2021年からしばらくの休館を経て、昨年2月に全館オープンを迎えたことも記憶に新しい横浜美術館。第9回となる横浜トリエンナーレの開催も来春に控えるなか、このたび同館の学芸員で、キュレーターの飯岡陸氏に「キュレーターズノート」の執筆陣に新しく加わっていただいた。第1回の今回は、「美術館をひらく」ことを見据えた横浜美術館の大小さまざまな取り組みのこと、そしてその一環として始まったプログラム「アーティストとひらく」で飯岡氏が企画を担当した、「アーティストとひらく 鎌田友介展:ある想像力、ふたつの土地」(2026年6月28日まで開催中)でのアーティストとの協働についてご執筆いただいた。(artscape編集部)

美術館のリニューアルと、3つのリニューアル記念展

檜皮一彦《walkingpractice/CODE: OKAERI[SPEC_YOKOHAMA]》(2025)。「おかえり、ヨコハマ」での展示風景[筆者撮影]

今回よりキュレーターズノート欄を担当することになった。筆者が勤務する横浜美術館は2021年3月から施設や設備の老朽化による改修工事のため約3年間の長期休館を行ない、第8回横浜トリエンナーレを経て、2025年2月に全館オープンした。施設や設備の改修、展示室の照明システムの入れ替えやバリアフリー化だけでなく、新しい美術館としてのビジョンの策定、建築家の乾久美子氏とデザイナーの菊地敦己氏による什器やサイン計画の刷新、美術図書室(旧美術情報センター)の移設・リニューアル、やさしい日本語を導入したコレクション解説の導入など、さまざまな見直しが行なわれた。

またリニューアルオープン記念展として「おかえり、ヨコハマ」展(2025年2月8日~6月2日)「佐藤雅彦展 新しい×(作り方+分かり方)」(2025年6月28日〜11月3日)「いつもとなりにいるから 日本と韓国、アートの80年」(2025年12月6日~2026年3月22日)を開催した。これらのラインナップは「みなとが、ひらく」を掲げたリニューアル後の方針を反映したものである。

館長の蔵屋美香がキュレーションした「おかえり、ヨコハマ」展では、やさしい語り口を用いながらも、各処に社会的な問題提起が込められ、横浜の歴史が語り直された。異なる文化や背景をもつ主体が出会い、非対称な関係のなかで相互に変容することを意味する「コンタクトゾーン」をキーワードに、横浜市歴史博物館神奈川県立歴史博物館の協力も得ながら、その時代を生きた人々の痕跡として考古学・歴史的遺物/美術作品/工芸品を扱い、これまで顧みられてこなかった歴史的な出来事/人々/ものたちに光を当てた。

「おかえり、ヨコハマ」展示風景[撮影:加藤健]

佐藤雅彦展 新しい×(作り方+分かり方)」(企画:主席学芸員 松永真太郎)は、表現者・教育者としてCMやゲーム、教育番組などさまざまなヒット作を生み出してきた佐藤の思考を展覧会として開示する初の回顧展となった。当館の会場に合わせて佐藤自身が会場構成を手がけたこともあり、「佐藤雅彦による佐藤雅彦展」という仕立てになった展覧会は会期を通してさまざまな年齢層の来場者で賑わうこととなった。

佐藤雅彦+桐山孝司《計算の庭》(2007)。「佐藤雅彦展 新しい×(作り方+分かり方)」での展示風景[撮影:竹久直樹]

いつもとなりにいるから 日本と韓国、アートの80年」(企画:主任学芸員 日比野民蓉)は、韓国の国立現代美術館との共同企画により1945年以降の日韓美術の関係史を辿る展覧会として開催された。日本の敗戦から両国の国交正常化までの20年間を扱うセクションから始まり、日本社会における在日コリアンの存在や展覧会史、人的な交流に注目し、コスモポリタン的な立ち位置にいるナムジュン・パイクを独立した章で紹介するなど、両国の関係を単純化しないようさまざまな工夫がなされた。現在は「ロードムービー:1945年以降の韓日美術(로드 무비: 1945년 이후 한·일 미술)」として、5月よりソウル近郊の国立現代美術館果川で開催されている(2026年9月27日まで)。

「いつもとなりにいるから 日本と韓国、アートの80年」(「第2章 ナムジュン・パイクと日本のアーティスト」)展示風景[撮影:加藤健]

発達障がいの方などに向けたソーシャルストーリーセンサリーキットカームダウン・クールダウンスペース手話や通訳付きのギャラリーツアーをはじめとするさまざまな方が安心して美術館を楽しむための試みなど、リニューアル後の試行錯誤は現在も続いている。また当然、これらは学芸グループだけでなく、部署や組織の内外を超えた協働や議論の積み重ねのうえに実現している。2024年の4月に勤務をはじめた筆者は、終盤からこうした議論に合流し、定常業務と並行して主に「おかえり、ヨコハマ」展の同時開催となるコレクション展「新たにむかえた作品たち──生活・手仕事・身体」の企画や佐藤雅彦展の副担当を担い、現在は横浜トリエンナーレをはじめ今後の企画準備に従事している。

カームダウン・クールダウンスペースの様子[撮影:加藤甫]

横浜の風景のもつ時空間の広がり:「アーティストとひらく 鎌田友介展:ある想像力、ふたつの土地」

さて、リニューアルにあわせて生まれたプログラムのひとつが「アーティストとひらく」である。これは当館で2007年から2023年まで継続して開催してきた若手アーティストを紹介する小企画展「New Artist Picks」(通称NAP)を引き継ぐもので、新進アーティストと一緒に、これからの美術、これからの美術館の可能性について考え、試行錯誤をする場として実施されるプログラムだ。展覧会の機会を提供するだけでなく、アーティストが美術館のコレクションや蓄積された知見を用いたり、館のスタッフと協働することによって、アーティストと美術館の可能性を相互触発的にひらくことができないかという議論から生まれた。

