今号より「キュレーターズノート」の執筆陣に青森公立大学国際芸術センター青森 [ACAC]の学芸員の方に入っていただくことになりました。ACACは2001年の開館で、「キュレーターズノート」には2009年から2011年のあいだ、当時学芸員として在籍されていた日沼禎子さんにご執筆いただいていました。このたび、15年の時を経て、再びACACに執筆のバトンを受け取っていただきました。第一回は、館長の服部浩之さんに綴っていただきます。(artscape編集部)

気候変動の兆候なのか、ここ最近は全国で地震や豪雨、台風などが相次いでいます。被災された皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。私の自宅周辺でも、つい先月、集中豪雨が発生し、被害を受けました。

ACACを取り巻く自然環境の変化

私は2009年から2015年まで青森公立大学国際芸術センター青森 [ACAC]に学芸員として勤務したのち、約10年を経て、2024年から館長という立場で、月に数日ではありますが青森に通う日々を再開することになりました。本施設はアーティスト・イン・レジデンスを主な事業とし、創作施設や宿泊施設も備えています。八甲田山系の麓の森のなかに2001年に設置されたACACは、設立当初は夏も涼しく、冷房の必要がなかったため、冷房設備はほとんどありませんでした。しかし、近年は夏の冷房が必須となり、少しずつ設置を進めています。夏の暑さだけでなく、冬は集中豪雨ならぬ集中豪雪がここ数年続いており、昨冬は青森市内の道路の除排雪が進まず、一週間以上自宅から車を出せない人もいました。一方で、春先には雪がものすごい勢いで解けてしまいます。10年以上前の2012年には、4月になってもアーティストがスノーシューを履いて敷地内の森を散策し、雪の下から土を掘り出して制作していましたが、近年の同じ時期にはすっかり雪が解けています。また、以前からうさぎや猿などの野生動物をACAC内で見かけることはありましたが、この1〜2年は近隣地域で熊の目撃情報が多発し、市街地でも熊の出現が常態化しています。人新世といわれるように、地質や気候にも人間の活動が影響を与え、自然現象や動植物の行動の変化も、人間の活動と無関係ではないでしょう。

アートセンターが提示する「自然と人の共存」

「見えない建築」というコンセプトのもと、安藤忠雄氏によって設計された本施設の重要な活動指針に、「自然と人の共存」がありました。これは、ACAC設立に尽力した初代館長・浜田剛爾氏と佐々木誠造元青森市長を中心に構想されたものでした。ACACの年報『AC²』誌上に掲載された開館から数年間の浜田氏のテキストや対談などを辿ると、自然や多様な動植物と人間がいかにこの場所で共存できるか、あるいは自然のなかで人は一体どのような創造が可能かを何度も問い、アーティストたちと対話を重ねていたことがわかります★1。

浜田氏の父である画家・濱田英一氏は、ACACができるずっと以前に偶然にもこの近隣の雲谷にアトリエを構えていました。そのような縁もあって、浜田氏はこの土地に強い思いを抱き、ここにアートセンターが設置される意義や価値を誰よりも深く考えていたのでしょう。結果的に、芸術作品を所有・保存する美術館ではなく、表現者たちがこの森のなかに一定期間身を置き、新しいものを生み出すアートセンターが実現されました。そして、八甲田の森に世界中の表現者を迎え入れ、多様な存在と人との関係を現在進行形で模索し続けるアーティスト・イン・レジデンスを推進してきました。


