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プライバシーステートメント
学芸員レポート
青森/日沼禎子|東京/住友文彦|熊本/坂本顕子
民衆の鼓動──韓国美術のリアリズム 1945-2005
αM2008/PLATFORM横浜セミナー AFTER HOURS/南京トリエンナーレ
東京/住友文彦(東京都現代美術館
 時差もなく、羽田空港を利用できることもあるせいか、ソウルに行くのはほとんど国内旅行の感覚である。便のいい地下鉄や若者の髪型や服装、マスメディアを通して伝えられる芸能情報や気の利いた飲食店など、日常で接する街の風景もほとんど日本にいる時の感覚に近い。韓流ブームで訪れた観光客の多くも、きっと同じ思いを抱いているだろう。
 私が仕事をするうえで付き合いのある作家やキュレーターたちも、ほとんど文化的な差異を感じることなく接することができる。しかし、そうした知人達と何度も食事をともにしていくうちに、今はまったく日本と変わらないこの国がつい最近まで軍事政権の弾圧下に置かれていて、「文民政府」が誕生したのは1993年の金泳三政権からだったという事実は、両者の間で決定的に違うのではないだろうか、そうであればそのことがこの国の芸術表現にどういう影響を与えたのかを知りたいと感じるようになっていた。
 これまでは酒の席などで上の世代の作家や評論家が混じっているときに理解できない韓国語の会話のなかから関係しそうな話題に食らいついてみたり、英語で読める文献をあたるのみだったが、韓国国立現代美術館が企画に関わった同展では、軍事政権下の1980年代に起こった「民衆美術」の動向を詳しく知ることができた。タイトルにもあるように、作品はもっと幅広い年代から集められ、この運動を特異なものとはせずにその前後に連続する水脈をたどろうとする視線が感じられる点もとても有益だった。
 全体を通して大部分を占める「民衆美術」に関わる作品には、当時の不平等や矛盾を抱えた社会状況を労働者たちの姿を通して描こうとする手法が多く、正直言って1980年代という時代を鑑みた場合に時代錯誤的な印象を持つ。しかし、この「時代錯誤」という感覚は、同時代における均質な基準を当てはめる見方を前提にしており、地域の個別性を無視したものである。オ・ユンの木版画の数々は、それらを美術館に展示するためにつくられたものではなく、同時代に生きる一般の人々に届けようとした作品であり、イ・ジョングの描く農民の姿は住民登録番号と一緒に描かれ鏡のように彼らを映し出しただろう。これまで日本で数多く紹介されてきたモノクローム絵画とはまったく別の受容のされ方をしてきている。近年の韓国の作品にはポピュリスト的な印象を持つことも多いのだが、どこかで美術の歴史を意識した形式よりも鑑賞者に直接的に働きかける表現によって時代感覚を共有するのを好む力強さに共通するものも感じた。
 それがアートと呼ばれようと呼ばれまいと、韓国では他人と価値を共有し合えることの喜びに、実感を持つ場面が多いのではないだろうか。例えば、経済成長によって生まれた中産階級には自分たちの表現分野としてストリートカルチャーの感覚が広く浸透しているようにみえる。この展覧会のなかでは、ネット世代のアクティヴィスト、ヤンアチの活動がそれをよく表わしているし、映像や写真に巧みな加工を加えた作品などに見られるユーモアやシニカルさにも、こうした共感への働きかけがみいだせる。一方で、そうした集団性から排除されるマイノリティの問題も大きく顕在化されている。他のアジアの国から移住してきた労働者たちが覚えた片言の韓国語の断片を組み合わせて歌にするミックスライスの《ごちゃまぜ言語》をみるときの可笑しさには、彼(女)らに対する差別的な視線と、大都市のどこでも見られるグローバル規模の社会問題が浮かび上がる。
 市民が社会を変革することができる、という日本ではほとんど絵空事のような経験を自分たちのものとしている人たちだからこそ、社会の中で少数であっても自分の価値観を保持し続ける人たちがきちんと根を下ろして存在しているのだろうか。そうした歴史を引継ぎつつも、それを対象化しようとする世代も現われている。ペ・ヨンファンの《青春》に書かれた流行歌の歌詞のインスタレーションは、錠剤や脱脂綿などで形づくられている。集団によって運動をした世代が通俗的な楽曲と常備薬によって過去の傷を癒す様子をシニカルに示しつつ、そこから先に進むうえでも結局足元にある歴史を自分なりに描くことからしか始まらないという意思を感じる美しい作品だった。
 今や韓国の作家やキュレーターには欧米に留学する人も多く、いわゆる国際的な動向についての見識もあって、税の優遇を背景に現代美術の市場も順調に伸びてきた。前のめりだった社会のなかでこうして歴史を振り返りつつ、断絶と排除についての検証を重ねることができる視点もうまれていることはとても注目に値するのではないだろうか。

