TAP2006汚水処理場が美術館
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左:《終末処理場イメージドローイング》 2006 Kenji YANOBE
右:旧戸頭終末処理場。ヤノベケンジ《Flora (フローラ)》、Antenna《日出ズル
富士ノ神 立体来迎図》、尾崎泰弘《古代天文台》《Blowin' in the wind》 TAP2006
撮影=齋藤剛 |
2006年11月11日(土)から26日(日)の金・土・日曜日、祝日の9日間、茨城県取手市内各所で、取手アートプロジェクト(以下、TAP。通称タップ)「一人前のいたずら──仕掛けられた取手」と題したTAP2006が開催される。現代美術家のヤノベケンジ、作曲家の野村誠、サウンド・アーティストの藤本由紀夫の三者をゲスト・プロデューサーに迎えた。アートを通じて地域が楽しくなるアイディアやプランを「まち・音・かたち」という課題で全国から公募、選出された若手アーティストや市民39組総勢56名の企画案を、TAPのスタッフと共同制作した作品がダイナミックに展示される。プロジェクト全体のイメージ図をヤノベケンジがおもちゃ箱のように描いたが、汚水処理場が美術館になったかのよう錯覚するほどの非日常的な空間になっている。藤本と市民のコラボレーションによるサウンド・インスタレーション《取手の坂には音がある》は、市民から選出された根本凡(ぼん)のアイディアが採用され、プロとアマチュアの共同作品として注目されている。絵描きの淺井裕介の作品《Fu-ka drawing/MaskingPlant》は、汚水処理タンクの内壁に残された汚れを、軍手をした指で落とすことで線を引き、植物的に伸びる絵画で覆われた洞窟壁画的空間を作っている。植物の伸びていくイメージはMaskingPlantと呼ばれる作品へとつながり、さらに市内各所へ点在させた作品へ伸び、あたかも他者の作品をもつなぐかのように、まちの隙間にひっそりと生える詩情豊かな秀作だ。メイン会場は汚水処理施設跡地である旧戸頭終末処理場(11:00〜19:00)。高圧洗浄された汚水処理場は一見の価値あり。入場無料(イベントによっては有料あり)、JR取手駅東口から市内シャトルバスが運行されている。
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左:旧戸頭終末処理場。作品の設置されたタンクの様子。池田拓馬《PASSAGE》、
尾崎泰弘《ARK M94》 TAP2006
撮影=齋藤剛
右:旧戸頭終末処理場タンク内の作品。淺井裕介《Fu-ka drawing/MaskingPlant》 TAP2006
撮影=淺井裕介 |
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競輪場とベッドタウン
取手といえばJR取手駅から徒歩10分の茨城県営取手競輪場のイメージが強いが、取手市ではアートプロジェクトが1999年より開催されている。今年8回目となって、かつてない大規模な展覧会TAP2006が体験できそうなのだ。開催を間近に控えたベッドタウン取手に初めて向かってみた。JR取手駅の駅舎は意外なほど殺風景だった。取手市は、首都圏から40kmの茨城県南端に位置し、JR上野駅から常磐線快速で40分ほど。昨年、藤代市と合併して面積69.96平方キロメートル、人口11万2,152人(2006年10月1日現在)となった。水戸街道や利根川の水運など、陸と川の交通の要衝として栄え、東京のベッドタウンとして成長し始め、茨城都民と呼ばれる住民が暮らす。取手市の窓口となっている取手市教育委員会文化芸術課の長岡清二課長(以下、長岡氏)を訪ねた。その後、東京芸術大学(以下、芸大)美術学部先端芸術表現科の渡辺好明教授(以下、渡辺氏)、音楽部音楽環境創造科の熊倉純子助教授(以下、熊倉氏)、TAP運営スタッフで広報を担当する大学生の谷地田未緒さん(以下、谷地田さん)から話を伺った。TAPは、取手市(市役所、教育委員会、取手市文化事業団、商工会、農協)、芸大、市民(アート取手・取手美術作家展など)といった行政・大学・市民の三者が一体となった参加自由の団体であるためか実態がとらえ難いところがあり、各組織の代表者に直接話を伺うことにした。
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芸大・先端芸術表現科が発案したTAP
