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YES オノ・ヨーコ展
児島やよい
《平和のためのベット・イン》
《平和のためのベット・イン》1969年
 水戸の街に掲げられたバナーにプリントされたオノ・ヨーコの顔。意志の強さそのものといった眼差しの顔がいくつも、空にたなびいている。顔だけで何かメッセージを発していると思わせる、その強さはオノ・ヨーコならではのものだろう。
 アーティスト、オノ・ヨーコとしての一般の認識は、日本ではまだまだ低いのかもしれない。もしかしたら世界でもそうなのかもしれないが、どうしても、ジョン・レノン夫人そして未亡人、平和活動家、ミュージシャンとしての顔、それもスキャンダラスでエキセントリックな「ドラゴン・レディ」のイメージが、彼女には付きまとう。
 でも、そんな手垢のついたイメージとは無関係に、一人のクリエイティヴな人間としての生き方に共感を持つ若い世代が、オノの作品をいちばん理解できるのではないか……と思ったのは、水戸芸術館の展覧会オープン初日、会場を訪れている多数の若者たちの反応が新鮮だったからだ。
 展示は初期の《絵のためのインストラクション》《グレープフルーツ》から始まる。このインストラクションという形式は、詩でありまた言葉で書いた楽譜でもあり、オノ独特のヴィジュアル表現といえるだろう。それは観る人に行為を促す、あるいはもっと重要な、行為を〈想像する〉行為を促す。想像する楽しさ、それを促されることの思いがけず刺激的な心地よさに一度身を任せると、「次はなに?」と病みつきになる。《青い部屋のイヴェント》の部屋から、いつまでも動かない人もいた。
 展示室中央に置かれた白い梯子は、伝説的な作品《天井の絵・Yes Painting》を見るためのものである。が、観客にその梯子を上ることは許されていない。1966年、ロンドンのインディカ画廊で発表された当時のままのようだ。では、ということで、ジョン・レノンがそこを上って虫眼鏡で天井を見ているさまを、想像してみた。天井に小さく小さく書かれた「Yes」の文字。「それで救われた」と言った、ジョンの気持ちになってみる。
 それからある種、オノの招待するゲームに参加する気持ちで作品を観ていくことにした。小さな球形の立体に名づけられた《尖っていること》というタイトル。アクリルの台座に突き刺さろうとする針の作品には《忘れなさい》、なにも入っていない銀の《ほほえみの箱》、4本あるのに《3本のスプーン》……まるで頓智か禅問答のようだ。1964-67年のこうした立体のシリーズ、《包まれた椅子》や《半分の部屋》を観ていると、デュシャンと鈴木大拙をミックスしてチャーミングにしてみました、という感じがする。
《アメイズ》
《アメイズ》1971/2003年
 透明アクリルの壁が幾重にも立つ《アメイズ》、オリジナル(1971年)はフルクサスのジョージ・マチューナスとの共同制作というが、迷路に導かれてたどりついた先にトイレがある、しかも、中にいる人の行動は外から丸見え、というビックリハウスだ。ダン・グレアムの環境インスタレーションとはまた違った趣である。
 圧巻はイヴェント、パフォーマンス、映画のフィルムだった。舞台上に座るオノの衣服を、参加者が次々に切り取っていくパフォーマンス《カット・ピース》、映画『フライ』。無反応に横たわる女性の裸身の上を動き回る蝿のクローズアップ映像と、うめき、わめき、自由自在に変化するオノの声楽がかぶさり、少し苛つくような、でもずっと観ていたい感覚がいつまでもあとを引く。ほかにも興味深い映像は多々あるが、その暴力性、身体感覚の痛々しさと、それでも「Yes」という諦観というか受け入れ、肯定する意志のゆるぎなさのようなものが、この2点から特に強く感じられた。
 近年の作品は、ブロンズ・シリーズをはじめとして物質性が強く出ているせいか、作品のメッセージもよりストレートになってきているように思う。ヴェトナム戦争、湾岸戦争、アメリカ同時多発テロ、イラク戦争……人間の愚かな行為がいっこうに止まないことへの悲しみからだろうか。そんななかで、90年代半ばから描き続けているという和紙にインクの素描《フランクリン・サマー》が、自由な心の動きにしたがって描く喜びを感じさせ、連作として印象に残る作品だった。
《エクス・イット》
《エクス・イット》1997/2003年

※本サイトで使用した「YES オノ・ヨーコ展」での展示風景の写真はすべて
撮影:木奥恵三
水戸芸術館現代美術センターでの展示風景
2003年 ©YOKO ONO
 97年の大作《エクス・イット》は、大中小100個の棺が並び、その一つひとつから若木が伸びているというインスタレーションである。それぞれ、男性、女性、子どもの棺を連想させ、世界中で起こっている悲劇を思い起こさずにはいられない。が、「人の死は悲しいけれど、土に還って新しい命を生むことができる」という肯定的な作品なのだと、オノ自身が語っていたように、鳥のさえずりが聞こえる明るい展示室には、すがすがしい空気が満ちていた。
 展覧会に先立ち、合同記者会見に出席したオノは、にこやかで自信に溢れていた。「私はもう70歳ですけど、何も恐いものはありません。人間は知恵を出し合って、自分たちを滅ぼすようなことはしないと確信しているの。願い続ければ、いつかきっと現実になるのよ」。どこまでも「Yes」の人、肯定することの強さ。水戸芸術館に掲げられた「WAR IS OVER! if you want it/Love and Peace, John and Yoko」のバナーも、いつか現実になると願わずにいられない。
 禅問答のような想像のゲームに始まり、どんなに辛くても肯定し続ける、痛々しいまでの意思表明へと変化してきたオノの作品。それは時代とともに歩んできたオノ自身の姿、そして私たちの姿をも写しているのだろう。想像し、行動するオノは、あくまでもこの現代、私たちとともに在るアーティストなのだと思う。


[ こじま やよい ]
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