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学芸員レポート
東京/住友文彦東京/南雄介|福岡/山口洋三
大竹伸朗「全景」/中ハシ克シゲ「ZEROs 連鎖する記憶」/前川國男建築展
福岡/福岡市美術館 山口洋三
大竹.スクラッフ?フ?ック
大竹初期コラーシ?ュ
大竹アフリカシリース?
大竹Webと網膜
大竹日本景
大竹最新作
 年頭の記事で書いたとおり、筆者注目の2人の美術家、大竹伸朗と中ハシ克シゲの個展が、ついに始まった。それぞれ内覧会を見ることができたので、個別にレポートしよう

●大竹伸朗「全景」@東京都現代美術館
 4000平方メートルを超す広さを誇る都現代美術館の企画展示室を、幼少期の頃から現在までの作品で埋め尽くす、という個展としては前代未聞の展覧会「全景」が、ついにその姿を表わした。この記事を書いている時点では、始まってまだ1週間くらいだが、おそらくすでに見に行った人は絶句したのではないだろうか。「いや、大竹ってニューペインティングの人でしょ?」的な、やや固定的なイメージしか持っていない鑑賞者は、最初の3階の展示室では同様の印象をまだ頭の中に持つだろうが、おそらく1階の展示を見終わる頃にはそのイメージが大いなる誤解であったことにようやく気がつき、地下2階の「日本景」から「ダフ平&ニューシャネル」にいたったところで完全に言葉を失うだろう。しかしそこでもまだ展示は終わらず、だめ押しで90年代後半から最近作までの作品が怒濤のように続くのである。総点数は2000点を超え、作品の種類もライフワークのスクラップブック64冊から小中高時代の鉛筆画や油彩、宇和島の造船所での作品に写真技法を取り入れた「網膜」、その「網膜」の絵画的完成度を完全にはぐらかす「日本景」……ともう書ききれないくらい多岐にわたる種類の作品が次から次に現われ、まるで数十人の作家による大規模なグループ展を見ているような気分になってくる。そして1つ1つの作品の濃密さが、鑑賞者を熟覧へと誘う。なぜなら、基本的に「貼り込み」で構成された作品は複雑な重層構造を持つため、平面的な作品が主とはいえども、なめ回すように正面上下左右から作品表面を見ざるをえないのである。そこにかいま見えるのは、大竹伸朗の制作衝動のただならぬ強震ぶりと、その持続ぶりである。特に1階の「網膜」シリーズと「シップヤードワークス」の展示は圧巻の一言に尽きる。ここだけとりだしただけで国内美術館の展覧会は可能なほどの質/量である。これら大小様々な平面・半立体作品は、近年の写真的イメージを利用した多重レイヤー絵画を10年以上も先駆けているだけでなく、その技法的素材的多様さと画面にみなぎる緊張感は近年のそうした絵画類を一蹴するだろう。
 これだけ出品作品があるというのに、05年7月1日号の「artscape」で私が触れたOn Paperの作品は全く出ていないし、日本景の「染め」も未陳。「ジャリおじさん」は出ていても「んぐまーま」の原画は見あたらない(あるのかな?)。また自宅に無造作に置かれていた大量のスケッチブックもない。つまりこれほどの物量の展示でもまだこの作家の一部しか示していないのである。
 1982年のギャルリー・ワタリでの衝撃的な個展によって「ニューペインティングの旗手」に祭り上げられ、1990年代初頭には「アゲンスト・ネイチャー」など海外での日本現代美術を紹介する展覧会の常連メンバーとなっていた大竹は、しかしその一方、美術界より先にデザインや音楽の分野での評価が高まったため、そして「ニューペインティング」自体が「もの派」以後の日本の美術史的観点からして評価しづらく、またその「ニューペインティング現象」自体がヘタウマイラストレーションの隆盛とさして区別がつきにくかったことも災いしたのだろうし、何よりも大竹の制作の源泉が、彼自身の個人的な制作衝動に帰されてきたために、言葉で説明するにはあまりにやっかいであり、またもの派以後の日本美術史に接続するにはあまりにも孤立した存在であったため、大竹伸朗を作家として評価し、位置づける作業は敬遠されてきたのではあるまいか。1988年に大竹が東京を離れ、宇和島に移住したことも、大きな要因だ。
 それゆえに、ひとまず「全景」である。古い作品から年代順にずらーっとならべることは展覧会企画者としては「御法度」だろう。分類・精査してエッセンスを展示、というのが学芸員的な常識なのだから。とはいえ、決して無造作な羅列ではなく、年代順のエポック順としてそれなりに整理されており、決して見ずらいということはない。大竹自身が方眼紙に精密な縮尺図を描き、さらにマケットを起こして周到に準備したこの展示方法は、大竹のような作家のイントロダクションとしては決して的はずれではない。大竹の「全景」をつかむには実はこれでもちょうどよい、という印象を受けた(並大抵ではない)。
 内覧会は折しも森美術館の「ビル・ヴィオラ」展とオープニングが重なってしまったようだが、数多くの人が押し寄せており、大盛況。元々大竹は東京出身ということもあって、初日には彼が小学生時代の同級生と巡り会うといった一幕も見られた。さらに興に乗れば、アトリウムの「ダブ平」を操作しての即席ミニライブ。こうした偶然の出会いもさることながら、「全景」の全作品をしっかり鑑賞しようと思うなら、いっぺんに見てへとへとに疲れるよりも、何度か会期中に足を運ぶほうが得策だろう(金がかかりますけど)。図録はあまりに膨大なページ数ゆえ(なんと千ページ超!!)、完成は会期後半にずれ込んだとのことだが。それでも電話帳か大辞典並みのボリュームで展覧会特別価格6300円(税込み)はお買い得感がある。これの編集も並大抵ではない。
 大竹伸朗の展覧会はナディッフや北海道別海のウルリー牧場、そしてベイス・ギャラリーでも同時開催され、ベネッセアートサイト直島での「スタンダード2」展にも出品中。さらに来年も九州方面他で個展が控えている。大竹旋風は当面おさまらない。

