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「冬の時代」に差すかすかな光明
暮沢剛巳
開館が続く地方都市の美術館
「美術館冬の時代」といわれて久しい。多くの美術館は予算や人員の不足に悩まされ、コレクションの維持や展覧会企画にも四苦八苦、新館構想が発表されれば地元メディアから「税金の無駄遣い」と酷評される有様だ。だがそんな苦境にあっても、いくつかの地方都市では新しいユニークな美術館が開館、多くの来館者を集めている。これは美術界にとって数少ない明るいニュースであると同時に、2004年度の動向を回顧する上でも最も重要な出来事に挙げられるだろう。
 まず大きな注目を集めたのが、10月に開館した金沢21世紀美術館。妹島和世+西沢立衛/SANAAが設計した建物は、UFOを髣髴とさせる完全な円形の建物を全方位ガラス張りにしたユニークなデザインで、開館に先立って参加したヴェネチア建築ビエンナーレで金獅子賞を獲得するなど、国際的にも高い評価を受けた。開館記念の企画展「21世紀の出会い──共鳴、ここ・から」は大小十数室の企画スペースをフル稼働して絵画、写真、インスタレーション、メディアアートなどを展示した本格的な現代美術展であり、また兼六園や県立美術館、県立博物館と隣接するエリアに立地し、ユニフォームのデザインをISSEY MIYAKEの滝沢直己に依頼し、館内の多くのスペースを無料ゾーンとして地元の子どもや母親の利用を当てこんだ「キッズスタジオ」を併設するなど、大半の地域住民にとって馴染みの薄い現代美術をなんとか根付かせようとさまざまな工夫を凝らしている様子が窺われた。
 一方、瀬戸内海の直島に開館した地中美術館も大きな話題をさらった。こちらは、この地を拠点にメセナ事業の本格展開を進めるベネッセコーポレーションの出資による私立美術館だが、設計を担当した安藤忠雄はエントランス以外のほとんどの部分を土中に埋めた施設をデザインし、ウォルター・デ・マリア、ジェームス・タレル、クロード・モネの恒久設置作品を瞑想的な雰囲気の下に鑑賞できる空間を演出した。このような、特定の場所と分かち難く結びついたかたちで成立する「サイトスペシフィック」な作品のあり方は、今後の美術館のあり方にも大きな一石を投じたといえよう。同じく2004年秋には、長らく万博公園に所在していた国立国際美術館が大阪市の中心街にほど違い中之島へと移転して新装開館し、海の向こうのニューヨークでは、谷口吉生が拡張計画を担当していた近代美術館(MoMA)がリニューアルオープンを果たした。今年もまた、長崎県美術館(隈研吾)、群馬県東村立新富弘美術館(ヨコミゾマコト)などの開館が予定されており、そのユニークな建築や展覧会企画によって新たな話題を振り撒きそうである。

