北海道中央部に位置する夕張市。この市の財政破綻については、昨年来全国ニュースでも盛んに報じられており、耳にした方も多いことでしょう。かつては日本有数の産炭地として栄え最盛期には人口12万人を数えた夕張市ですが、1960年代以降の「石炭から石油へ」というエネルギーの転換にともなって炭坑は相次いで閉山、人口も激減して現在では1万2千人あまりとなっています。その一方で市の支出は、閉山処理にともなう経費や炭坑に替わる新たな基幹産業育成のための観光投資などでかさんでいきました。その結果、市の通常見込まれる収入額(標準財政規模)40億円あまりに対して、数百億円という負債を抱えることになり財政は破綻、平成19年度から財政再建団体の指定を受けることになっています。そして財政再建の一環として、3月末で市の美術館も閉館される予定です。
夕張市美術館の休館は、市の財政再建団体入りという非常事態下でのことであり、単純に批判ばかりを唱えることもできない状況です。いかんせん夕張市の財政再建策は市政の全域に及んでいます。市民税をはじめ下水道使用料やゴミ処理料などの生活コストは増大、その一方で小中学校の統廃合や病院・公民館の活動見直しと市民サービスは縮減、さらには多数の市職員の早期退職も見込まれています。しかしそれでもなお1979年の開館以来着実に時を刻んできたこの美術館の閉館は、この地域に大きな文化的歴史的問題をもたらすものです。
ミュージアムは、過去と現在、二つの時間軸にたって活動していくものだと思います。過去に立脚した活動とは、かつてその地に生成した自然物や人工物をコレクションしていくこと、そしてそれらを整理し研究することで歴史を再構成し再認識していくこと。一方、現在に向けた活動とは、展覧会を開催したり普及事業を実施したりすることで、今まさにその地に住んでいる人々にメッセージを発していくこと。これら二つの活動は、ときとしてその地域の未来を照射することにもつながっていきます。
夕張市美術館は四半世紀にわたってこれらの役割を担ってきました。この美術館のメイン・コレクションは、炭鉱街として特異な歴史をもつ夕張の地が生み出してきた絵画や彫刻です。夕張に生まれこの地で育った作家たちの作品、かつてのそして今の夕張の姿を描き出した作品、炭鉱労働者たちがその生活体験を背景に生み出した作品、そして近代史のなかで衰微していったこの土地をモティーフに制作された現代アート……。夕張市美術館はこれら特徴的な作品を長年にわたり発掘し収集するとともに、それらに焦点を当てた展覧会を開催してきました。現在同館で開催されている特別展「Finish and Begin 夕張市美術館の軌跡、明日へ」は、これまでの美術館活動の総決算ともいえるものです。
ローカル・ミュージアムが、その土地の経済を活性化し「バラ色の未来」をつむぎだすことは、無論成功例はありますが、はなはだ困難なことです。しかしその地が歩んできた道のりを記述し歴史化していくことは可能です。それは単にかつての栄光を賛美し懐かしむ行為ではなく、その地域の特性をあぶり出すとともに、今を生きる人々にその立脚点を示し精神的な再生を即し未来を示すことにほかなりません。ミュージアムにはその可能性と実現力があり、そしてまた確実に求められてもいるはずです。少なくとも夕張市美術館は、それをめざして活動してきました。美術館の閉館は、これらの活動が中絶することです。それは財政的な危機に瀕した夕張市に、もうひとつ文化的な突然死をもたらすことにほかなりません。
夕張市美術館の今後については、市民有志によって施設の存続や活動の継続に向けた話し合いがなされています。また夕張市の観光施設の運営を一括受託した北海道の業者からは、美術館の運営も併せて受託したい旨のコメントが出されています。しかしながら美術館の再開に関しては、まだまだ不透明な状況に違いありません。少なくとも、これまでの活動と存在の意義が引き継がれていく状況が生まれればと願っています。
会期と内容
●Finish and Begin 夕張市美術館の軌跡、明日へ 会期:2007年2月11日(日)〜3月25日(日)
会場:夕張市美術館
夕張市旭町4-3 Tel.0123-52-0930
休館日:月曜日(2/12は開館)、2/13、2/14、3/22
開館時間:10:00〜17:00
主催:夕張市美術館、北海道新聞社
観覧料:一般100円、高校生以下無料