2024年のACAC。施設を取り巻くのは赤松の木々

自然への畏怖

私は田園風景が広がる郊外で育ったため、森に親しんだ経験があまりありませんでした。そのため、2009年にはじめてACACの森に身を浸したときは、正直少し怖く感じました。人の存在を感じさせるものは道路くらいしかなく、高く聳える赤松の木々の奥にひっそりと建つコンクリートの建築にたどり着いたとき、ほっとした記憶があります。夜になると照明はほとんどなく、深い闇に囲まれ、虫や動物の声、木々が揺れ動く音が周囲を包み、やはり恐ろしく感じたものです。少しずつ慣れてくると、いつのまにか、この深い闇と人間以外のものたちが奏でる音が心地よくなっていきました。人間は理解できないものを本質的に恐れるのだと、この森との出会いから学びました。だからこそ、時にはよくわからない物事をそのまま提示してしまうアートに拒否反応を示す人がいることも、少し納得できるようになりました。わからないこと、先が見えないことに不安を抱いてしまうのは、人間の性なのかもしれません。でも、それはその先へと至る重要な契機でもある。わからないことがあるから、人はわかろうとし、行動を起こすのでしょう。

「共存」とは一体どういう状態なのか

昨今は、ルーツや言語が異なる多様な他者だけでなく、植物や動物、虫たちとの共存も、肯定すべきものとして前提とされているように思います。私自身、あまり深く考えることなく、安直に多様な他種との共存を実現すべきだと考えていました。しかしながら、ここ数年の青森における環境や動物たちの行動の急激な変化を目の当たりにし、簡単に「共存」などといってよいのか疑問を感じ始めています。縄文のはるか昔から雲谷界隈には人が暮らしてきたし、人よりもさらに古くから、植物や動物、鳥や虫たちがここに暮らしてきたことも事実です。とはいえ、植生も大きく変化し続けており、現在高く聳える赤松は、戦後この場所に定着し繁殖したもので、それ以前は標高の高い場所と同じく、ブナが広がる森だったそうです。植物も動いており、すべての存在がなんらかのかたちでつながり、影響を与え合っている。そんなことを、この森に関わることで実感するようになりました。

だからこそ、「共存」とは一体どういう状態なのか、慎重に考えなければと思うのです。環境にひっそりと埋もれるような建築は周囲の自然環境と共存しているといえるのか。森の環境を前提とした彫刻群はこの森や動植物たちと共存しているといえるのか。例えば、石を積み上げた彫刻は蛇をはじめとする生き物たちが棲む場所となっていたり、別の鉄の彫刻は植物の蔦が絡まり、植物に包み込まれています。木を主な素材とする彫刻は、菌類の活動により少しずつ分解され、徐々に朽ちていきます。これらは自然の摂理として当たり前のことですが、だからといってこれを共存といえるのかというと、よくわかりません。


中瀬康志《グッバイ・パパ、グッバイ・ママ》

簡単には共有も共感もできない複雑さこそアート

森の存在を前提とし、森自体も常に変化しているということを理解したうえで、結果的にこの場所に居合わせることになった他種と私たちが、どんなふうにこの森を共有地とすることができるか、一度考えてみたいと思いました。そのような背景から「ランド&ラーニング:たとえ共存が難しかったとしても、この森は共有地になりうるだろうか」という2カ年のプログラムを展開することになり、本年度は4つのプロジェクトを実施しています。ここで、2つのプログラムを紹介します。

ひとつは、台北在住のアーティスト李奧森(ヴァル・リー)氏によるパフォーマンス公演「Voy!」です。ヴァル氏は2024年から4度青森を訪れ、ブラインドサッカーチームのガルハ青森との協働を重ね、観客参加型のパフォーマンス作品を発表しました。ACACは森のなかにあるため、高低差や段差も多く、視覚障害のある方を受け入れる体制は決して万全とはいえません。それでもさまざまな方にご来場いただきたいと考え、ACACスタッフは専門家による、視覚障害のある方を誘導するための研修を受け、ガルハ青森のメンバーの意見も伺い、準備を進めました。アーティストの活動が施設の学びや拡張につながるのは、とてもありがたく大切なことです。作品は、ガルハ青森のメンバーの主導のもと、ブラインドサッカーを体験したり、その様子を鑑賞したりするパートと、台湾からやってきたパフォーマーがアイマスクをして身体を激しく動かすパフォーマンスの2部構成となっています。

