2026年5月下旬に1週間ほど滞在した台湾では、『台湾漫遊鉄道のふたり』(楊双子著・三浦裕子訳、中央公論新社、2023年)の英国ブッカー賞受賞が大きなニュースとなっていた。同書は、1938年の日本統治下の台湾を舞台として、「妖怪並み」の食欲をもつ日本人作家・千鶴子と台湾人通訳・千鶴による「美食・鉄道・百合」小説だが、その背景にある女性差別や植民地主義が二人の関係性を通して、巧みに描きだされている。「二人の千鶴」ほどではないが、筆者も連日、高速鉄道で台湾を縦断し、台北、台南、高雄、嘉義(かぎ)の美術館を訪問した内容を報告したい。

 

1日目、新北の2つのスタジオ訪問

5月19日、滞在をコーディネートしてくれたキュレーターの黄德馨(Huang De-Xin)とアーティストの常陵(Chang Ling)の案内で、桃園国際空港到着後、キュレーターの城野敬志と共に新北市(しんほくし)・淡水地区にある楊茂林(Yang Mao-Lin)のスタジオを訪問した。1998年に結成された台湾の現代アートグループ・悍圖社(Hantoo Art Group)を牽引してきた楊は、70代ながら非常にエネルギッシュで、スタジオの各階では、素材別にブロンズ、木彫、絵画、そして、「鉄人28号」のような、自身が幼少期から強い影響を受けたというアニメのフィギュア・コレクションまで、整然と収納されていた。几帳面で神経質、常に何か作品を作っていないと落ち着かないと語る楊は、使用する木材の材質や、フィギュアを参考にしたという作品の構造といった、素材や技法の探究に熱心である。楊作品は、主たるキャラクターに併せて、台湾統治の記憶をたどるようなオランダ、スペイン、清国、日本などのモチーフが描き込まれ、プロジェクションも用いるなど多彩だ。作家として円熟しながらも、近作の絵画シリーズ「花落春未盡」(The lasting spring)に象徴されるように、花は落ちても春は終わらない、いまはとにかく作り続けられることが一番嬉しいと語った。

楊茂林のスタジオにて[筆者撮影]

続いて、別エリアにある、常陵(Chang Ling)のスタジオに移動。常陵はパリ国立高等美術学校で学んだあと、2006年頃に悍圖社に加入した。常陵によると、自身の作品はシリーズ毎に時期が分かれている訳ではなく、すべてを同時並行的に制作しているのが特徴だという。山水や花鳥、都市や兵器を肉塊として描いた「五花肉」(The Streaky Pork)、台湾社会と自身を絵画でドキュメントするように見つめた「大玄玄社會」(Illusion Society)シリーズなど、台湾に生きる一人の表現者として、個人や社会のなかでの在りようを次々に即興的に制作していく。民主化後に表現の自由を手にした楊の世代とは約20年の差があり、日本でいう就職氷河期世代と同世代にあたる常陵は、社会の中核を担う一方、政治的な緊張関係や将来への不安を抱えている。その世代的な切実さには、強く共感させられる。

その後、訪れた淡水地区の海鮮レストランで、台湾美食の強烈な洗礼を受ける。巨大な鮑の煮込み、白身魚の蒸し物、味付き貝……。「ここは竜宮城?」と思うくらい、次々と料理が出てくる。もし『台湾漫遊鉄道のふたり』の主人公・青山千鶴子が同席してくれたら、ペロリとたいらげてくれただろう。「美味しくて苦しい」という贅沢を味わいながら、帰途についた。

常陵スタジオ[筆者撮影]

 

