先日、横浜トリエンナーレの展示の中で、ティノ・セーガルの作品を見た。三渓園に飛騨から移築された豪農の家の座敷で、男女が絡みあうという作品である。よい作品だ。行なわれている行為が、公共の場にそぐわないというだけで、家では誰もが行なう日常的な行為だからだ。服装が、三渓園を訪れたカップルのようであるのもよい。パフォーマンス作品として行なわれているということが了解されているとしても、つい見てはいけないかのように、眼をそらしてしまう。パフォーマーの一人が自分に迫ってきたとしたら、どうすればよいか、考えてしまう。あるいは、同じ行為をこの畳の上で、自分が始めたとしたら、周りの人たちはどうするだろうか。観客が安全地帯にいることはできないのだ。パフォーマンスには、常にこのように、見る人の安全地帯を脅かす要素がある。しかし、それが映像に撮られて上映されたとしたら、その要素を保つことは果たして可能だろうか?
友政は、作品の重層性を強めることによって、観客の安全地帯を脅かす。その重層性は、パフォーマンスを始める前から周到に用意されている。「お父さん」と食事をするときにも同じ位置にテレビが置かれ、そこでは、軍手で作った人形による架空の親子の会話が流れている。このテレビによって、パフォーマンスは、合わせ鏡のように入れ子状になる。さらに、観客の座る部屋は、ごくありきたりの家を友政が時間をかけて探したものである。スタッフはエプロンをつけ、毎日、洗濯物を干すことを要求される。そして、展覧会の会期が始まってもなお、しばらく友政はこの家に住み続けていた。関わった人が家具を貸してくれ、家はより家らしくなった。展示スペースを「茶の間」が浸食する。この重層性によって、観客はテレビの画面を超えて、パフォーマンスに巻き込まれることになる。
この重層性は偶然ではない。2階に上がったところで展示されるもうひとつの作品《「カミフブキオンセン」》は、さらに複雑に重層化された作品である。訪れた人は、畳の間に紙吹雪で満たされた湯船に浸かりながら、モニターで語られる物語を聞くことになる。その物語は、いま湯船に満たされている紙吹雪を切りながら、さまざまな家族がつくった、架空の「カミフブキオンセン」にまつわる物語である。この作品は、家族から家族へと物語を伝えてゆくことによって、フィクションである物語が次のフィクションを生み出す時に影響を与えることがひとつのテーマとなっている。フィクショナルな物語の持つ共通の構造に眼を向けさせることによって、物語自体のオリジナリティを批判し、その特権性を疑うものである。この点で、家族という物語を解体する姿勢と繋がってくる。家族や父親という物語を疑うというテーマから出発した友政が、物語自体にテーマを展開させた作品と位置づけることができる。
だが同時に、この作品でも、映像を見ているはずの自分が、映像の中の人の作る温泉の物語の一部としてパフォーマンスさせられているということが起きている。いま手で触れている紙吹雪は、まさに画面の中の登場人物がつくったものであり、服の隙間に残ってしまった紙吹雪は、さらに家を出て町の中へと連れ出されることになる。その連れ出しに、観客は意図せずに、かり出されるわけである。
このような映像と観客との関係を生み出す、映像の提示の方法は、かつてのヴィデオ・インスタレーションには、なかったものである。ピピロッティ・リストやダグ・エイケンに代表されるような、90年代以降主流となったヴィデオ・インスタレーションは、それまでのシングル・スクリーンのヴィデオ作品と違って、見る人自身の身体を意識させ、動きを誘発するものではあったが、スクリーンの中の世界と、スクリーンの手前で見ている観客との間には確固とした境界があった。しかし、友政は、その境界をなくし、映像を見る者は、パフォーマンスに立ち会っているかのような経験をさせられる。
この点が、私が友政の作品について、事後的に発見した重要性である。90年代のヴィデオ・インスタレーションとの違いは、時代を画するものとして強調されるべきだと私は考える。そして、同じ理由で、今日、ティノ・セーガルの作品は評価されるべきである。さらには、ダン・グラハムの1970年代前半のディレイを使ったリアルタイムのヴィデオ作品を、今日、再評価すべきであると私が考えているのも同じ理由である。
友政は、重要な作家となるであろう。金沢の作品を見逃すべきではない。
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