
作者不明《ラクダと御者》
1550-75年頃、紙・インク・不透明水彩絵具、20×14cm、メトロポリタン美術館蔵
The Metropolitan Museum of Art, New York, Gift of George D. Pratt, 1925
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パズルのような細密画
オーロラを見に、カナダのイエローナイフへ行った知人から神秘的な光のカーテンのような写真と映像が送られてきた。夜、突然明るくなって激しく動くオーロラ爆発を体験したらしく、空を見上げてただただ「凄い」と連呼していたそうだ。意志や本能があるかのようなダイナミックに動くオーロラに、AI(人口知能)を想起した。現在のAIはまだ自律的に自己増殖をすることができないが、脆弱性を修復すれば、戦争を続けている人間以上にAIが生き残るかもしれない。
アメリカとイスラエルに対抗して戦争状態にあるのがイランである。ペルシア猫やペルシア絨毯といった存在を通して親しみを覚えるペルシアは、イランの旧称。シルクロードの中心部に位置する国として、東と西をつなぐハブ(中枢)であったイランは、“モノ”だけではなく、宗教や文化の交差点で、イラン商人が交易の仲介役を果たしていた。穏やかで数日間水を飲まずに過ごせる砂漠生活に適したラクダは、商品などを運ぶキャラバンを象徴する動物だった。
ラクダが描かれたイランの絵画《ラクダと御者》(メトロポリタン美術館蔵)を探求してみたいと思った。ターバンを被った赤い服を着た御者に連れられて一頭のラクダが歩いている。ラクダに人は乗っておらず、ラクダのコブには豪華な鞍飾りの布が掛けられている。ラクダは大切にされ、持ち主も裕福なことが想像される。縦20センチ×横14センチという小さいサイズの絵にもかかわらず、細部まで丁寧に描かれている細密画。よく見るとラクダは、人や動物がパズルのように複雑に組み合わされて形作られている。どのような絵なのか、慶應義塾大学経済学部教授の鎌田由美子氏(以下、鎌田氏)に伺いたいと思った。
鎌田氏は、イスラーム美術史を専門とし、論文「ペルシアの画論における伝統形成」(『中世ヨーロッパの「伝統」』、慶應義塾大学言語文化研究所、2022)や、論文「イスラーム絵画のインパクト」(『人文科学』第41号、慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会、2026)などを書かれて、ペルシア絵画に詳しい。慶應義塾大学日吉キャンパスの研究室へ向かった。

鎌田由美子氏[提供:鎌田由美子]
イスラーム美術との出会い
鎌田氏は、1979年福岡市に生まれた。父の海外転勤に伴い7歳のときにパキスタンへ行き、3年間をカラチで過ごしたという。両親はイスラーム圏の生活を楽しみ、鎌田氏もイスラーム美術★1や文化に触れながら育ったそうだ。小さい頃から美術に興味があり、1998年に慶應義塾大学文学部へ入学した。大学2年生のときに、イスラーム美術史を専門とする東京大学東洋文化研究所の桝屋友子教授と出会ったことが、鎌田氏の研究者人生を決定づけた。3年生になるとロンドン大学東洋アフリカ学院(SOAS)へ交換留学し、マイケル・ロジャース教授らによるイスラーム美術の授業を受け、ますますこの分野に魅かれたという。
鎌田氏は2002年慶應義塾大学を卒業すると、尊敬する桝屋先生に師事し、2004年東京大学大学院人文社会系研究科美術史学修士課程を修了。同年、ニューヨーク大学美術研究所へ留学し、桝屋先生と同じくプリシラ・スーチェク教授のもとで学ぶ。2008年から2010年には、メトロポリタン美術館ホイットニー研究員としてイスラーム美術部門で研究を行なった。2011年ニューヨーク大学美術研究所でイスラーム美術史の博士号を取得後、帰国して早稲田大学高等研究所助教に着任。2014年慶應義塾大学経済学部の専任講師、2025年より同教授になり、母校で教鞭を執っている。
ペルシア(イラン)では、写本挿絵として精緻なペルシア絵画が発展した。しかし、イスラーム教で厳禁されている偶像崇拝につながりかねないことへの恐れや、イメージを描くことは、神(アッラー)だけがするはずの創造行為を模倣する不遜な行為と見なす考え方から、イスラーム圏では絵画や画家を否定的にとらえる傾向があった。16世紀後半のペルシアでは、王族による高価な挿絵入り写本の注文が減少し、人物や動物を描いた一枚物への需要が高まり、《ラクダと御者》のような作品が描かれた。
