第13回バングラデシュ・ビエンナーレ |
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大阪/植松由佳(国立国際美術館) |
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9月はシンガポールに始まり上海、光州、釜山そして横浜という東アジアでのビエンナーレ、トリエンナーレがオープンしたが、遅れること約1カ月、南アジアのバングラデシュにおいて第13回バングラデシュ・ビエンナーレが始まった。正式には「Asian Art Biennale, Bangladesh」という名称を持つこのビエンナーレは、第1回の開催が1981年というアジアでも古い歴史を持つ国際展のひとつである。今回、日本のコミッショナーを務めることになり、その様子をダッカからレポートしたいと思う。
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南アジアで開催されている国際展としてはインド・トリエンナーレも知られているが、このバングラデシュ・ビエンナーレはバングラデシュ文化省所属のバングラデシュ・シルパカラ・アカデミー(国立美術・舞台アカデミーでもある)が主催しており、今回は海外27カ国から236点が出品され(準備不足のためか前回の40カ国からはかなり減少)、国内からも242点が出品されていたとのことである。前回までのビエンナーレで出版されたカタログを通じて感じていたし、また現地でも抱いた感想だが、冒頭にあげた東アジアで開催されているビエンナーレとはかなり異なり、いわゆる現代美術が中心にとりあげられる国際展ではない。海外からの参加とは言えども、すでに他の国際展などで名前を知るようなアーティストはほぼ皆無と言っていいだろう。地元作家による展示の様子からは、日本でいうところの団体展に似た印象を受けた。それは現代美術という枠組みのなかでビエンナーレが構成されるものではなく、バングラデシュの美術の歴史に立脚した展覧会であるが故でもあろう。つまりバングラデシュでは絵画、彫刻といった伝統的な技法や素材による作品が主流である。しかしオープニングや関連イベントで交流した若い作家や学生たちの中には現代美術に強い関心を持ち制作を続ける者もいれば、隣国インドで学ぶ者にも出会った。このような環境の中で、毎回日本から出品される作品には多いに関心を抱いているとのことであり、展示スペースでも熱心な観客が目をひいた。
準備段階においては、バングラデシュの国情不安定もありなかなか正式な開催が決定せず、連絡待ちの状態が続いた。今年7月下旬にようやく開催に向けてのレターが届き、かつ開催は10月21日(!)という限られた時間のなかで、参加に向けて慌ただしく準備が始まった。コミッショナーという役目に任じられた時からビエンナーレに向けて、テーマはまず決まっていた。「場が物語るもの」というテーマである。正直なところ、バングラデシュについてはほとんど知識を持ち合わせていなかった。記憶をさかのぼれば、バングラデシュは東パキンスタンと呼ばれた国であったこと。また日本赤軍によるダッカ事件があったこと。近年ではサイクロンによる大きな水害を度々受けていること。また世界でも最貧国のひとつであるということ。どちらかと言えばかなりネガティヴな印象が多い国であることは否めなかった。
そのバングラデシュという国を舞台にして行なわれるビエンナーレ。しかも今回が13回目になるという。その未知の国バングラデシュを作品に昇華し、私たちのように見知らぬ者にも強く語りかける。作品によりその場所に暮らすもの、そして参加する私たちをも含めて繋がる、そのような考えからテーマを決定した。テーマの決定とともに2人の作家候補もすぐに頭に浮かんだ。写真家の米田知子と美術家の須田悦弘である。米田は「歴史」と「記憶」をテーマに作品制作を続けているが、米田にはバングラデシュが含有する歴史と記憶をぜひ現地で撮影して欲しいと思った。そして須田は本物のような植物を木彫で彫り上げる美術家であるが、その作品が展示されるスペースに重きを置くことでも知られている。まったく異なるタイプのアーティストではあるが、それぞれの作品と場所に対する関わり方、制作方法をぜひ彼の地で発表したいと思った。須田は8月の現地下見を経て、新作を行なった。また米田も原美術館で始まった個展のオープニング後、バングラデシュに向かい1971年の独立戦争に関わった人々、そして世界遺産にも登録されているシュンドルボンというジャングル、ダッカやクルナという市街地を訪ね、バングラデシュの過去、現在そして未来への希望を写真に紡ぎだした。
日本にはオスマニメモリアルホールの2階から3階に至る吹き抜け部分が常に展示スペースとして与えられる。米田は高さ15m、幅7mあまりの壁面を用いて4種類のサイズのプリントで、新たな試みによるインスタレーションを行ない、須田は周囲の壁面に「須田らしい」展示を行なった。バングラデシュの歴史を米田による写真と展示をとおして再確認するかのように見入る人。須田のまるで展示ホールの入口前に落ちていた落ち葉が展示されているかのような、でもそれが木彫であることを知った瞬間の驚く人。テーマとして設定した場との語らいをさまざまなかたちで鑑賞者も体験してくれたように思う。 |
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左:米田知子「River Become Ocean」シリーズ(2008)展示風景
右:須田作品《Hibiscus》(2008)展示風景 |
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今回2人の作家とともにビエンナーレに参加し、通常の展覧会とはまったく異なる感想を抱いた。それは美術という切り口で見る「アジア」である。バングラデシュという国を窓にして、そこからアジアの美術や社会の様子、ひいては私たち日本の姿をも再確認することができる場所であると感じた。これは収穫のひとつである。
また最後になるが、バングラデシュの地元作家、美術関係者はもちろんのこと、アジア各国からの参加者から口々に福岡アジア美術館や学芸員、スタッフの名前がでたことは、同館のこれまでのアジアにおける地道な活動の成果であり、敬意を表するとともに今後の活動を期待している。 |
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