ヴァル氏は、「ACACにはじめてやってきたとき、雪に包まれた静寂と闇の世界が強く心に残っている」とたびたび述べており★2、闇や静寂を探求することが重要な主題のひとつになっていたと思います。実際に行なわれることは非常に具体的ですが、その全体構成は簡単には咀嚼できない抽象度の高いもので、とても不思議な体験でした。おそらく、ガルハ青森のメンバーやパフォーマー、スタッフや鑑賞者、それぞれに受け取り方は大きく異なるものだったのではないかと想像しています。全員が同時に感動するような公演ではなく、むしろ戸惑いさえ抱えるような体験であることは、とても貴重です。簡単には共有も共感もできない複雑さは、アートだからこそ得られるものかもしれません。ポストトークにご登壇いただいた伊藤亜紗さんが「アートでしかありえない」といった趣旨のことをおっしゃっていましたが、私自身は闇の怖さと安心感の両方を思い出すような奇妙な経験として心に残っています。


ヴァル・リー《Voy!》でのガルハ青森のメンバーによるワークショップ


ヴァル・リー《Voy!》でのパフォーマンス

朽ちてゆく野外彫刻

もうひとつは、野外彫刻のこれからを模索する「残る、なくなる」です。ACACには複数の野外彫刻作品がありますが、これらは彫刻庭園のように人の手入れが行き届いた庭園のなかで一定の状態を保つ野外彫刻ではなく、森の環境下で日々変化していく彫刻群となっています。野外彫刻は2001年の開館から5年程度の間に集中的に展開され、設置から20年以上を経たものがほとんどです。例外はありますが、木、鉄、石を主要素材とする作品が大部分で、多くの作品は時間とともに少しずつ変化しています。この環境で野外彫刻を同じ状態に保つことはほぼ不可能ですが、補修が必要になった作品については、これまで可能な範囲でメンテナンスを行なってきました。

しかし、ここ数年でさらに倒壊の恐れが生じたり、破損が深刻で従来の状態での公開が困難になったりする作品も出てきています。そんななか、今後の野外彫刻の行方を検討する必要が生じ、この課題をいっそのこと多くの人にひらき、一緒に考える場を持ちたいという学芸員の提案により、野外彫刻のこれからを模索する議論と対話の場「残る、なくなる」をスタートさせることになったのです。

主に青森県内で使われていた鉄道の枕木を利用した土屋公雄氏の彫刻《記憶の風景》は、枕木が徐々に朽ち、倒壊するものも多数でてきたため、作家との合意のもと2025年に撤去しました。自然に任せてこの場所で朽ちていくのを見守るのが理想なのでしょうが、作品の設置場所はスタッフの目が届く場所ではないため、事故などにつながる恐れを考慮したうえでの決断でした。トークで土屋氏は、グライズデールという、イギリス湖水地方の森にある彫刻家たちの実験場のような野外彫刻施設★3を紹介し、アートが主体ではなく、森が主体となる芸術と自然の関係を提示しました。初代館長の浜田氏もかつて「森は美術館」と述べ、森を主体とする同様の思想を示していました★4。土屋氏は、「グライズデールのようにACACは森を主体とし、その環境のなかに野外彫刻が存在できる稀有な環境だ」★5と述べ、ACACの野外彫刻は一定の姿を保つ必要はなく、森の変化に応じていつか朽ちていくことを肯定しました。まさに、これは浜田氏の考えるACACのあり方そのものであったようです。


土屋公雄《記憶の風景》、2003年設置直後の様子[撮影:山本糾]


土屋公雄《記憶の風景》、2025年の様子[撮影:西川幸治]


土屋公雄《記憶の風景》、2025年撤去直後の様子[撮影:西川幸治]

博物館学や文化遺産学、キュラトリアル・スタディーズの研究においても、「朽ちゆくもののキュレーション」をめぐる議論はずいぶん前からありますが★6、時が経てば朽ちて失われていく彫刻があってもよいはずだという考え方は、ACACの理念への賛同にも感じられ、現在の社会状況においてこそ説得力をもつ指針となり得るでしょう。実際、森の力はとても強く、ACACにいると、その力には逆らえないと実感する場面が多いのです。