2日目、台北市立美術館のダイナミックな展示空間から古都・台南へ

5月20日、台北市立美術館を訪問。ドイツのテュービンゲン美術館コレクションによる「超現實主義:對話中的世界」(Surrealism: Worlds in Dialogue)展、「共感:存在的節奏」(Entanglements: The Rhythm of Being)展、「物質世界」(Material Extensions)展、また子ども向けの展示スペースでの「造公園」(Imagining a Park)展、美術館入口での建築系プロジェクト「Program X-site」などが同時並行して開催されており、かなりのボリュームがある。台湾の展示に共通するのは、会場入口に作家名に加えて、キュレーターの名前が必ず明示されていることだ。日本と建付けの違いもあるが、ハウスキュレーターだけではなく、展示毎にインディペンデント・キュレーターを積極的に起用していることもわかる。また、「共感」展では、冒頭で台湾の現代的な美術表現の起点となった盧明德(Lu Ming-Te)《生態圖鑑》(Diagram of an Ecosystem)を自館のコレクションから選定し、Simple Noodle Art(陽春麵研究舍)のAI作品、ヒト・シュタイエルや山城知佳子まで、人間と環境、技術との有機的なつながりや共生を模索する、意欲的な国際展であった。また子ども向けのスペースでのプロジェクト「造公園」も、大規模科学館の常設展なみの造作を半期で実施していることに、資金投入の大きさを感じた。観覧後に、駱麗真(Loh Li-Chen)館長と面会した。駱館長は、前・台北當代藝術館長で、専門はメディアアート。来年、東京都現代美術館から巡回する坂本龍一展を実施し、現在、隣接スペースにメディアアートなどを展示する新館を、2028年開館を目指して建設中とのことであった。

その後、台北市内の古い日本家屋などが残る青田街のギャラリー・異雲書屋で開催中の常陵の個展「假如故郷」(If My Homeland)を訪問し、主宰の陳維駿(Steven Chen)に面会。常陵にとっての「故郷」とは、不変の場所ではなく、時間や記憶、情報によって変化し続ける概念であり、作品制作を通じて、故郷とは何かと捉えなおし続けていることがわかる。

午後は、高速鉄道で2時間ほどの台南市に移動し、本訪問の主たる目的である台南市美術館の「雙城計:臺南×熊本臺灣當代藝術接力展(Twin Cities Project: Tainan × Kumamoto Taiwan Contemporary Art Relay Exhibition)」の会場を下見。日本の京都にもたとえられる台南は、統治時代の建築物が残り、1年を通して温暖である。夕食は「溫體牛肉火鍋」。冷凍していない新鮮な「温体牛(絞めたばかりの生肉)」を野菜と牛骨のスープでしゃぶしゃぶ状にしていただく台南名物だ。柔らかさと深い旨味で満腹になったところで、さらに裕成水果店で、こちらも台南名物・大量のマンゴーがのったかき氷をいただく。アート&フードファイトの日々はまだ始まったばかりだ。

「雙城計」展の常陵によるアーティストトーク[筆者撮影]

3日目、歴史と現代が交差する台南市美術館と開幕イベント

5月21日、再び台南市美術館を訪問し、龔卓軍(Gong Jow-Jiun)館長に館内を案内していただいた。同美術館は、台南市の中心に位置し、2019年に開館した台湾初の地方行政法人美術館である。統治時代の1931年に日本人建築家の梅澤捨次郎によって設計された警察署を、坂茂の設計によって増築する形でリニューアルした。

台南市美術館で、興味深かったのは、設備の充実した美術科学保存センターが併設されていることだ。訪問時は、市中の寺社所蔵の伝統的な織物から、国から委託を受けた政治家の日記といった紙資料の修復まで、自館コレクションだけでなく、他館や個人蔵まで対応し、修復の過程を紹介する展示も不定期で実施される。また、建築そのものを紹介する長期展示の梅澤捨次郎展、食と信仰をテーマにした「食卓から祭壇へ(原題:恁兜攏按怎拜?從餐桌到神桌的藝術連結)」(Where We Eat, Where We Pray: From Dining Table to Altar)展、大学の建築教師をやめ、その後沈黙の中で絵画を描き続けた台南ゆかりの女性画家「張粛粛展」(Susu CHANG)が開催されていた。訪問した台湾の美術館の展示全般に言えることだが、費用をかけたダイナミックな展示造作、充実したカタログなどのデザインアイテム、動画などの作成にも積極的で、迫力ある展示空間を生んでいる。午後は、元は留置場だったという館内のカフェでの開会式、そして、出品作家の楊茂林、林鴻文(Lin Hong-Wen)、常陵を囲んでのトークイベントを実施した。2019年開館という新しい美術館の熱気か、また台南市民特有の飾らないフレンドリーな気質がそうさせるのか、ゲストも多く、ボランティアも元気よく動き、非常に盛況だった。黄德馨(Huang De-Xin)キュレーションの本展は、2027年1月に熊本に巡回予定である。熊本市現代美術館ではこれまで、林書民(Lin Shu-Min)、陳界仁(Chen Chieh-Jen)、王虹凱(Wang Hong-Kai)などの台湾のメディア系のアーティストを紹介したことはあるが、本格的な絵画や立体作品を紹介する初めての試みになる。