★1──①イスラーム圏で制作された美術、②ムスリム(イスラーム教徒)によって制作された美術、③ムスリムのために制作された美術、のすべてを指す。生活と宗教が密接に結びつき、分けることができないイスラーム圏において発展したイスラーム美術は、キリスト教や仏教のように宗教美術だけを指すのではなく、世俗に関わる幅広い美術を含む。
複製されるペルシア絵画
現在のイランの正式な国名は、イラン・イスラム共和国。「ペルシア」は、1935年まで対外的に使われていた国名であった。面積は日本の約4.4倍の1,648,195km²、人口は9,240万人(『世界人口白書2025』)、首都はテヘラン、宗教は主にイスラーム教。イスラーム教では、偶像崇拝が厳しく禁じられているが、王侯貴族の宮殿の室内装飾をはじめ物語写本、日常で用いる器物といった世俗美術の分野においては、人物や動物の表現も盛んに行なわれてきた。
イスラーム圏では、神の言葉を記した聖典コーランを書き写す書家の地位がもっとも高く、画家の地位は低かった。宗教的な見地から画家が糾弾されたのは、絵画が偶像崇拝につながりかねないことへの恐れに加えて、画家を表わす「ムサッヴィル」が、神の呼び名のひとつでもあり、神のみが行なうはずの創造行為を模倣する不遜な存在だと見なされたからである。それでも絵画は、写本の挿絵などとして、一般向けにも、支配者向けにも制作された。芸術を愛好する支配者たちは、優れた書や絵画を貼り付けたアルバム(画冊)を作成させたが、16世紀以降には、その序文として、書家の歴史とともに画家の歴史も記されるようになった。
また、ペルシア絵画はパウンスィング★2により、絵画の構図を写すことが頻繁に行なわれており、人気や必要に応じて、同じような構図の絵画が何枚も複製されてきた。米国のハーヴァード大学美術館には、《ラクダと御者》とそっくりの構図の絵画[図1]がある。ペルシアの宮廷書画院で生み出された優れた絵画は、インドやトルコでも模倣され、インドにはペルシア人画家も移住し、インド独自のコンポジット・ペインティング(複合絵画)も描かれるようになった。

図1 《ラクダと御者》(1570-80頃)ハーヴァード大学美術館蔵
Harvard Art Museums/Arthur M. Sackler Museum, Alpheus Hyatt Purchasing Fund
Photo © President and Fellows of Harvard College[クリックで拡大]
★2──透けるほど薄い鹿革に構図を写し取り、その輪郭に細い穴を開けて、その上から炭の粉をかけることで、紙の上にまったく同じ構図を再現する方法。
ラクダと御者の見方
①タイトル
ラクダと御者(らくだとぎょしゃ)。
英題:Composite Camel with Attendant
②モチーフ
ラクダ、御者。
③制作年
1550-75年頃。
④画材
紙、インク、不透明水彩絵具(ラピスラズリ、金など)。
⑤サイズ
縦20×横14cm。
⑥構図
川のそばに立つ、ラクダの左側の側面構図。
⑦色彩
緑、茶、青、赤、黄、白、黒など多色。
⑧技法
紙に、鉱物顔料などを用いた絵具、リスの尾やペルシア猫の毛の絵筆、葦のペンを使って細密に描く。
⑨サイン
なし。
⑩鑑賞のポイント
小花が咲く細い川のそばに立つラクダを構成しているのは、抱き合う男女、杖を携えた男、修行者、魚、鳥、ウサギ、悪魔といったさまざまな生き物。よく見るとラクダの頭部は、龍のほか、いくつかの動物で作られており[図2]、ラクダの鞍飾りの部分には金とラピスラズリを基調とした美しい彩飾が施されている[図3]。こうした絵画はコンポジット・ペインティング(複合絵画)と呼ばれ、その意味については諸説あるが、同時代に書かれたものはなく、不明である。ラクダの身体の中に詰め込まれた動物や悪魔たちは、人間に備わるさまざまな情熱、欲望、執着、邪念を表わしているのだろうか。一方、ラクダの御者は、混沌から成るラクダの姿をひとつの手綱でつなぎ止め、調和の世界へと導く案内人の役割を果たしているのかもしれない。11~12世紀のペルシア詩人サナーイーの作品を手がかりに、さまざまなものを寄せ集めた複合絵画を、神のもとでの全存在の合一を表現したものであり、動物たちは克服されるべき本能を示しているとする、神秘主義的な解釈もある。目を凝らせば見えてくる人間と動物の意外な組み合わせの面白さや、実際には目にすることのない驚異的な形象の珍奇さゆえに、ペルシアでもインドでも人気を博したのだろう。