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JR取手駅東口に設置されている TAPのシンボル
「取手リ・サイクリングアートパレット」 |
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取手市は、1991年10月芸大が取手市に作った新校舎・取手校地(取手キャンパス)の開設を機に「アートのまちづくり」を掲げることにした。取手市から芸術・文化を発信していきたいと「芸術文化交流を通じて取手地域の芸術向上を図る覚書」を芸大と締結。先端芸術表現科が取手キャンパスに新設された1999年、JR取手駅東口の区画整備事業の一環として、作品を屋外に展示できるよう設計された「ストリートアートステージ」に設置する作品を、取手市が先端芸術表現科に依頼したのだ。これに対し、先端芸術表現科の渡辺氏は、野外アート展の開催を取手市に逆提案。作品制作の代わりに放置自転車をリサイクル自転車として市民に貸し出して作品を見て回るプロジェクトを発案した。競輪のまちのイメージを、自転車を用いて変容させる試みと、モノとしての作品ではなく、ソフトとしてのプロジェクトを通じてまちや人々とアートとの新たな関係を築きたかった、と渡辺氏はTAPの起源を語る。このことが原型となってTAPは成長していった。JR取手駅東口駅前には現在も当時制作した作品「取手リ・サイクリングアートパレット」がTAPのシンボルとして設置されている。
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ピラミッド構造を避けたドーナツ型
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藤本由紀夫のレクチャーが会議へつながる
TAP2006 撮影:齋藤剛 |
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TAPは、実行委員会(委員長:宮田亮平東京芸術大学学長、副委員長:塚本光男取手市長、金田鹿男取手美術作家展会長)方式をとっているが、実質的な活動を担うのは実施本部である。実施本部はインターンや運営スタッフと呼ばれる学生・社会人・市民混在のボランティア。そのミッションは「若いアーティストたちの創作発表活動を支援し、広く市民に芸術とふれあう機会を提供することで、取手市が文化都市として発展していくことを目指している」。これを成し遂げるための主な活動は、1.全国から作品を募集する「公募展」(「オープンスタジオ」と入れ替えで実施。隔年開催)、2.取手市在住アーティストの自宅アトリエなどを紹介する「オープンスタジオ」(隔年開催)、3.環境整備事業(通年事業)の3点で毎年予算と企画内容が変わる。ノウハウは芸大、運営資金や市の施設の使用などは取手市、そして土地勘を活かした地元住民に対する呼びかけや各種交渉などは市民が担当している。運営スタッフの満足度は極めて高い。実施本部内で企画進行の中心的存在の事務局には4名が置かれ、ほか中心となるスタッフ約30名が支えているという。ピラミッド構造を避けたドーナツ型の組織を作り、主体性を尊重し、企画・運営すべてが合議制。ときにはアーティストのレクチャー後、そのまま会議に入ることもあると谷地田さん。市の補助金年間400万円を基に、企業協賛金、文化庁・財団などの助成金がプロジェクトの主な資金となる。毎年1,000万円前後の予算規模だったが、2006年の今年は協賛金と助成金が重なったこともあり1,400万円と例年より多い。
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TAP第二期アートマネジメント
TAP立ち上げの1999-2002年の第一期を牽引してきた渡辺氏は、当時、授業の一環としてアーティスト志望の学生をTAPに参加させ、社会性などを教育しようとしていた。アーティスト志望の学生たちにとっては、生活する人の日常の関心事と芸術に対する無関心など、じかに触れる剥き出しの現実。地域と社会制度等に向き合うことは新しい表現の可能性を探っていくことでもあった。しかし、年度ごとのカリキュラムがTAPと噛み合わない部分が徐々に生じはじめ、先端芸術表現科が単独で継続する難しさを感じたと渡辺氏は振り返る。2003年最高決定機関である実行委員会の編成が変化し、TAPの構成組織は先端芸術表現科から芸大全体へと拡大した。2002年4月に取手校地に新設された音楽部音楽環境創造科(2006年10月より東京都足立区の千住キャンパスに移転)の熊倉氏があらたにTAPに参加することになった。