筆者は現在開催中の「アーティストとひらく 鎌田友介展:ある想像力、ふたつの土地」を担当している。本展において鎌田は、20世紀初頭の横浜で生糸貿易で財を成した実業家で、横浜市本牧における三溪園の造園や近代日本画家たちの支援、関東大震災後の横浜の復興に尽力したことで知られている原富太郎(号:三溪、1868-1939)に焦点を当てた。

「アーティストとひらく 鎌田友介展:ある想像力、ふたつの土地」展示風景

三溪は岡倉天心とも親しかったことから横山大観や下村観山、今村紫紅、牛田雞村けいそんらを支援し、これらは当館のコレクション収集方針のひとつの柱となっている。三溪は祖父と叔父が南画家であったことから、幼いころから書画や漢詩に親しみ、もともとは画家や学者を志していた。また三溪が多角的な経営を進めた原合名会社には地所部があり、本牧での宅地開発や、三溪自身は一度も訪れたことのなかった朝鮮・京城(現ソウル)での農林・宅地開発事業を行なっていた。鎌田はこうした三溪の書画家・美術支援者としての芸術的な感覚と、横浜・ソウルにおける都市開発の関係に注目し、今回の展示を形づくっていった。三溪の支援を受けていたひとりである今村紫紅の画業を振り返る「没後110年 日本画の革命児 今村紫紅」展と展示空間が隣り合うということもあり、地続きとなるよう構成した。

1984年生まれの鎌田はこれまで韓国や台湾、ブラジルなど、植民地化や移民政策などの理由で日本国外に建てられた日本建築について調査し、近代史やナショナリズム、植民地主義について再考するプロジェクトを行なってきた。大学院修了の数年後まで横浜を拠点に活動していたが、その後はレジデンスや活動助成などを受けて海外で活動することが多かった。近年は福岡を拠点としていたが、2年前にACYアーティスト・フェローシップ助成により、三溪がソウルで行なっていた土地開発についての調査をはじめ、本展の準備期間中に拠点を再び横浜に戻した。

かねてからアーティストと交流をもっていた筆者はこうした調査内容について知り、「いつもとなりにいるから」展に続く会期であり、今村紫紅展と同会期の展覧会として発展させるに相応しい内容であると考え本企画を提案した(本展における関心は2年前に関わった第7回昌原彫刻ビエンナーレ2024から連続しているが、芸術監督のヒョン・シウォン氏とも鎌田の紹介により知り合っている)。また当館では2019年に展覧会「原三溪の美術 伝説の大コレクション」を開催している。2007年に当館と三溪園保勝会の呼びかけで原三溪市民研究会が結成され、同時企画のパネル展として展覧会では扱いきれなかった実業家としての原三溪について紹介した。本展の調査は、こうした人的なネットワークを引き継ぐかたちで展開させることができた。

三溪園での調査の様子。手前は鎌田友介、奥は調査協力者の吉川利一氏(同園事業課長)[筆者撮影]

鎌田友介《ある想像力、ふたつの土地》(2026)

館全体を有機的につなぐ、生きたアーティストの視点

このプロジェクトにおいて心がけたのは、生きたアーティストの思考や態度をどのように活かすかということだ。過去のプロジェクトから一貫しているが、鎌田の作品はナショナリズムや植民地主義といった力学に疑問を投げかけつつ、特定の対象に責任を帰すのではなく、わたしたちに現在と地続きのものとして歴史を見つめ、対話をはじめとする未来の行為に活かしていくことを促す。これを時代を超えて作品を残していく美術館の機能と重ね合わせられないかと考えた。鎌田の視点を介することで、スクリーンに映し出される現在の本牧やソウルの風景、日本画を構成する空間表現のなかに三溪や当時の日本人画家たちの想像力が──それが及んでいなかった部分も含めて──静かに浮かび上がってくる。「風景」という鎌田にとって新たな主題が立ち上がると同時に、それを通じて、美術館の根幹的な機能でもある「見ること/所有すること」に関する省察をもたらすような展覧会となった。

そして紫紅展との関連だけでなく、風景をテーマとしたコレクション展「みる風景、かんがえる風景」(企画:主任学芸員 大塚真弓)では、日本画家の作品を中心とした作品数点に鎌田によるコメントを掲出することで、美術館全体での有機的な広がりがもたらされた。またアーティストとともに紫紅展からやってきた鑑賞者の多くが現代美術の手法に慣れているわけではないだろうことにも注意を払った。それは現代美術が培ってきたリサーチ型の芸術実践やその手法が、ジャンルという枠の外側でどのように機能するか考える機会となった。アーティストには難しい調整を求めることになったが、アーティストと美術館による協働のひとつの可能性を示すことができたと感じている。

2026年5日17日に開催された、筆者とアーティストとでリサーチ・制作の過程を振り返るイベントの様子

鎌田のコメントを手がかりにコレクション展を鑑賞するギャラリーツアーの様子(左は筆者、右は主任エデュケーターの河上祐子)


アーティストとひらく
鎌田友介展:ある想像力、ふたつの土地

会期:2026年4月25日(土)~ 6月28日(日)
会場:横浜美術館 ギャラリー4(神奈川県横浜市西区みなとみらい3-4-1)
公式サイト:https://yokohama.art.museum/exhibition/202604_openingdialogues/