また、2005年に辻けい氏は「10年程度は保つものを」という浜田元館長の依頼により、森のなかに作品《青森―円》を設置しました。円筒形の壁面内部では、極彩色に染められた糸を巻いた表面が約10年で徐々に劣化し、2017年には青森のベンガラを含んだ鉱物色「あか」で塗り直されました。そこからさらに10年近く経過した2025年には、冬の集中豪雪で彫刻の雪囲いが破壊され、作品を破損しました。さらに2026年の冬にも集中豪雪が発生し、春には雪囲いが倒壊した状態となり、作品の損傷は深刻化していました。雪囲いなしではそもそも作品自体が倒壊する恐れもあり、この状態で従来の形を維持することは困難であると判断し、作家との相談を経て大幅な改変を行なうことになりました。結果的には、作品設置時に作家がいずれこうなるだろうと思い描いていたとおり、円筒形の壁面をすべて取り払い、円形の床面(台座)のみを残すこととなりました★7。土方巽が舞ったという逸話も残るこの場所に、舞台のみが残されたのです★8。辻氏は、その土地がもつ風景に寄り添うように、糸や布を短い時間そっと添える瞬間的なインスタレーションやパフォーマティブな介入を主な表現としているため、そもそも永続的な彫刻の保存を志向する作家ではないこともあり、このような変化自体を積極的に捉えてくれました。

森の変化に応じて、今後、他の野外彫刻についても順次対応を検討していく必要があり、「残る、なくなる」は時間をかけて継続していくシリーズとなりそうです。


辻けい《青森―円2005》、2005年設置直後の様子[撮影:山本糾]


辻けい《青森―円2005・2017》、2017年の作品補修後の様子


2026年、辻けい作品の上部構造を撤去し、土台のみが残った様子

施設が25年も継続すると、予期していたことも、予期できなかったことも含め、さまざまなことが起こります。残されたもののケアやメンテナンスは一層重要になる一方で、アートセンターとして新たな創造や表現が生まれる場であることも等しく重要です。「森が主体であり、森は美術館」というACAC設立当初の指針を大切にしつつ、多種の共有地としての森のなかのアートセンターをじっくり育てていきたいと思います。

★1──佐々木誠造+浜田剛爾「アーティスト・イン・レジデンス─青森のかたち」(『AC²』No.0、2001、pp.8-20)。浜田剛爾「ドキュメント―開館から春のAIRまで」(『AC²』No.1、2002、pp.54-61)。西野嘉章+浜田剛爾「アート&ネイチャートーク(1)」(『AC²』No.2、2002、pp.8-13)。
★2──ACACスタッフとヴァル・リーとのミーティングや、2026年9月4日「Voy!」公演後のヴァル・リー、林怡華(エヴァ・リン)、伊藤亜紗によるポストトークでも語られた。
★3──1969年から1999年まで、グライズデール・ソサエティのもと、グライズデールの森にアンディ・ゴールズワージーやデヴィッド・ナッシュら多くの彫刻家たちが滞在し、コミッションワークを制作した。土屋氏もこの森で滞在制作を行なった。現在は、グライズデール・ソサエティの発展形として、グライズデール・アーツというインスティテューションを展開している。 https://www.grizedale.org/(2026年9月23日閲覧)
★4──浜田剛爾「つれづれなるままに森に分け入る─森は美術館/森の美術館へ─」(『AC²』No.3、2003、pp.34-37)
★5──2026年9月19日に開催された、野外彫刻トークシリーズvol.1 「残る、なくなる」での土屋氏の発言を参照。
★6──Caitlin DeSilvey Curated Decay: Heritage beyond Saving, Univ Of Minnesota Press, 2017などは、文化遺産などの保存について朽ちることや変化することを含みこんだ保存に言及している。
★7──辻けい+小林康夫「あか─生死をつなぐ」(『AC²』No.8、2006、pp.30-43)における辻氏の発言を参照。
★8──作品設置場所の選定理由について、土方巽が舞ったと伝えられる場所を選んだと辻氏自身が打ち合わせやトークの際に述べていた。