ダンスを見るとは「めまい」の体験に近い。一瞬あらわれては即座に消えてしまう、ダンサーの身体上に起きる/起きた出来事。細部に至るまでそれを味わおうと欲張れば欲張るほど、あっという間に膨大な情報が見る者の内に堆積し、いつまでたっても目の前にある/あったはずの運動の輪郭を捉えそこね続けることになる。現在を不断に過去へと葬ることで生成される間(ま)、リズム。それはじつに易々と、目の粗い知性的な把握をすり抜ける。すぐれたダンスほど、幕が下りた直後、言葉が見つからないのは、そのせいだ。「つかの間確かに恋をしたはずの相手の顔が思い出せない。相手の感触だけは体に残っているのだが……」といった情けない気持ちで、泥酔した翌日のごとくうろたえてしまうものである。
「ダンス批評」を肩書きとしている人間としてこのような告白をするのはじつに恥ずかしい。ただ、このうろたえたじろぐ感覚こそ、ダンスと呼ぶに足る「わけのわからない何か」に出会いまんまと誘惑された事実を証すものと考えている。言葉の領域から遠く隔たったこの感覚を出発点に、そこから、記憶に辛うじて残っているいくつかの残像を繋ぎ、それを元手に自分の身体に気配として沈殿している運動の感触を蘇らせ「あのとき」のダンスの輪郭を言葉で追い求める。そこに、ダンスを批評するというその無謀な行ないの困難とまた快楽がある、とぼくは思っている。
こうした「めまい」の感覚を失うことなく「わけのわからない何か」と真摯に向き合い、試行的=批評的な記述を試みているのが、グレゴリー・ベイトソンとマーガレット・ミードの『バリ島人の性格──写真による分析』(国文社、2001)である。新婚旅行を兼ね、1936年から2年間バリに滞在し調査を行なった若き二人の研究者は、その成果をまとめるのに、自分たちの立てた100の項目に基づいて、759枚もの写真を、かなり大胆に、内容は異なるが形式的には類似するもの同士を隣り合わせに配置していった。そうすることで、彼らは、西洋人とは異質なバリの人々の性格を浮かび上がらせようとした。例えば、トランス状態の男が自らの首に剣を突き刺すその光景の下に置かれているのは、母親の膝で癇癪をおこしている子供の写真である(「トランス──自己への攻撃」という項目)。どちらも「体を極端に後ろにそらし、感情が頂点に達して」いる。それ故に、両者には、バリの人々に固有のある性格がともにあらわれている、というわけである。こうした機知に富んだ考察を、二人は次々繰り広げてゆく。
アナロジーに頼るのは、バリの文化が彼ら西洋人の思考によっては捉えがたいからだろう。ところで、その暗中模索のなかで、並々ならぬ熱気と興奮が彼らを突き動かしていたのは、想像に難くない。写真は一枚残らずすべてきわめて感動的である。というのも、そのどれにも、ファインダーを覗く彼らの、翻弄され誘惑されている様子が被写体とともに写っているのである。写真のみならず、項目のタイトルにも彼らの興奮は垣間見える。「トランスとバラバラに動く身体」「ダンスでの手つき」「バランス」「ぼんやりする」「すねる」「子どもの癇癪」「父親──やさしいあらっぽさ」「張りあうきょうだい」「手、肌そして口」etc. 振る舞いの細部を注視する二人は、ときに驚嘆し、ときに(恐らく)爆笑し、そこから、自分たちのものとは異なる人間の生き方を見出そうと試みた。その学術的成果ばかりか、バリ人へ向けた二人の眼差しの誠実さや熱さに、ぼくは頁を開くたび胸を打たれてしまう。
今年101歳となった大野一雄が自らの発言をまとめた『稽古の言葉』(フィルムアート社、1997)をめくると、ダンスという「わけのわからない何か」に対峙する舞踏家の覚悟とでもいうべきものが伝わってくる。例えば「踊るときには、魂が先行する。人間が歩くときは、足のことを考えますか。誰も考える人はいない。子どもは、こっちへおいで、と呼ばれて、おかあさん、と、こういくでしょう。命は、いつもそういうものですよ。じっとしていない」。他者への思いがあふれそのせいで自分の足を忘れる。その足を舞台に置く。大野はそれを目指した。舞台で本当に思いがあふれていなければ、ただのテクニック、嘘になってしまう。「母」を思う「子ども」が舞台に立っていること。とてもユニークで具体的なダンスへのアプローチに驚く。とはいえ、そこにはとてつもない困難が待ち受けているに違いない。「でたらめに近い動きが、むしろ真実に近いかもしれない」とも言う。さまざまなイメージが浮き沈みしつつ模索する言葉の一つひとつに、ダンスの真の在処を探ろうとする大野の手つきを感じる。
暗黒舞踏の創始者・土方巽の言葉は、大野に勝るとも劣らず豊かにのたうちまわる。『土方巽全集(I、II)』(河出書房新社、2005)には、彼の著作『病める舞姫』『美貌の青空』のみならず、対談、講演録、ノートなどが収めてあり、どの頁をひらいても、土方の言葉の魔術性があふれだしてくる。例えば「いろいろなものが、輪郭をはずされたからだに纏いつき、それを剥がすと新しい風が印刷されるように感じられたが、風の方でもまちがいを起こし、私もまたあやまちを重ねただけにすぎなかったのだろう」。土方のテクストを読むたび、ぼくの体は勝手にくねりだす。読書がダンスになる、というと言い過ぎだろうか。奇怪で空想の力に満ちたイメージを現実のダンサーの身体に放り投げる、そこから生まれるのが暗黒舞踏である。そう考えると、この読書中の体に起こる出来事は、舞踏そのものではないとしても、ひとつの反映とは言えるだろう。土方のテクストを読むたびに、いまだ発芽せずにいるダンスの種が、いくつもあるように思ってしまう。未来のダンスがここにいくつも眠っているように感じてしまう。
『トリシャ・ブラウン──思考というモーション』(ときの忘れもの、2006)は、土方と同時期の1960年代、ニューヨークに登場した前衛的ダンス集団・ジャドソン派の一人、トリシャ・ブラウンをめぐる本である。2006年の来日を記念して、ブラウン本人のほか、美術家の岡崎乾二郎、振付家・ダンサーの黒沢美香、戯曲家・演出家の岡田利規らが、文章を寄せている。ブラウンは即興の可能性を追求するのに、ダンサーを縛る構造ないしルールを設定した。シンプルな縛りは、ダンサーを「自己」から解き放ち、リアルな時間と空間を構成するリアルな身体が現実の観客と出会う余地をひらく。そこに現われ消える運動には、魅惑的な謎が残留する。踊り終えたブラウンが舞台袖に帰りかけ、不意に、やぶにらみのまま立ち止まった。黒沢美香は、かつて見た公演の一瞬をふり返ってこう記す。「わーーーーなんで止まっているのか。ハケるでもなく踊るでもなく。どっち。嬉しくて息が詰まりそうになる。踊るのかハケるのか。このどちらにもつかない宙ぶらりんの緊張で窒息死したい。結果ハケたのだが、喘ぐほど長い燃える静止だった」。 |