■ 「物質」のピックアップへ向けて
本連載では、われわれを取り巻く"環境世界"を"Pick-Up"するパートナーとしての「装置」──カメラであったり、ヴォイスレコーダーであったり、GPSであったり、植物であったり──の「意義」について、さまざまな角度から検討してきた。筆者の関心は(多少の紆余曲折もありながらも)、私たち自身が「動く観測体」となったといえる現代、実世界から何を、どう、採取できるのか、という点に向けられている。より広義のコンテクストに位置づけると、これは一種の「モバイル社会論」である。モバイルの意義を、「人が動くことを推奨する」という側面にあるとしたならば(※これはあくまで限定した話であって、「モバイル」は本当はもっと複雑で多面的なものなのだけれど)、Webやデジタルアーカイヴといった情報インフラに支えられたうえで、私たち自身が実世界から何かしらのヴィヴィットな経験を紡ぎだし、それをデジタルに共有・記録・伝播していく方法を考えてみたい。そんな、「採取─観測社会」へ向けての展望を綴ってきた。
さて、ところで昨年、筆者は日本科学未来館で行なわれたとあるシンポジウム(情報処理学会エンタテインメントコンピューティング研究会:平成18年度第4回研究会)にゲスト出演し、そこで「ベンディング」と呼ばれる新たなものづくりの方法に出会うことになった。そのシンポジウムが、「環境情報をピックアップする」という実践から、「物質そのものをピックアップして採集する」、実践の新たなステップへの転機ともなった。今回から2回に分けてその取り組みについて報告してみたい。
■「ベンディング」
多摩美術大学教授の久保田晃弘氏は、「ベンディング」について以下のように述べている。
「身近で安価な初心者用の電子楽器や子供用の電子玩具の内部回路を勝手に継ぎ換えたり、部品やデバイスを接続することで改造し、新たな音や独自の楽器をつくりだす「サーキット・ベンディング」が、実験的な音楽を志向するアーティストやクリエイターの間で、密かに広まりつつある」
また、国内でベンディングに関するWEBサイトには、次のようなメッセージがある。
「『ベンディング』とは、身のまわりにある既成のものを改造して、そこから新しい音や光を生みだすことだ。
改造するものは何でもいい。電子回路を改造すればサーキット・ベンディングだし、スピーカーを改造すればスピーカー・ベンディング。ファイルを改造すれば データ・ベンディングで、プログラムを改造すればソフトウェア・ベンディングだ。人間を改造してしまえば、それはきっとヒューマン・ベンディングと呼ばれ るだろう。
重要なのはベンディングによって、それまで隠されていた未知の機能を発掘し、そこから予想外の使用法を発見したり、新たな意味や美学を創造することだ」
環境中に存在する無数のモノを、「材料/素材」として捉え、"それを理解するために"分解・加工して、新たな創造的表現を生み出していく。久保田氏は、これを90年代以降のサンプラーやターンテーブルによる音楽やDJ文化の拡がりの延長上に、ソフトウェアではなくハードウェアの「サンプリング」と「リミックス」としても捉えられる、と述べる。実際のところは、ソフトウェアとハードウェア、情報と物質、という2分法が有効に機能しない現在において、ソフトとハードあるいは情報と物質が重畳された世界で編み出された、ハイブリッドな加工法、なのだろう。
さて、このような方法は、現在のところ実験的な音楽を志向するアーティストやクリエイターが先駆的に取り組んでいるのだが(詳しい実態はYouTubeを参照)、筆者は、モバイル採取─観測時代におけるフィールドワーカーの立場から、この「ベンディング」という方法を捉えなおしてみたい。「物質を採取する」ことから「物質を加工する」ことへと飛躍し、それがどう「観測」という実践にまで接続可能であろうか。この問いがすべての発端である。字数が尽きたので、この続きは次号でお届けしたいと思う。
|