会期:2024/01/22~2024/03/17
会場:半兵衛麸五条ビル2F ホールKeiryu[京都府]
公式サイト:https://www.kyotointerchange.com/post/tezuka
経 糸と 緯 糸を織り合わせてつくる織物から糸を引き抜き、構造を解体・再構築する作品で知られる手塚愛子。本展では、「閉じたり開いたり そして勇気について」と題された新作のシリーズが発表された。
手塚は、長崎の出島を旅したことを契機に、鎖国と開国、布や文様の交易史や文化的流通にまつわるさまざまな象徴的図像を引用して散りばめた織物を自らデザインした。引用されたモチーフは、鎖国下の日本とヨーロッパの貿易を独占したオランダ東インド会社の社章、フランドル人学者の写しによって伝わる「安土城屏風」の木版画、明治元年に作られた和英辞書などだ。16世紀にポルトガル人が制作した不完全な日本地図と、江戸時代の蘭学者が写した旧大陸図は、「外から見た日本/日本から見た外の世界」として鏡合わせの関係にある。インドで制作され、彦根藩主が所蔵していた古渡更紗(彦根更紗)には、キリスト教の「聖心」文様が描かれた部分を消した跡が残るものもあり、モノの交易と宗教勢力拡大という植民地支配のネットワークの末端に日本が位置していたことを示す。さらに、現代のネットワークの象徴として、AI生成画像のクモの巣、Eメールの絵文字が織り込まれ、判読不可能なほどの多層レイヤーからなる織物がつくられた。織物製作は、京都の西陣織の工房が手がけている。その織物から、さらに手塚は、解きほぐした糸の束をねじり、垂らし、両端を編み込み、表裏を反転させる操作を加えて作品化する。
手塚愛子《閉じたり開いたり そして勇気について(拗れ)》 [© KYOTO INTERCHANGE 撮影:守屋友樹]
手塚愛子《閉じたり開いたり そして勇気について》 [© KYOTO INTERCHANGE 撮影:守屋友樹]
手塚愛子《閉じたり開いたり そして勇気について》(部分)
[© KYOTO INTERCHANGE 撮影:守屋友樹]
「織物から糸を解きほぐす」という手法は、油画出身である手塚にとって、初期作品においては、テキスタイルや装飾など「美術」「絵画」の制度から排除されてきたものによって「絵画」に言及するという、二重の意味でのメタ的な絵画批評であった。「絵画の支持体であるキャンバスも既成の織物である」という無意識化された前提条件を浮かび上がらせるために、「大量生産された既成品の布」が用いられ、「糸を解きほぐし、引き出した糸で表面に刺繍する」ことで「絵画」を鮮やかに解体・再構築してみせていた。既製品を用いる最大の利点は、「同一の図柄の織物から、異なる色の糸を引き出す」操作によって、「絵画に刻印された唯一性」を視覚的に撹乱させ、複数性へと開いていくことにある。ただしこの時点では、図柄そのものが持っている文化的・歴史的・政治的意味は着目されず、無難で平凡な花柄が主に使用されていた。従って、既製品の使用に留まる限り、「一枚の織物に織られた図柄の数」に物理的に制限されるとともに、どのような図柄の織物を用いても、「テキスタイルを用いて絵画の構造を脱構築する」という手法のバリエーションにとどまってしまうという方法論的な限界があった。
既製の織物をそのまま使用することから、さまざまな文脈の図柄を引用・コラージュしたオリジナルの織物をつくることへ。「織物から糸をほどく」という基本操作は同じだが、ここには本質的な転換がある。この転換によって、手塚は、まさに「引用の織物」という視座から歴史を複層的に語り直す明晰な手法を手に入れた。そこでは、地理的・時間的なレイヤーをほぼ無限に重ねることが可能である。今回の新作では、「鎖国/開国を契機とする日本/ヨーロッパの文化的交通」という具体的な歴史の相を焦点化しており、近作では、江戸末期から明治に西欧への輸出品としてオリエンタルな日本の風景や人物画が薩摩焼の表面に描かれた「薩摩ボタン」の図柄を引用するなど、手塚の主な関心は「日本/西欧の自意識と他者像」の複雑な絡み合いにあるといえる。
だがこうした手塚の手法は、「歴史の語り方」それ自体についてのメタ的な語りでもある。それは「一枚の平らな表面」に見えるが、縦軸と横軸という座標系をもち、「座標からどの糸=視点を引き出すか」によって不可視だった構造が可視化される。その「断面」の現われは「糸=視点の選択」によって極めて可変的で複数性を帯びており、さらに表/裏という立体性を持ち、異なる平面=座標系どうしの糸が結びつき、新たな形に編まれていく場合もある。手塚の作品は、「歴史という巨大なテクストを多層のレイヤー構造としてどのように解体し、語り直すことができるのか」という示唆的な普遍性を帯びている。
手塚愛子《閉じたり開いたり そして勇気について(摩擦)》 [© KYOTO INTERCHANGE 撮影:守屋友樹]
関連レビュー
手塚愛子展「Dear Oblivion ─親愛なる忘却へ─」|村田真:artscapeレビュー(2019年10月01日号)
鑑賞日:2024/02/03(土)