム課の米谷正治氏によると、オリジナルのアプリの強みを生かす意味でも、来館者の皆様がどのようにアプリを使用しているか、気にするようにしているという。本展は年齢も幅広い方々が見に来られるので、システムとしてもインターフェイスとしてもシンプルなものを目指したそうだ。
モネ没後100年 クロード・モネ ─風景への問いかけ
会期:2026/02/07~2026/05/24
会場:アーティゾン美術館(東京都中央区京橋1-7-2)
公式サイト:https://www.artizon.museum/exhibition_sp/monet2026/
無料音声ガイド(2026年7月24日12:00までの公開):https://monet2026.artizon.museum/