ZERO Project #BII-124
On the Day Project
叡光新聞
上段より
・ZERO Project #BII-124/Darwin, Cowra
・On the Day Project 19th February Okinawa
・比叡山高校の生徒による「叡光新聞」の拡大写真
●中ハシ克シゲ「ZEROs 連鎖する記憶」@滋賀県立近代美術館
 福岡での「震電プロジェクト」と並行して進められていた、「ゼロプロジェクト」のみに焦点を合わせた個展。比叡山にはかつて特攻専用機「桜花」の発射台が建設されていたという史実に基づき、この展覧会では新作として、桜花にちなんだ作品「OHKA-43b/Hieizan」が出品されている……といっても実はこの作品は、筆者が訪問した際にはまだ存在していなかった。というのも、桜花の作品は、会期中、展覧会場の中で制作されていくからだ。この記事がアップされるころにはちょうど初日から1ヶ月たつことになるが、どの程度進むだろうか、10月24日に1機目が完成したそうです。展覧会は、オーストラリア・カウラの零戦(完成済み)から始まり、続いて琵琶湖上空で撃墜されたという松山飛行士の零戦によるインスタレーション。映像資料を挟んで「On the Day」プロジェクト3点の展示。最後のコーナーが桜花の制作会場となっている。そのため写真の1枚でも貼らない限り会場を出ることは不可能な仕掛けだ(うそです)。
 比叡山高校の生徒たちが、かつて学校新聞の記事として「桜花」の発射台について取材し、その当時の桜花隊隊員へのインタビューも試みていたということがわかり、今回中ハシは比叡山高校の生徒たちと共同制作を試みた。まず生徒たちは中ハシの零戦制作と同じ手法で、かつての学校新聞を撮影し、貼り合わせ、巨大な壁新聞として「桜花」の制作会場に展示している。これはそのまま「桜花」と比叡山のつながりを説明するものとなっており、観覧者/参加者はなぜここで「桜花」がテーマとなっているのかについて即座に理解することができる仕掛けであり、この共同作業はなかなかうならされた。中ハシが地元在住ということもあって、地の利とその歴史的文脈を生かした展覧会に仕上がっている。実は私個人的には、「On the Day」の絵画的な完成度にかんして認識を新たにした。かつての西宮市大谷記念美術館での個展でもこの「On the Day」の作品は見ていたのだが、その時はインスタレーション作品と理解していた。しかし壁面3つを使った今回の展示では、まず一瞬、それらの画像の具体性よりも先に、矩形に中に茫洋と広がる抽象的なイメージが目に入る。素材が写真なので、これを巨大な「写真作品」と定義することも可能に思える。フォーマリズム以後の絵画(平面)作品との比較は容易であろう。ここでは詳述しないけれども、「On the Day」は「ゼロプロジェクト」と異なり、中ハシ克シゲがある事件がかつて発生した日に現場に赴き、日の出から日没まで地面などを撮影するというものであり、いわば作者の身振りと視線がそのまま平面上に転写されたものであるといっても過言ではない。なんかポロックみたいですね。尾崎信一郎が図録中の論文でそうした比較検討を行っているが、たしかに戦争のエピソードのみに依拠した作品ではなく、モノとしての作品の形式的強度を保持しているという面ももっと語られていいのではなかろうか。震電プロジェクトでは様々なエピソードを直に聞いてきたので、あえてこれまで言われなかったこと(特に「On the Day」)について書いてみた。しかし、欲を言えば、零戦、これまで結構たくさん作ったから、もう少しほしかったですね。会場規模としてはやむを得ないか。
 それからもう1つ。この中ハシ個展、進行形の作品が常に形を変え、最後にフィナーレとして焼却を迎えるという点、アーティスト・イン・レジデンスの要素と展覧会がうまく合成されたものとなっている。だから(大竹展とは別の意味で)何度か足を運ぶ必要があるに違いない。中ハシのブログでは、作家自身が経過をアップしている。しかし大津近辺の地元の方、是非とも参加されたい。卓抜したデザインの図録には、これまでの「ゼロプロジェクト」が詳細に網羅され、テキストも充実している。今後はこのゼロプロジェクトを、過去の「OTOMI」や「Nippon Cha Cha Cha」などの彫刻作品との関連性において検証を進めるべきだろう。

