街じゅうアート in 北九州2007「ものづくり・ものアート」/北九州国際ビエンナーレ
福岡アートフェア・シミュレーションα/菊畑茂久馬の〈物〉語るオブジェ/九州派再訪-2 |
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福岡/福岡市美術館/山口洋三 |
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北九州市内で連続して開催されたふたつの展覧会について。いずれも美術館の外で、NPO法人が主体となって開催された展覧会であり、その点は「官民一体」が強調されがちな福岡市の文化事業とは一線を画す。
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街じゅうアート in 北九州2007「ものづくり・ものアート」 |
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まずは、NPO法人創を考える会・北九州が主催となった「街じゅうアート in 北九州2007『ものづくり・ものアート』」。北九州市に本拠を置く、全国レヴェルの企業がアーティストに資材などを提供して制作をバックアップし、さらにその作品は、JR小倉駅近辺のデパートや商業施設に展示された。参加アーティストも、北九州市内在住者だけでなく出身者も取り入れられ、さらにいわゆる「美術家」だけでなく、デザイナーや建築家、写真家にまで目配せがなされている。都市屋外での現代美術展としては、福岡市内で1990年より10年間ほぼ隔年で開催された「ミュージアム・シティ・天神(のち福岡)」がその先駆例として思い当たるが、その10年のあいだに野外での現代美術展は国内外での展覧会でほぼレパートリーと化した感がある。ある意味お祭り的な要素を含みながら始まったミュージアム・シティと異なり、「ものづくりのパワーと、モノとヒトとの結びつきから生まれたアートを実感し、現代の創造力に思いを巡らせる機会(本展コンセプトより)」としようとしたあたり、製造業で栄えた北九州という都市の歴史的社会的特性と文脈に素直にしたがうという姿勢が見える。あまり気取らない開催手法の本展は、屋外展示がアートとその外側のものとを結びつけるという主張が明確で、企業との協力体制を第一にしているあたりに、真の意味で継続に意味と意義が見いだせそうな予感がある。
しかし日本の都市空間は商業や企業論理を優先した網の目のようなルールと、ド派手な店舗サインや広告という手強いライバルが待ちかまえるため、主催者もアーティストもそれに拮抗するような作品を生み出すのに苦労を強いられる。この点は、すでにミュージアム・シティが指摘済みである。実際、美術館内では優れた作品展示が期待できたはずの中西信洋や渡部裕二の作品は、リバーウォーク北九州というにぎやかな商業空間の中にすっかり埋没していた。その一方、エアポケットのような空きスペースを利用して力の入ったインスタレーションを制作した武内貴子、噴水を利用して、水の噴出と共に1円玉も吹き上がる巨大な装置を制作したLICCAは、そのスペクタクル性で際だったように思えた。都市空間で目立つにはそれなりのスペクタクルがどうしても必要となってくる点は不可避であろうか。
ところで、本展のような趣旨の展覧会だと、どうしても協力してくれた企業をヨイショしなくてはならないか、あるいは単純にその企業の作る「モノ」を使って、ある意味そのアーティストとしては「限定的な」仕事をしなくてはならなくなる。単純にいえば協賛企業の機嫌を損ねない範囲での制作と展示をしなくてはならないという意味なのだが、企業広告にすぎない作品であるならばそれは「作品」ではないし、だからといって特に脈絡もなく企業側と対立する内容の作品にすることもあるまい。また一方で、美術表現についての寛容かつ適切な理解が企業側にも求められる。平凡な言い方になるが、ここには、協力を要請されている企業側と主催者とのあいだでの深い信頼関係が必要である。 |
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左上:中西信洋《Layer Drawing Layer Tower》
右上:LICCA《雛鍔V》
下:武内貴子《Cradle》 提供=創を考える会・北九州
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北九州国際ビエンナーレ 提供=北九州国際ビエンナーレ '07事務局 |
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さてもうひとつの展覧会は「北九州国際ビエンナーレ」である。「国際ビエンナーレ」というからには横浜や韓国・光州で開催されている大規模な国際展を想像する方もおられるだろうが、そういう思いこみで開催会場の北九州市門司港を訪れると、見事にその期待は裏切られる。出品アーティストは9人(組)と、「街じゅうアート」よりも少ない。というか、音楽イヴェントや映画上映イヴェントへの参加アーティストもほぼ同数で、カヒミ・カリィや足立正生など、注目すべき実力派も参加している。美術展の関連事業で映画上映会や音楽コンサートが開かれることはよくあるが、このビエンナーレではそれぞれの比重が同じにされているように思える(といっても映画や音楽イヴェントは1日だけなのだが)。ところで美術にしろ音楽にしろその参加メンバーの顔ぶれを見ていると、このビエンナーレ自体が、企画の中心人物の1人であるアーティスト・宮川敬一の培った人脈の賜物であることが理解できる。彼はJR小倉駅近くにGALLERY SOAPを開設し、さまざまな表現手段を持つアーティストたちと交流を重ねて国際的なネットワークど独自に形成してきたのである。逆に言えば、ギャラリーや美術館などの既存システムがそもそも存在しない場所から、自力で表現の場を立ち上げていったわけで、その点、近くて遠い福岡市から彼の活動を見聞きしてきた私には、システムの中心である東京的ななにかを常に指向しがちな福岡市の動向とは一線を画す、不穏でラジカルな気概が伝わってきた。
……しかし、肝心の展覧会自体はいささか失望させる内容であったことは正直に告白せざるをえない。映像主体の展覧会であろうことは開催前から予想されたが、意味ありげな映像の単調なループに政治的かつ社会的なメッセージを含む音声と言語をかぶせたものがプロジェクションされている、というその作品制作のやり口はどの作家にも共通していて、あまりにも画一的なのだ。そして作品メッセージでもその分空疎にひびく。展覧会としては、かなりギリギリのレヴェルだが、しかし裏を返せば、限られた手駒でなにをどのように表現するかというゲームを実践している作家ばかりなのかもしれない、と考えたとき、自力ネットワークのみで展覧会を立ち上げた宮川の思いとこの作品選択は意外と符合しているのかもと深読みできるかもしれない。
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左:チャ・ヨンヘ「重工業」
右:ジョン・ミラー
写真=鶴留一彦 |
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余談?だけど、「国際」のつかない「北九州ビエンナーレ」は、そもそも北九州市立美術館が1990年から開催していた国内作家の展覧会であり、継続性とレヴェルの高さで定評もあったが、2003年の第7回を最後に停止したまま。学芸員はほとんどいないも同然となった現在では再開もおぼつかないだろう。さらにその前身は、公募形式の「北九州絵画ビエンナーレ」である。実はかつて宮川敬一はこの絵画ビエンナーレで入選し、作品が同美術館に収蔵されたという経緯もあったりして。第6回北九州ビエンナーレ(2001年)にはユニット「セカンド・プラネット」で出品もしている(実は北九州ビエンナーレ3連覇男)。美術館で開催不可能となった「ビエンナーレ」をオルタナティブな方法と形式で開催した本展は、美術館システムへの痛烈な一撃であり、また同時に大規模化する国際美術展のパロディでもあろう。
さて前者と後者はかなり対比的である。端的に言えば、それは「ローカル」対「インターナショナル」、そして「モノ」対「非・モノ」である。しかしどちらも北九州らしい。 |
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