学芸員レポート 05年05月




	豊田／能勢陽子｜福岡／山口洋三

「自然をめぐる千年の旅－山水から風景へ－」／「秘すれば花：東アジアの現代美術」

豊田／豊田市美術館　能勢陽子

　「自然をめぐる千年の旅－山水から風景へ－」は、日本美術における古代から近代までの、千年以上に渡る自然との関わり、眼差しをたどる展覧会である。大まかに平安・鎌倉時代の宗教絵画から室町時代の詩画軸、10世紀後半に現われるやまと絵から江戸時代の絵画を経て、近代の真景図や洋画の風景画にいたる。かといって教科書的な編年式ではなく、第一章「聖なる自然」、第二章「理想の風景」、第三章「季節の中で」、第四章「動植物へのまなざし」、第五章「実在の場所－名所絵から風景画へ」というテーマに沿って構成され、それが自然をめぐるさまざまな物語を形作っていて面白い。第二章では、周文、雪村と池大雅、横山大観が向かい合い、第五章では雪舟の《天橋立図》、北斎、広重、そして劉生の《切通之写生》がともに並ぶ。各章の説明、作品の解説も、微細に専門的過ぎることなく、かといって抒情的にわかりやすくし過ぎたものでもなく、とてもバランスがよい。そしてやはり国宝・重文70点を含む160点もの日本美術の名品は、眼を大いに喜ばせ、充実感がある。
　人それぞれに気に入りを見つけられるだろうが、個人的には金剛寺の《日月山水図屏風》（室町時代）のこんもりとしたなだらかな山に、金・銀箔で日と月を配し、片隻に春と夏、片隻に秋と冬が混在する、おおらかで豪快、不思議の感も抱かせる屏風に惹きつけられた。中国の山水画や花鳥画では、同画面に異なる季節が描かれることはないそうである。
　様々に描かれた自然を前に、あるときは桜や新緑、紅葉に高揚し、あるときは理想の風景に自己を置いて内省する。その途上で伊藤若冲や小茂田青樹の《虫魚画巻》を前にして、和やかな微笑に誘われたり。こうして千年にわたる日本美術の自然表現をたどると、日本人が四季の情感に繊細な注意を払い、そこに聖性をみ、柔和で抒情的な気分を投影していたことがよく理解できる。そして現在という地点から眺めてみたとき、それらの作品は、日本人が普遍的な感受性として持っている、もしくは持っていると願っている共同幻想みたいなものを、鮮やかにそこに現前させてくれているようにも思われる（展覧会の内容とは離れるのだが）。
　同時期に、森美術館では「秘すれば花：東アジアの現代美術」が開催されていた。東アジアの現代美術を、室外風景の「山水」、室内風景の「風水」に分け紹介するものである。出品作家は、丸山直文、山口晃、須田悦弘、スゥ・ドーホー、マイケル・リン、ハム・ジンら26名。「山水」のセクションでは、展示空間をひとつの山水画に見立て、「風水」のセクションでは、風水について専門的な知識を持つ美術家の助言を得るという、面白い試みがなされていた。本展企画者の金善姫氏のカタログ･テキストには以下のような言葉がある。
　「結局のところ、東アジアの芸術観は人間と自然との関係に内包される。宇宙内のあらゆる存在に対し調和のとれた共存を志向する芸術こそが、東アジアの芸術の核心であるといえる」
　千年以上にわたって中国文化の影響を受け、ある種の文化的特徴を共有しているとはいえ、日本、中国、韓国、台湾の背景、そして歩みはまったく異なる。またグローバリズムの大波を受けた後だから、国の固有性、東洋という意味においての共通点を見出すのはきわめて難しい。カタログに掲載された金善姫氏、南條史生氏、建畠晢氏のそれぞれのテキストは、その困難さとそれに対するそれぞれの確かな見解が示されていて実に興味深い。
　西洋は自然を克服する対象とみなし、東洋は人間もその一部に含むとする通念は、現在においても当てはまるだろうか。またアジアに共通する芸術表現における本質というものがあるのだろうか。本展は、今現在日本で生活するわれわれの自然への態度、まなざし、そして芸術に対する容易に答えを出すことのできない深遠な問いを発するものであった。

会期と内容
●「自然をめぐる千年の旅―山水から風景へ―」
会期：2005年3月11日（金）～5月8日（日）
休館：月曜日（国民の休日の場合はその翌日）
会場：愛知県美術館
愛知県名古屋市東区東桜1-13-2 （愛知芸術文化センター10階)　Tel. 052-971-5511(代)
●「秘すれば花：東アジアの現代美術」
会期：2005年3月29日（火）～6月19日（日）
休館：会期中無休
会場：森美術館　東京都港区六本木6-10-1　六本木ヒルズ森タワー（53階）
Tel. 03-5777-8600（ハローダイヤル）

[のせ　ようこ]



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