懇親会は、地元の名店・阿美飯店にて、悍圖社や高雄市のアーティストグループらが詰めかけ、台南名物の野菜と一緒に鴨の丸ごと一羽を土鍋でじっくり煮込んだ「砂鍋鴨」、ワタリガニのおこわ「紅蟳米糕」、カラスミやタウナギに、定番スイーツのかき氷「八寶冰」まで、よく飲み、食べ、話し、「食は台湾にあり」を心底実感した。

台南市美術館の「From Dining Table to Altar」。造作やアイテムが非常に凝っている[筆者撮影]

 

4日目、台南を拠点とする独自の制作スタイル

5月22日、午後から台南市郊外にある林鴻文のスタジオに美術館ボランティアさん10名ほどと一緒に車に分乗して出発。マンゴー畑の奥地にあるスタジオは、立体や平面、そして庭も含めて非常に美しく整備されていた。林は一時期、台北に移ったことがあるものの、そのキャリアのほとんどを、台南をベースに制作している。「雙城計」展では、ミニマルな絵画と鉄による立体を出品していたが、平面・立体と制作スペースが分けられたスタジオに大量の作品が保管されていた。上記以外にも、海外でのレジデンスなどで、現地で調達した素材を用いたランドアート作品も多く手掛けている。林は、楊と常陵の間の世代にあたるが、政治や文化の中心地である台北からうまく距離を取り、台南を拠点に、独自の時間軸で海外とつながりながら制作を続ける豊かさをうらやましく感じた。

林鴻文のスタジオ[筆者撮影]

 

5日目、高雄市立美術館の圧倒的なスケールとリノベーション特区

5月23日、台南から高速鉄道で一駅の高雄を訪問した。大阪にたとえられる港湾都市・高雄は、人口250万の大都市である。駅からタクシーで10分ほどの高雄市立美術館では、顔名宏(Yen Ming-hung)館長に案内いただいた。台湾一の規模を誇る同館は、43ヘクタールの公園敷地内に本館、子ども美術館、内惟アートセンター(Neiwei Arts Center)、野外彫刻園を配し、正職員100人以上、ボランティアは1000人いるという巨大な美術館である。

館内では、滞台中にたびたび話題にあがった、政府文化部が主宰する「芸術銀行」(Art Bank)という、作品を公募して買い上げて貸出しを行なうシステムと自館コレクションを活用した企画展「収蔵庫からのささやき(原題:典藏庫房的竊竊私語)」(Whispers from the Collection Vault)、写真雑誌『人間』(Ren Jian)による「浮生」(UNSEEN LIVES)展、高雄アワードの30年を記念した「高雄獎30年展」(30 Years of the Kaohsiung Award)、台湾の主要な美術館の館長を歴任した画家・黄才郎(Huang Tsai-Lang)の個展「彩虹之後」(After the Rainbow)展、福岡のアーティスト・長野櫻子による「風景/身体/言葉のあいだ」(Between Landscapes / Bodies / Languages)展、また園内を使ったメディアアート展「奧拉之城 III — 未來已讀」(Electri City-Future: Read)展と、6つの展示が同時開催されており、圧倒された。

高雄市美術館で顔館長を囲んで

午後は路面電車で館長おすすめの旧港湾の倉庫群をリノベーションした、高雄市が整備を行なう3地区からなる大規模なアートスペース、THE PIER-2 ART CENTERを訪問した。パブリックアートやマルシェ、カフェなどの飲食スペースのほか、マンガのミュージアム、VR体験施設、前述の長野櫻子など3名ほどのアーティストのスタジオスペースや、作品展示なども行なわれ、アートファンだけでない幅広い客層が来訪していた。