●民衆の鼓動──韓国美術のリアリズム 1945-2005
会期:
2007年10月6日(土)〜11月25日(日)/新潟県立万代島美術館
2007年12月2日(日)〜2008年1月22日(火)/福岡アジア美術館
2008年2月1日(金)〜3月16日(日)/都城市立美術館
2008年5月24日(土)〜6月29日(日)/西宮市大谷記念美術館
2008年7月5日(土)〜8月24日(日)/府中市美術館

会場:
新潟県立万代島美術館
新潟市中央区万代島5-1 万代島ビル5階/Tel.025-290-6655 (
福岡アジア美術館
福岡市博多区下川端町3-1 リバレインセンタービル7・8F/Tel.092-263-1100
都城市立美術館
宮崎県都城市姫城町7-18/Tel.0986-25-1447
西宮市大谷記念美術館
西宮市中浜町4-38/Tel.0798-33-0164
府中市美術館
東京都府中市浅間町1丁目3番地/Tel.042-336-3371

学芸員レポート
 ちょうどこの原稿を書いている日からαM2008の第3回目の展示が始まった。年間5本の展覧会を京橋の画廊で行なうプロジェクトで、今回は岡村陽子という若い作家の作品を展示をしている。
 その前には、AIT(アーツイニシアティヴトウキョウ)の活動として、アジアのアーティストやキュレーターを呼んでシンポジウムとパフォーマンスを交互に行なうイヴェントを、藝大と韓国のキュレーター、キム・ソンジョンの協力で行なった。それぞれが美術館やギャラリー、大学とは違う方法で作品の制作やロカールなコミュニティ、アーカイヴの形成と取り組む考え方が新鮮だった。
 さらに、9月10日にはじまった「南京トリエンナーレ」という展覧会の企画に関わってきた。これまでは、中国の作家だけを集めて実施されてきた展覧会が、南京博物院を会場にしてはじめて国外の作家も参加して行なわれた。とはいえ、参加作家の半分以上は中国の作家でベテランから若手まであらゆる世代が入り混じる。地元の作家の映像作品を集めて紹介するコーナーもある。日本からは、伊藤存、小泉明郎、contact Gonzo、笹口数、照屋勇賢、八谷和彦、前林明次、山川冬樹が参加した。伊藤存は現地で滞在制作を行ない、contact Gonzoは市内各所でゲリラ的なパフォーマンスを行なった。
オープニングで行なわれたcontact Gonzoのパフォーマンス 場所:南京博物院前
オープニングで行なわれたcontact Gonzoのパフォーマンス
場所:南京博物院前
 正直に言うと、主催者側には海外の作家を呼ぶ経験もなければ、映像などの作品を数多く展示する経験も不足していて、かなり手際の悪い準備に四苦八苦した。まず大工たちは電気ドリルを使わないので大規模な会場設営が終わるのか焦燥感をおぼえ、それを伝えたくても英語を理解するスタッフはヴォランティアのみである。
 南京はかつての首都で大きな街であるが、北京、上海や広州のように国際色豊かな場所ではない。今回のキュレーター陣にも欧米人はいない。そこに、いきなり「国際展」の形式が持ち込まれたのである。しかし、グローバリゼーションは一気には起こらない。
 おそらくマネージメントなどはすぐにやり方を学ぶだろう。しかし、初日に見た大勢の溢れかえるような観客の熱気ある好奇心は、もしかしたらこの時にしか現われないものかもしれない。知らないものを見たいという欲求は、メディアのインタヴューや手伝ってくれるヴォランティアスタッフからも強く感じた。国際展や美術館などの制度はすべて西欧近代に端を発するものだが、いまだに有効性を持つ仕組みとしてしぶとく残り続けている。だが、それ自体が優位な価値観を押し付け、陳腐な均質化をもたらすわけではない。それぞれの異なる独自の時間の流れや、地域の特色のなかで変質する可能性こそが、とても興味深いのではないだろうか。もちろん、そこにはこの街に刻まれている歴史も含まれる。
 「アート」は私たちの日常とは別のどこかにあってそれを伝えようとするような啓蒙のプロジェクトはすでに終わっている。そうではなくて、他とは違うそこにしかない日常や地域に生きる人々のあいだにアートがあるのだとすれば、こうした地域の人々と同時代を生きる作家がつくった作品が出会うことから何が生まれるのかに希望を持ちたくなる。
 一応付け加えておくと、準備の手際が悪いとはいえオープニングに間に合わなかったものについては放っておかれるのかと思っていたが、その後も電話やメールで、完了したという連絡が続いている。

αМプロジェクト2008現われの空間vol.3「岡村陽子展」
会期:2008年9月24日(水)〜10月11日(土)
会場:ASK? art space kimura
東京都中央区京橋3-6-5 木邑ビル2F/Tel.03-5524-0771

PLATFORM横浜セミナー AFTER HOURS
会期:2008年9月11日(木)〜9月14日(日)
会場:東京藝術大学横浜キャンパス新港校舎
神奈川県横浜市中区新港2-5-1
第3回南京トリエンナーレ2008
会期:2008年9月9日(火)〜10月10日(金)
会場:南京博物院ほか
[すみとも ふみひこ]
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