2001年から続いているホテルの客室を舞台とした展覧会が今年も開催された。美術館やギャラリーといった作品を展示するために設けられた施設では無い場所で展示を行うという行為は、オフ・ミュージアムという歴史的動向を思い起こしたりもするが、この種の美術展に、そのような体制批判的な意味は無くなって久しいだろう。しかし、この企画stay with artは、普段別の機能が働いている空間を展示空間へと変換する、という行為が実に刺激的なのである。
もちろん、ホテルにはいつの頃からか絵が飾られていることが普通になっている。部屋の中には版画の一つも掛けられているであろう。以前、直島のホテル泊まった時に、杉本博司の作品が掛けてあったことに少し驚いたが、それにしても、たとえ杉本博の写真が数点掛かっていたとしても(直島のホテルは一点でした)、それで眠ることが阻害されたようなことはないであろう。
一言ことわっておかなければいけないが、実はこのホテル、普通の無機質で無個性な部屋は無く、各部屋それぞれに特色を持った空間で構成されている。参加作家は、与えられた空間に応じた展示構成を用意することもありえる訳である。例えば今回、イチハラヒロコは、チャイニーズモダンというテーマによって赤く彩られた壁に対して自己主張をするために、日本画に用いられる表装を用意していた。いつものシニカルな警句が並ぶ中、一番奥の床の間に「不評」の一文字。イチハラ氏は、今回のテーマである「おもてなし」を正面切って対応していた。
これは過去の作品となるが、「stay with out」が最初に開かれた年に展示された、木村友紀の「アンネ-フランクからの質問;あなたは無人島にいても今日着る服を選ぶ?」では、フローリングに大きなモニターとソファーが自然に置かれていた。最初は普通のビデオ・アートを流しているのかと思い(作品タイトルは見ていなかった)、暫くビデオを見てから帰ろうとすると、木村さんは種を明かすようにソファーの下を指さした。そこにはモニターが隠されていて物陰に隠れるような姿勢の少女が映されていた。日常的な空間の閉ざされた場所に生まれた歴史的事実を表現するのに、こんなに相応しい展示装置はない、と感銘を受けた。
これも過去の作品となるが、2年目に展示された古川勝也の「incidentally」と題された、ジャンクフーズや飲料品、パーティーグッズなどで部屋を充満させたインスタレーションは、また違った意味で記憶に鮮烈に残っている。それは、情報としてしか知らない1960年以降の「読売アンパン」で行なわれていた過激で無法状態とも言われた演劇的空間を体現したような試みであり、プライベートな空間という文脈において実現できた行為だった思われる。
今回、このような特殊な空間で、刺激的な状況を実現していたのは伊藤正浩のモデルを使ったインスタレーションであった。ファッション・デザイナーであるという伊藤は、スイート・ルームと思われる大きな部屋に、同じデザインの黒い衣装を着せた十数人のモデルを配していた。その光景は、一瞬、ヴァネッサ・ビークロフトのパフォーマンスを思い起こさせた。ただし、ヴァネッサのそれとは異なり、モデルたちにある行為をさせていたのである。そのある行為というのは、白い布のようなものに、オートマティックにペンを走らせるという、きわめえ美術史的な所作であった。これは、いわゆる現代美術に対するアイロニーだったのであろうか。できればこの空間に暫く滞在したいという思いにかられた。
美術というものが、いわゆる展示空間に展示されなくても良いだろうし、その前に、別にわれわれが感性を研ぎ澄まさせてくれるものが、美術でなくてもいっこうにかまわないという経験を、今月始めに見てきた釜山ビエンナーレの特設部門「リヴィング・ファニチュアー」展で実感してきたばかりだったので、このstay with artに改めて、表現という魔物を、日常的な空間に見出したのである。
会期と内容
●「stay with art 2006」
会場:HOTEL T’POINT
大阪市中央区東心斎橋1丁目6-28
会期:2006年11月11日(土)〜11月12日(日)