図2 ラクダの頭(《ラクダと御者》部分)
図3 ラクダの鞍飾り(《ラクダと御者》部分)
西のアルチンボルドと東の歌川国芳
鎌田氏は、《ラクダと御者》について「一見すると、御者とラクダが歩く日常風景に見えるが、ラクダをよく見ると、さまざまな動物や人間、想像上の生き物が上手に詰め込まれている。頬を寄せ合った男女や、身体を縮こめて眠る人、窮屈そうに動物と手を取り合っている者、酒器を抱えた鬼などがいて引き込まれる。ラクダの背に掛けられた布は、金やラピスラズリを用いた美しい蔓草模様で飾られているが、これは写本の彩飾によく見られるもので、華やかな雰囲気をもたらしている」と、鑑賞のポイントを挙げた。
よく見れば隠れていたものが見えてくるというユーモラスで笑いを誘う工夫は、サファヴィー朝の皇帝タフマースプ1世(在位1524-76)のために、国家プロジェクトとして1520年代に制作を開始し、20年以上の歳月をかけて作られた『王書』写本の挿絵「カユーマルスの宮廷」にも見られるという。ペルシア王朝の始祖であるカユーマルスを中心に一族や廷臣たちが集まっているが、彼らを取り囲む極彩色の岩に顔を近づけて細部をじっくり見ると、岩に隠れた人の顔が次第に浮かび上がってくる。このような工夫は、14世紀後半から見られるようになるという。
イタリアの画家ジュゼッペ・アルチンボルド(1526-93)の《春》(1563、王立サン・フェルナンド美術アカデミー蔵)[図4]は、西洋絵画では類例のない、アルチンボルドが独自に生み出したものとして認識されているが、鎌田氏は「ミラノ出身のアルチンボルドは、若い頃をイタリアで過ごし、後にハプスブルク家の皇帝たちに仕えていることが鍵になる。中世以降、イタリアにはさまざまなイスラーム美術品がもたらされた。イスラーム圏とヨーロッパとの間に見られる技術や美術における交流には双方向的なものもあるが、イスラーム圏のものが、ヨーロッパにおいて受容され、模倣される方が多かった。アルチンボルドの寄せ集め絵画もイスラーム圏の複合絵画に由来すると推測できる。アルチンボルドは、イスラーム圏の文物がヨーロッパに流通する入口であったイタリアの出身であり、イタリアまたは皇帝のクンストカンマー(美術品を含む珍奇なものの陳列室)などにおいて、イスラーム圏の複合絵画を目にしていた可能性が十分にある」と語った。

図4 ジュゼッペ・アルチンボルド《春》(1563)王立サン・フェルナンド美術アカデミー蔵
(via Wikimedia Commons, Public Domain)[クリックで拡大]
アルチンボルドの寄せ集め絵画のインパクトは大きく、16世紀後半から19世紀まで長期にわたり模倣品が作られ、日本でも歌川国芳(1797-1861)による浮世絵版画《みかけハこハゐがとんだいゝ人だ》(1847頃)[図5]が制作された。ヨーロッパの版画やヨハン・ニューホフ著『東西海陸紀行』(アムステルダム、1682)の挿絵を参照していたという国芳。アルチンボルドやその追随者の版画に国芳が触発された可能性が指摘されている。鎌田氏によれば、イスラーム絵画の影響は、間接的に国芳まで届いていたと考えられるのである。

図5 歌川国芳《みかけハこハゐがとんだいゝ人だ》(1847頃)
(via Wikimedia Commons, Public Domain)[クリックで拡大]
鎌田由美子(かまだ・ゆみこ)
慶應義塾大学経済学部教授。1979年福岡市生まれ。2002年慶應義塾大学文学部哲学科美学美術史学卒業、2004年東京大学大学院人文社会系研究科美術史学修士課程修了、2008〜10年メトロポリタン美術館ホイットニー研究員、2011年ニューヨーク大学美術研究所より博士号取得(イスラーム美術史)。2011年早稲田大学高等研究所助教、2014年慶應義塾大学経済学部専任講師、2017年同准教授を経て、2025年より現職。専門:イスラーム美術史。主な賞歴:第14回日本学士院学術奨励賞(2018)、第14回日本学術振興会賞(2018)、第34回大平正芳記念賞(2018)、義塾賞(2019)。所属学会:美術史学会、日本オリエント学会、日本中東学会、Historians of Islamic Art Association、Association for Iranian Studies。主な論文・著書:A Taste for Intricacy: An Illustrated Manuscript of Mantiq al-Tayr in the Metropolitan Museum of Art(ORIENT, 45, 2010, pp. 129-175)、『絨毯が結ぶ世界─京都祇園祭インド絨毯への道』(名古屋大学出版会、2016)、「細川護立によるパリでのイスラーム美術蒐集―ウズベキスタンの刺繍布スザニを手掛かりとして」(『國華』第1571号 第132編 第2冊、國華社、2026、pp. 5-17)など。
