2026年4月に、平成28年熊本地震から10年の節目を迎えるにあたり、熊本市現代美術館では3月から「熊本地震と文化的処方」という展覧会を行なったことは、本レポートでも報告した。しかし、そこからほどなくして、令和8年熊本地震が起こった。本稿では、発災直後から現在に至るまで、美術館がどのような動きを行なってきたか、改めて記し、報告することとしたい。
発災から美術館はどう動いたか
2026年7月28日(火)16時27分、最大震度7(熊本市は南区で6強)を観測する地震が起こった。当時、会議室にいた筆者は机の下にもぐり、1~2分ほど続いただろうか、同僚と一緒に揺れがおさまるのを待った。美術館の建物は免震構造のためか、「またか、もう嫌だな」「休館日でお客さんがいなくてほんと良かった」などの会話をすることは可能な状況であった。
余震は続くものの、ある程度の揺れがおさまると、出勤していた12名の職員は事務室に集まり、引き続き余震があると机の下に隠れながら、情報収集をしたり、電話応対を行なった。ある程度、揺れがおさまったことを確認した上で、事務室に残って職員や関係者の安否確認を行なうグループ、ヘルメットをかぶり館内の確認を行なうグループに分かれて、展示室やバックヤードなどの点検と写真撮影を順次行なっていった。展示室内では可動壁がずれ、また、天井ボードの継ぎ目などから埃や粉塵が落下し、収蔵庫は一部額の傷みなどのある作品はあったが、その時点では全体として甚大な被害はないとの報告で、胸をなでおろした。
その後、熊本市と情報共有をして「当面の間休館」を決定。各所への連絡や公式ウェブサイト、SNSの更新を行なった。併せて、作品展示中の作家や所蔵先への状況報告を学芸員が行なっていった。熊本市内での断水、隣町のショッピングモールでの爆発事故のニュースも断片的に知ることとなり、目途がついたところで、前回のような「本震」に備えて、遅くならないうちに職員は帰宅することとした。しかし、公共空間のエレベーターが停止し、バスや電車など公共交通機関がストップしていたため、徒歩で帰宅した者も多かった。併せて、夏場の地震ということで、エアコンの使える自家用車を使う人が多く、ガソリンを求める車でガソリンスタンドが長蛇の列となり、交通渋滞を引きおこしていた。
翌7月29日(水)は、各所からいただいたお見舞いへの返信や、翌日以降のイベント実施の可否などを確認して、随時ウェブサイトやSNSに情報の更新を行なっていった。またこの日より、「当面の間休館」のため、勤務時間を一律として、朝礼・夕礼を行ない、作業内容の進捗を職員が顔を合わせて確認することとした。また施工業者と連絡を取り、状況の下見や修繕の下見積りを随時行なった。開催中の「ミナ・ペルホネン つぐ」展(以下、ミナ展)は、揺れによって生じた可動壁や映像機器のズレの修正、露出展示をしていた生地やアイテムの上に、埃や粉塵が落ちたことによるクリーニング方法の検討が必要があることがわかった。

「ミナ・ペルホネン つぐ」展の養生やクリーニング作業展覧会の復旧作業と、段階的な再開
7月30日(木)~8月3日(月)、余震での粉塵などのこれ以上の飛散を防ぐために、ミナ展ではコーナーごとに養生作業を行なった。また被害状況を、デザイナーや施工業者と確認し、清掃や復旧方法などを検討するオンラインミーティングを担当学芸員が随時実施した。この頃より、被害の程度から推察すると、余震がおさまり軽微な修繕が完了次第、フリーゾーンを再開し、その後、ミナ展も復旧が完了次第再開し、全館オープンという道筋が見えはじめた。今回の地震で被害の大きかった宇城地域に居住する職員は自宅に戻り、被害状況を確認したが、ピアノなどの大物が倒れ、断水が続くといった厳しい状況にあることがわかった。熊本市内でも、県外ナンバーの警察・消防、医療などのチームの車両を多数見かけ、支援が広がっていることを感じた。また、全国美術館会議や、熊本県博物館ネットワークセンターから被災状況の聞き取りや取材などが行なわれた。
8月4日(火)、朝出勤すると、事務室付近で合計2トンにも達する漏水が発生。地震で水道管の見えない部分が破損しており、地震後1週間でたまっていた水が噴出したようだ。職員総出で水をかきだしたが、作品のそばでなくてよかったと安堵した。発災後に確認した際には見逃していた被害に、後になって気づくことも多い。
8月5日(水)、美術館のフリーゾーンのみ再開する。初日の来場者は225人。文化的処方推進室は、この日にむけて「ひとやすみくじ」を設置した。前回の地震の際も、折り紙やぬり絵など、手を動かしたり、気分転換になる作業が好評だったためだ。また、地震前から計画していたジェームズ・タレル作品の下で、寝転んで本を読むなど思い思いに過ごすイベント「書籍浴・美術浴」も開催したところ、10人ほどの参加があり、日常へ戻ろうとする市民の思いを感じることができた。