熊倉氏はアートと社会をつなぐアートマネジメントのプロフェッショナルである。アートマネジメントとは、社会と芸術の出会いをアレンジするアメリカで始まった実務的な専門教育だ。学芸員というより経営者が多く学んでいると言う。必須科目「プロジェクト」の授業として熊倉氏指導のもとで、アートマネージャー志望の学生10名ほどがTAPの運営実務に関わり、アーティストの考え方や手法、観客の様々な反応、立場や考え方の相違、運営の問題など、アートマネジメントを実践の場で学び始めた。さらに2004年から市外の人も対象にしたアートマネジメントの人材育成講座「TAP塾」が熊倉氏を塾長に始動。水戸芸術館現代美術センター主任学芸員の森司氏も専任講師として加わりTAPに新しい風が吹いた。こうしてTAP第二期が始まり、アーティスト・アートマネージャーの「プロへの登竜門」として現在に至っている。
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チャーミングな場を作る
アートプロジェクトを進めていく上で最も重要な点を熊倉氏は、「アーティスト主導のもの、共同制作のものなどアートプロジェクトが多種あるなかで、どういう手段を用いて、誰が何のためにやるのかというミッションを問い直しておくことが大事」と言う。そしてアートマネジメントを教えるときは、芸術に対する社会の無理解を理解しないと役に立つ教育はできない、と実践の必要性を語り、場をチャーミングにする発想の人が少ないことを嘆く。今年芸大と取手市は一本化体制を強化するように今までの覚書からランクを上げた協定を結んだ。もっかの課題はこれまでの経過を踏まえ、どう継続させていくかだと渡辺氏も熊倉氏も口をそろえる。今後もTAPに関わっていくという渡辺氏は「市民とプロがそれぞれの思いで作り上げていく形が継続していること自体奇跡的」と驚きながらも、自由で柔軟な成長を見守っている。「アートプロジェクトとして質を求めると専門的運営になり、市民が離れかねない。また市民に完全にシフトするとアート関係者が見てもつまらない。運営の自己満足に陥らないように、市民を多く巻き込みながらアートの質を保てるかどうかが課題だ。市民が組織のあり方やまちづくりを模索しながら進んでいる」と谷地田さん。「TAPに対する市民の反応は徐々に評価されているものの、地元にはまだ浸透していない」と長岡氏。当初、市民の中にはなぜ芸大の授業の一環を市民が負担しなければならないのか、あるいは学生からはなぜTAPに参加しなければいけないのかなどの声があったそうだ。それらは今もすべて解決されてはいないが、不都合を受け入れていく方針のためか大きな問題にはなっていないようだ。マーケティング力とアートマネジメント力が取手で試されている。TAPのような活動はどのような評価方法が的確なのだろうか。
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取手現代美術特区
取手市はJR取手駅周辺地区における総合的な整備計画に「芸術館」の整備など、地域再生計画「取手“芸術の杜”創造のプロジェクト」を立案し、2005年に国の認定を受けた。また、アートを基調としたJR常磐線沿線情報の共有と連携環境の整備により、沿線のイメージアップと沿線自治体の活性化を目指す「JOBANアートライン構想」を推進している。そして、これからの取手市は藤代市と合併した関係もあり「水と緑を育み、美と文化を創る活き活きリビングタウン」と将来像を定め、現代美術特区となるのか、芸術文化のあるまちづくりを推進していくことになっている。
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アート基盤整備としてのTAP
TAPでは公式な記録写真(デジタル)を撮るようにしてCD-Rなどの媒体のほか、いくつのかのデータは外付けHDにデータを保存し、整理・管理は事務所のデスクトップPCで行なっている。一方Webサイトでは過去の活動記録を発信しているが、スタッフの撮影した写真やビデオはまだ整理していない状況らしい。Webサイトは単なる宣伝広告ではなく、記録をアーカイブするだけの場所でもない。市民とコミュニケーションを積み上げていくためのツールとして役立てていけるだろう。また新たな創造のための情報基盤となるように、活用までを考えたアート・アーカイブ・ラボの実現に向けて、デジタルアーカイブの構築を心掛けたらどうだろうか。TAPの活動によってアートのまちづくり、アートマネジメント人材育成が推進され、取手は少しずつアートの基盤が築かれてきた。TAPの美術の領域に留まらない、この実験的なアート活動が市民権を得るか、得ないかは一地域の問題ではない。今年11月1日、「国土交通省平成18年度地域づくり表彰」の国土交通大臣賞をTAPが受賞した。2008年には茨城県開催の国民文化祭がある。熊倉氏はTAPがもし参加できればより広い地域と連携するなど、イベント中心ではない文化振興を考え、次へ弾みをつけたいとしている。2008年はTAP10年目、注目の転換期となる。 |