作者不明
デジタル画像のメタデータ
タイトル:ラクダと御者。作者:影山幸一。主題:世界の絵画。内容記述:作者不明《ラクダと御者》1550-75年頃、紙・インク・不透明水彩絵具、縦20×横14cm、メトロポリタン美術館蔵。公開者:(株)DNPアートコミュニケーションズ。寄与者:メトロポリタン美術館、(株)DNPアートコミュニケーションズ。日付:─。資源タイプ:イメージ。フォーマット:Jpeg形式27.8MB、150dpi、8bit、RGB。資源識別子:DP240653(Jpeg形式27.8MB、150dpi、8bit、RGB、カラーガイド・グレースケールなし)。情報源:メトロポリタン美術館。言語:日本語。体系時間的・空間的範囲:─。権利関係:メトロポリタン美術館、(株)DNPアートコミュニケーションズ。
画像製作レポート
《ラクダと御者》の画像は、作品を所蔵するメトロポリタン美術館のホームページよりダウンロードして入手した(Jpeg、27.8MB、150dpi、8bit、RGB、カラーガイド・グレースケールなし)。
iMac 21インチモニターをEye-One Display2(X-Rite)によって、モニターを調整する。メトロポリタン美術館のホームページにある作品画像を参考に、Photoshopで色味を調整した(Jpeg形式27.8MB、150dpi、8bit、RGB)。メトロポリタン美術館は、パブリックドメインの一作品に対して、色調の異なる画像や白黒画像など、複数の画像を掲載期限なく、無料でダウンロード提供しており、作品画像に対するオープンな姿勢を示している。著作権のない画像はクリックすればすぐに入手できるため、活用に便利である。
セキュリティを考慮して、高解像度画像高速表示データ「ZOOFLA for HTML5」を用い、拡大表示を可能としている。
参考文献
・ジョナサン・ブルーム、シーラ・ブレア著、桝屋友子訳『岩波 世界の美術 イスラーム美術』(岩波書店、2001)
・桝屋友子『すぐわかる イスラームの美術 建築・写本芸術・工芸』(東京美術、2009)
・鎌田由美子「ペルシアとインドの写本芸術に見られる中国とヨーロッパの要素について」(『宗教思想の絵画表現──ユーラシアの東と西1』、慶應義塾大学言語文化研究所・野元研究室、2013、pp. 3-33)
・桝屋友子『イスラームの写本絵画』(名古屋大学出版会、2014)
・鎌田由美子「ペルシアの画論における伝統形成──中国、ヨーロッパとの比較から」(赤江雄一、岩波敦子編『中世ヨーロッパの「伝統」──テクストの生成と運動』、慶應義塾大学言語文化研究所、2022、pp. 203-232)
・鎌田由美子「偏在する神の声──イスラーム圏の美術・建築を飾るコーランからの銘文」(岩波敦子編『ことばが紡ぎ出されるとき──声とテクストのあいだ』、慶應義塾大学言語文化研究所、2026、pp. 75-100)
・鎌田由美子「イスラーム絵画のインパクト──アルチンボルドから歌川国芳まで」(『人文科学』第41号、慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会、2026.6、pp. 43-65)
・Webサイト:鎌田由美子「《エッセイ》パキスタンと私─1980年代後半のカラチにおける生活と工芸品」(『アジア・マップ:アジア・日本研究Webマガジン』アジア・マップ Vol.3|パキスタン、立命館大学 アジア・日本研究所、2025.10.22)2026.10.5閲覧(https://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/asia_map_vol03/pakistan/essay01/)
・Webサイト:「Composite Camel with Attendant」(『THE MET』)2026.10.5閲覧(https://www.metmuseum.org/art/collection/search/447804)
2026年10月
図2 ラクダの頭(《ラクダと御者》部分)
図3 ラクダの鞍飾り(《ラクダと御者》部分)