この秋、金沢21世紀美術館は、「金沢アートプラットホーム2008」と題した展覧会を行なう。公園や商店街、空きビルや空き町家など、金沢の街の各所を会場とし、19人の作家が参加する。私は4人のキュレーターの一人として、現在、その準備をしている。この展覧会をわれわれは、「プロジェクト型の展覧会」と呼んでおり、街の空間や人と積極的に関わる作品の集合体としての展覧会を目指している。私は子どもたちと一緒に等身大の紙相撲をつくって大会を行なうKOSUGE1-16、町家を改修するアトリエ・ワンなど7組の作家を担当している。
展覧会を起こすことを通して、街を見たい、知りたい、という思いが原点にある。そして自分が知って面白かったことを、人にも知ってもらいたい、という思いもある。だからこそ、作家と作品をつくっていく過程を多くの人と共有し、ともに展覧会をつくってゆきたいと考えている。例えば、参加作家の一人、丸山純子は、スーパーのレジ袋を使って花をつくってきた作家である。これまで、彼女自身も多くの花をつくってきたし、新潟やオーストラリアのパースなど、さまざまな場所で、他の人と一緒に花をつくってきた。今回、金沢でも花をつくり、美術館近くのタテマチストリートという商店街に6,000本を超える花のインスタレーションを展開する。
彼女は今、金沢で花を作り始めている。金沢では、お年寄りのグループホームや、精神病院などでも花づくりを行なうことにした。丸山から、以前に彼女がパースで行なったワークショップの話を聞いたからである。パースで丸山は、精神病院を退院した人たちが社会復帰を目指す作業所で、ワークショップを行なった。ワークショップのあいだ、参加者同士、積極的に会話が交わされたわけではないという。ひとりひとりが個別に花をつくるので、共同で作業をするわけでもない。だが、普段ひとつの場を共有してなにかを行なうことがなかった人たちが、集まって花をつくったのはよかったと丸山は言う。写真は撮ることができなかったということで、私はその情景を想像するほかなかったが、会話が特になかったとしても、よかったという言葉は信頼すべきだと考えた。
今回はじめにワークショップを行なったのは、認知症のお年寄りのグループホームである。10人以上の入居者の方、ホームのスタッフの方、ご近所の方、高校生、小学生、あわせて40人あまりが花をつくった。最初にレジ袋の端を切り落とす。まっすぐにだけ切れる人。花びらにテープを貼付けるのが得意な人。手は一向に動かさないが、話をするとにこっと笑いを返す人。ひとつもつくってはいないのに、カメラの前で、できあがった花とポーズをとるのがうまい人。教えてもらっていないから、うまくできるはずがないと怒る人。
確かに、さまざまな介護施設に通い、聞き慣れない用語を覚えてゆくうちに、介護保険の仕組みなども、少しずつわかってくる。しかし、社会における介護の問題を把握し、改善することが主目的ではない。もちろん、花づくりがうまくなることが目的なのでもない。ではなんのために、花をつくっているのだろう。自分でやりながら、わからなくなってしまうことがある。
ただ、花づくりを通して、いくつか、知ったり感じたりしたことはある。まずは、一人一人のお年寄りのことである。渡辺さんが、一旦ものづくりに集中し始めると、声をかけてもなかなか気づいてもらえないこと、奥村さんは、女学校を出ていて、そのことに誇りを持っていること、それはレジ袋の花がなければ知り得なかったものである。
それから、花づくりが始まるといろんな人が入り乱れて、にぎやかだったが、これは、実は珍しいことではないかということ。花づくりが終わり、近所の方や高校生が帰った後で、入居者の方たちとお茶を飲んだ。そのとき、非常に静かに感じられた。入居者同士はほとんど話をすることがない。これは、別の施設でも感じたことである。食事をしたり、色鉛筆で色を塗ったり、字をなぞったり、それぞれが作業しているのだが、あまり話さない。これは、例えば、介護予防のプログラムのなかで、花づくりをしたときとは対照的である。地域包括支援センターでもワークショップを行なったが、そこで月に1回行なわれている介護予防プログラムは、ある社交の場となっている。多くの人が「よそゆき」の服でおしゃれして来ており、始まる30分ほどまえから集まり始めて、さまざまな世間話に花を咲かせて、たいへんにぎやかである。ところが、グループホームではそうではない。とするならば、花がきっかけとなり、さまざまな世代の人が集まって、祝祭的な場が生まれたことは、良かったのではないか。歌を歌いだす人もいたし、花をつくらなくても、にこにこしている人がいた。記憶は残らなくても、楽しかったという印象は残るという。 そして、美術館から訪れた自分たちがそういう場に身をさらすということも、重要なことだったと思う。ワークショップの説明をする時に、その内容や展覧会の説明をするだけでなく、まず、「兼六園の横に21世紀美術館という美術館がありまして」というところから、話を始めざるを得ない。話しながら、3年前の開館前にはさんざん繰り返していたこの説明を、開館後、しばらくしていなかったことに気づいた。もっとも、何度説明しても、ここではヘルパーとしか認識はされないし、「美術館の誰々である」ということに意味がないことがわかってくる。キュレーターであると同時に、ケアマネージャーであり、ヘルパーであることが必要となる。
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