会期と内容
●大竹伸朗「全景」
会期:2006年10月14日(土)〜12月24日(日)
会場:東京都現代美術館
東京都江東区三好4-1-1(木場公園内)
TEL:03-5777-8600(ハローダイヤル)4

●「中ハシ克シゲ「ZEROs 連鎖する記憶」
会期:2006年9月30日(土)〜11月12日(日)
会場:滋賀県立近代美術館 企画展示室1・2 
大津市瀬田南大萱町1740-1 Tel.077-543-2111

学芸員レポート
風景模型
建築ツアー
上:九州大学・出口研究室の学生たちによる福岡市美術館と大濠公園の風景模型(1/500縮尺)
下:ネクサス香椎にて。レム・コールハースの建築を見学中
 福岡市美術館では11/5まで「前川國男建築展」を開催中だが、実はこれまで当館ではまともな建築関係の展覧会をしたことがない。ということもあって、市内の建築関係者の注目を集めている。すでに東京、弘前、新潟を巡回したので、内容はここでは触れないが、九州大学大学院人間環境学府の出口敦教授門下の学生たちによって、「福岡市美術館と大濠公園」の風景模型が制作されたことについてはちょっとここで紹介したい。周到な準備のすえ、会期10日ほど前から美術館での制作に入り、連日夜遅くまで制作に没頭した学生の皆さんには感謝申し上げたい。おかげでこの模型は展覧会の目玉の1つとなった。
 この前川展に関連して開催したのが「建築ツアー」。市内に前川関連の作品は福岡市美術館以外にないけれど、ネクサス香椎や旧福岡相互銀行本店(現・西日本シティ銀行本店)など、考えてみれば磯崎新が手がけた作品もあるし、御供所町付近の古い町並みもゆっくり歩いたこともなかったなあ、というわけで、市内の建築家、水野宏・廣瀬正人の両氏をガイド役に企画。市内をバスで巡るツアーとしたために定員を40人程度としたが、これをはるかに上回る130人以上の応募が! 時間を調整しながらのツアーだったが、前川國男の福岡市美術館に始まり、百道浜、香椎浜の新しい町並みと建築群に、伊東豊雄の「ぐりんぐりん」、西日本シティ銀行本店と秀巧社ビルの内観見学、さらに普段は見過ごしていた「天神ビル」など盛りだくさんの内容で、参加者の中からは「またやってほしい」との声も聞こえてきた。私自身もこうしたアプローチは初めてで、新たな知見を得るところが大きかった。ちなみに博多ポートタワー(福岡タワーじゃないよ)の設計者は、東京タワーや通天閣と同じ内藤多仲。「構造設計の父」であり「塔博士」の異名を持つ人で、この人は建築家・佐藤武夫と組んで早稲田大大隈講堂、福岡県文化会館(現・福岡県立美術館)の構造設計も行なった。その内藤多仲の展覧会が折しも東京のINAXギャラリーで開催中。「ぐりんぐりん」の伊東豊雄の個展も東京オペラシティアートギャラリーで開催中で、ちょうど建築ツアー終了後だったこともあって両展とも極めて興味深く観覧した。
 しかし私自身は建築の専門家でもないし、建築関係の展覧会もそうそう何度もやれない(やることになると私が担当にならざるをえない)。市あるいは県の都市整備とか観光関係の部署で引き継いでもらえると大変ありがたいのだが、どうだろうか。筑豊、北九州まで範囲を広げると近代化の遺産のような建物までが対象になり、なかなか魅力的な見学ツアーになりそうなのだが、どなたかおやりになりませんか(だれにいってんだ?)。

 ついでながら、福岡市美術館コレクション展示では、「もの派─『美術』への問いかけ」展と「伊奈英次展」。古美術の企画展で「インドネシア・スラウェシ島の染織」が始まります。

●前川國男建築展
会期:2006年9月22日(金)〜11月5日(日)
会場:福岡市美術館
福岡市中央区大濠公園 1-6
Tel. 092-714-6051

[やまぐち ようぞう]
東京/住友文彦東京/南雄介|福岡/山口洋三
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