フリーゾーンに設置された「ひとやすみくじ」
8月6日(木)~8日(金)、展示室では学芸員が、ミナ・ペルホネン作品のクリーニング作業を行なった。デザイナーや熊本市の最終点検を経て、再開の日程が決まる。ちょうどお盆前の連休ということもあり、各地から「展覧会の再開はいつか」というお問い合わせの電話も増えてきていた。
8月9日(日)、地震後12日目に、「ミナ・ペルホネン つぐ」展の再開をもって、全館が再オープンした。この日の全館入場者は610人。地震後、自宅や図書館が被災し、学生の勉強する場がないということを聞き、キッズファクトリーを8月7日(金)〜12日(水)の間、臨時開放することとした。
復興の途上で──発災対応の見直しやレスパイト事業へ
現在、地震から約2カ月を経て、大きな余震もなく、熊本市内は南区の一部をのぞき、おおむね復旧している。一方、被害の大きかった八代市立博物館未来の森ミュージアムや、宇城市の不知火美術館・図書館、益城町の犬飼記念美術館、熊本市北区の熊本国際民藝館などは復旧のめどが立たず、臨時休館が続いている★1。また、国指定の名勝・松浜軒や、ユネスコ無形文化遺産である八代妙見祭が行なわれる八代神社、熊本の美術・文化人たちの拠り所で、その活動を後押ししてきた老舗の画廊喫茶・ミックなども非常に厳しい状況にある。そのようななかで、熊本県が文化庁および国立文化財機構文化財防災センターと連携し、学芸員などの派遣による文化財レスキュー活動も実施している。当美術館内でも、不知火美術館・図書館で中止となった「しらぬひ 興梠優護 個展」の関連ワークショップや、くまもとアートポリスのワークショップの代替会場として館内スペースの提供を行なったり、アーティストによるチャリティ販売やワークショップなどを積極的に受け入れたりしている。

不知火美術館で開催中止となった興梠優護展のワークショップを開催
今回の地震から復旧までの一連の流れを経験して、前回と最も異なるように感じるのは、復旧へ向けたスピード感である。前回は、熊本市の被害規模が今回より大きく、自宅が被災した職員も多かったこともあり、一つひとつ判断するにもいくつもの悩みがあったが、今回は手続きややるべきことが明確で、迷いなく進んでいった。館内被害も、前回の地震後の点検や補修、日々の整備などの対策によって、被害が最小限に済んだともいえるかもしれない。
しかし、まだ私たちが経験していないことの一つが、開館時間中の発災対応である。お客様を安全に避難誘導できるか、どの時点で帰宅を促すかなど、これまでのマニュアルで定めていなかった「その先」の点について、改めてブラッシュアップし、監視スタッフを対象にした避難誘導訓練も実施した。また、今回の地震をきっかけに、美術館として、文化的処方によるレスパイト(一時休止、息抜き)事業への取り組みもスタートしており、こちらはまた折を見て報告したい。
それでも、災害はいつまた起こるかわからない。復興の途上にある人々の暮らしや生活において、美術や美術館に何ができるのかということを、改めて考え、行動を続けていきたいと思う。
★1──八代市立博物館未来の森ミュージアムは、2026年10月1日よりカフェのみ営業を再開、不知火美術館・図書館は2026年8月18日より移動図書館と三角分館を再開、9月16日より小川分館を再開、10月1日より「こども絵本のいえ」のみ再開した。熊本国際民芸館と犬飼記念美術館については、再開の見通しが立っていないと報じられている(2026年10月7日現在)。
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