会期:2026/05/1~2026/06/21
会場:YAMADART[石川]
公式サイト:https://www.instagram.com/p/DYqcsTelJbn/

ベルギーを拠点とするアーティスト、エレノア・ヘルボッシュの個展「Quiet Matter – 佇むもの -」は、土や石の粒子、植物片、さらには湿度や気温といった環境条件そのものを、絵画へと直接的に編み込む即物的なアプローチが取られている。セントラル・セント・マーチンズで陶芸を学んだ彼女にとって、石川県での滞在制作で採取された土は造形素材ではなく、特定の時間や場所の痕跡を画面へと定着させるための記録メディアとして扱われている。


[筆者撮影]

加賀市の山中温泉で行なわれた制作では、現地で採取した小枝や根、滝ヶ原石の砕砂といった物質が、あえて濾過されることなく無着色のアクリルとともに幾層にも塗り重ねられていく。画面には粒子の粗さや偏りがそのまま残され、素材は均質なマチエールへ還元されることなく不揃いな物質的調和を保っている。特筆すべきは、彼女がイーゼルを用いず、キャンバスを床に水平に置いて制作する点にある。大雨の日に重ねられた層は湿気を含んで厚く沈み込み、乾燥した日には表面が急激に定着する。描くという行為と同等に環境のパラメーターが画面形成へ直接的に介入しているといえる。また、水平に配置された画面では身体がキャンバス全体へ届かない制約から、複数の支持体を接続するディプティクの分割構成へと転換している。アクションペインティングのように落とされた墨は、重力や水分量によって軌道を変化させ、ときに作品の天地を事後的に決定づけるように作家の作為的なコントロールを離れた偶有性をもつ。こうしたアプローチの背景には、厳格な工程管理を要求される陶芸教育からの離脱と、そこで培われた物質の自律性を重んじる素材研究への志向が見える。土の収縮や水分の振る舞いに対する陶芸家としての手ぐせによって、逆説的に素材の偶発性を絵画に転用しているともいえるだろう。


[筆者撮影]

展示室には、石川の滝ヶ原石による淡いアイスブルーを含んだ作品と、アントワープの寒い冬の環境を反映して制作された色調深い作品群が対比されていた。そこに見られる対比は、単なる色彩の変化としてではなく、土地ごとの湿度や光、空気の密度の違いをインデックスとして画面に物理的に刻み込まれた結果である。

ヘルボッシュの作品は、自然を表象する風景画でありながら、素材、重力、乾燥、湿度といった人間の意図を離れる要素が、画面の一部として受け入れられている。作家の手はすべてを統御する主体ではなく、環境と交渉するための媒介として機能する。このエコロジカルな表現は、均質化される都市環境の外部で自然を形成する物質それぞれの可変的な速度を知覚する有機的な実践といえる。

鑑賞日:2026/04/30(木)