独立行政法人化の影響
 もちろん、美術界全体を俯瞰すればどうしても暗い話題の方が多くなってしまうのは致し方ないところだろうか。例えば、03年10月に鳴り物入りで開館した森美術館は、その後「六本木クロッシング」展、「アーキラボ」展などの意欲的な企画を開催したものの、しかしわずか一年足らずのうちに多くのスタッフが館を離れ、脆弱な運営体制をさらけ出してしまった。同じく03年10月に表面化した芦屋市立美術博物館の休館・民間委託問題は、その後住民運動などが展開され、さまざまな議論を巻き起こしたものの、依然として解決の糸口は見えない。また04年末には、第2回横浜トリエンナーレのディレクターが磯崎新から川俣正に急遽交代するドタバタ劇が演じられ、今秋の開催に向けて大きな不安を露呈した。行財政改革の一端として国立美術博物館が独立行政法人へと移行して数年が経過、外部評価委員会や指定管理者制度の導入といった効率化が急ピッチで進む半面、美術館の現場は到底その変化に追いつけずにいる感が強く、「貧すれば鈍する」という言葉がなんともお似合いの現状には苦笑せずにいられない。
 とはいえ、多くの美術館は厳しい環境下でも知恵を絞って展覧会企画に取り組んでおり、そのなかで充実した手ごたえを感じさせる好企画にいくつか出会えたのには、まだしも救われた気分になる。「ピカソ」展(東京都現代美術館)や「マティス」展は、それ自体は新味に乏しい巨匠の作品を最新の研究成果を盛り込んだ斬新な切り口で紹介してくれたし、国内作家に関しても「高松次郎──思考の宇宙」展(府中市美術館)、「草間彌生──永遠の現在」(東京国立近代美術館)、「没後30年 香月泰男」展(東京ステーションギャラリー)などはいずれも密度の濃いものであった。明治以後の日本絵画を総覧しようとした「再考・近代日本の絵画」展(東京都現代美術館)や今年開催の愛知万博を意識したと思しき「世紀の祭典 万国博覧会の美術」展(東京国立博物館)、美術館と博物館の垣根が低くなった独法化の副産物とも呼ぶべき「琳派 RIMPA」展(東京国立近代美術館)も、細部はともかく意欲的な企画意図は評価すべきものであるし、今年もこれらに引き続く好企画を期待したい。

写真展に期待/「工芸」「オタク」再考
 さて今年の展望だが、残念ながら私自身まだそれほど多くの情報を入手していないこともあって確信をもった予測はできそうになく、個人的な関心に従っていくつか気にかけている点を記しておくにとどめよう。例えば新年早々には「森山新宿荒木」展東京オペラシティギャラリー)が開催され、ヴェネチアビエンナーレでは石内都の個展(コミッショナーは笠原美智子。これで日本館コミッショナーは、前々回の逢坂恵理子、前回の長谷川祐子に引き続き3期連続で女性が担当することになる。この人事そのものに異論はないが、中堅世代の男性キュレーターはよほど人材が不足しているのだろうか?)が予定されるなど、写真表現には大きなスポットが当てられそうだ。彼(女)ら名声の確立したヴェテランばかりでなく、若手作家の仕事にも大いに注目してみたい。またちょうど開館10周年を迎えた東京都現代美術館が、外部の専門家を招いて常設コレクションを再構成する新企画を開始、その第一回として「アルス・ノーヴァ──現代美術と工芸のはざまに」展(企画=北澤憲昭)が予定されている。さらには、昨年ヴェネチアで好評を博した「OTAKU 人格=空間=都市」展(コミッショナー=森川嘉一郎)が前代未聞の日本凱旋を果たし(東京都写真美術館)、また春にはそれに参加していた海洋堂の企画展「造形集団 海洋堂の軌跡」(水戸芸術館)も開催される予定である。美術と隣接する関係にありながら、日ごろは蔑視されることの多い「工芸」や「オタク」の在り方を再考する好機としたいところである。
「森山新宿荒木」展 「OTAKU 人格=空間=都市」カタログ
左:「森山新宿荒木」展
右:「OTAKU 人格=空間=都市」カタログ(幻冬舎、2004)

アートと地域性
 もはやほとんどの美術館や業者が店じまいしてしまった大晦日の夕方、拙宅に一通のメールが届いた。送信者は横浜BankART事務局で、この日を最後に拠点を移しますとの告知だった。ご存知の読者もいるだろうが、横浜BankARTは市長の肝いりで始まった「文化芸術創造都市構想」の一環を為し、アートを起爆剤として都市の再開発を目指そうとするプロジェクトだ。また一方では、NPOを母体とするより民営色の強いアートイベントも各地でさかんに開催されるようになってきている。厳しい状況がそう易々と変わるはずもないが、今後もアートと市民の広域連携が一層進み、停滞を打破する活力をもたらしてくれることを願わずにはいられない。
[ くれさわ たけみ ]
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