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■取手アートプロジェクト実施本部基礎データ
構成:茨城県取手市・東京芸術大学・市民
住所:〒302-0004 茨城県取手市取手3-4-11 カタクラショッピングプラザ5F
電話/Fax:0297-72-0177
URL:http://www.toride-ap.gr.jp
目的:若いアーティストたちの創作発表活動を支援し、広く市民に芸術とふれあう機会を提供することで、取手市が文化都市として発展していくことを目指す。
主要事業:
1.全国から作品を募集する公募展(隔年開催)
2.取手市在住アーティストの自宅アトリエなどを紹介する「オープンスタジオ」(隔年開催)
3.環境整備事業(通年事業)=芸術環境の整備(TAPサテライトギャラリー、アーティストの学校派遣事業)・都市環境の整備(壁画プロジェクト、ガスタンクデザインコンペ)・人材育成(TAP塾)
■参考文献
『脱芸術/脱資本主義──半プロダクション礼賛』ブックレット04, 1999.3.31, 慶應義塾大学アート・センター
端信行・高島博 編著『ボランタリー経済とコミュニティ』2000.5.26, 白桃書房
『取手アートプロジェクト2004活動記録集』2005.3.20, 取手アートプロジェクト実行委員会
渡辺好明「地域における芸術活動〜『取手アートプロジェクト』の実践を通して〜」『芸術における公共性』p.163-p.174, 平成14-16年度科学研究費補助金〔基盤研究(A)(1)〕研究成果報告書, 研究代表者:松尾大,東京芸術大学, 2005.3
東京芸術大学先端芸術表現科編『先端芸術宣言!』2005.10.14, 岩波書店
熊倉純子・森司 監修『取手アートプロジェクト2005オープンスタジオ 「はらっぱ経由で、逢いましょう。」記録集―Report編 活動の記録/Trace編 活動の足跡』2006.4.30, 取手アートプロジェクト実行委員会
『月刊 地方自治職員研修』p.40-p.42, 2006.6.15, 公職研
松井みどり『アート:“芸術”が終わった後の“アート”』2006.6.30, 朝日出版社
熊倉純子「アートは地域再生の漢方薬」SAISEIニュース第9号, p.6-p.8, 内閣官房内閣広報室(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiikisaisei/saisei/dai9.pdf)2006.11.2
岡本信一「第11回 取手“芸術の杜”創造プロジェクト──茨城県取手市」わがまち元気 特区・地域再生, 内閣府経済社会総合研究所(http://www.wagamachigenki.jp/saisei/02_11.htm)2006.11.3
「平成16年度文部科学省《現代的教育ニーズ支援プログラム》《取手アートプロジェクトと地域文化の活性化》」東京芸術大学(http://www.geidai.ac.jp/guide/program/index.html)2006.11.3
「平成16年度現代的教育ニーズ取組支援プログラム選定取組の概要及び選定理由」文部科学省(http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/kaikaku/needs/report/04091701/004/005.htm)2006.11.7 |
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2006年11月 |
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[ かげやま こういち ] |
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