その後台南に戻り、21時まで夜間開館をしていた台南国家美術館を訪問した。坂茂設計の同館は、1895〜60年代にスポットをあてた台湾近現代美術を紹介する館である。1895年とは、清から日本へと台湾が割譲された年であり、その後50年続いた日本統治時代を包含するものである。館内では、川端美学校に学んだ台南出身の画家、蔡草如(Tsai Tsao-Ju)の個展や、児童芸術センターでは統治時代に日本人画家たちが「写生」を伝えたことをテーマとした「写生実験所」(Sketching Lab)などの企画が行なわれ、同館が開館したことで、台湾の近現代美術の読みなおしがさらに盛んになると思われる。

国家美術館児童芸術センター「写生実験所」の展示

6日目、若者が集う嘉義市立美術館と、陳澄波の故郷

5月24日、嘉義駅から徒歩4分ほどの嘉義市立美術館を訪問した。日曜日の昼前の時間帯、また台湾で流行中だというビデオゲーム「ピクミン」のイベントも重なり、館内外は多くの若者でにぎわう。同館は台南市美術館と同じく統治時代に梅澤捨次郎が設計。本館と倉庫、それらをつなぐようにCLT工法(木の板を直交するように積層接着した大判パネルを用いた建築工法)で三角に建て増された特徴的な空間になっている。メインの展示室では企画展、倉庫2階の小企画室、またVRなどの展示、そのほか、誠品書店やカフェなどが入る。嘉義市の人口は26万人と今回訪問した美術館のある都市では一番小さかったが、人口規模に応じた人気の空間になっていた。また、嘉義は台湾を代表する画家で、二二八事件で非業の死を遂げた、陳澄波(Chen Cheng-Po)の故郷として知られる。統治時代の東京美術学校で学び、台湾人として初めて《嘉義郊外》(Outside Chiayi Street)で「帝展」に入選した陳の人生は、民主化以降、『陳澄波全集』(全18巻、藝術家出版社、2022年完結)の発刊など、改めて再調査されており、多くの風景が描かれた嘉義ではミュージアムグッズやレストランのメニューにも作品が多数引用されていた(ちなみに昼食は「椪皮酸菜魚」。最近台湾でブームだという四川発祥の酸味・辛味のある白身魚のスープに台湾名物の揚げた豚皮をトッピングしたもの)。本年秋に東京都現代美術館で開催される台湾の近代美術をテーマとした大規模展「共時的星叢―時を共にした星たち 越境する芸術のまなざし」には、今回訪問した各館からも出品されるという。

午後は台北市内に戻り、台湾視覚芸術協会(AVAT)と悍圖社が運営するアートスペース、FreeS Art Spaceを訪問。ともに、福岡アジア美術館のレジデンス作家でもあった花田智浩と陳為榛(Chen Wei-Chen)による「境界線」(Boundary)展を視察。都市や個人のなかの個と公をめぐって、花田の写真と陳のインスタレーションが成功した展示であった。夕食はメンバーと共に、地元で人気の「龍門客棧餃子館」へ。名物の水餃子と牛ホルモンや干し豆腐などを煮込んだ滷味(ルーウェイ)、台湾ビールで、アート&フードファイトの旅を締めくくった。

FreeS Art Spaceでの「境界線」展

熊本から見つめ直す、歴史の交差点

今回の台湾滞在では訪問することができなかったが、昨年は、台湾最大の都市・新北に新北市美術館、SANAA設計の台中市立美術館が相次いで開館し、屏東市(へいとうし)では、統治時代のタバコ工場の跡地をPingtung 1936 Tobacco Culture Base としてリノベーションしたエリアの中に、屏東県立美術館が本年3月にオープンするなど、主要都市での公立美術館の新設が相次ぎ、活気をもたらしている。筆者の住む熊本でも台湾の半導体大手・TSMCの工場が建設されたことに伴い、台北、台中、台南、高雄の4路線が定期就航し、外国人宿泊者では台湾からの訪問客が最も多い。実はこのような台湾と熊本との往来は現在に始まったことではない。『台湾漫遊鉄道のふたり』の千鶴子は長崎出身であるように、統治時代には、地理的に近い九州方面からも、多くの人が役人や警察官、教師などとして渡台した。筆者の祖母も湾生(台湾生まれの日本人)であり、台湾は身近な存在であった。戦後80年を経て、もはや当時を直接知る人は少ないが、統治時代を含めた台湾の歴史や文化を知ることは、日本に暮らす自分たちの歴史を知ることにつながる。熊本に巡回する台湾の現代アーティストの展示が、そのきっかけの一つとなれば幸いである。