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開演は9月28日──「アートサーカス」の展望
暮沢剛巳
アートサーカス 観客が作品に関わる運営体制
 全体テーマは「アートサーカス(日常からの跳躍)」。去る1月28日、山下公園の沿岸に繋留されている氷川丸の船内にて、横浜トリエンナーレ組織委員会主催の記者会見が開催された。この日は、昨年末に新たに同展の総合ディレクターに就任した川俣正氏が登壇、約1時間に渡って今秋に予定されている第2回展の大まかな実施概要を発表し、またいちはやく参加が内定したアーティストの紹介を行なった。市民やマスコミの関心も高く、当日の会見には多くの記者や関係者が詰め掛け、会見終了後も、川俣氏や委員会スタッフに対してデッキで質問を浴びせる光景が見られた。
 ここでまず簡単に、当日に発表されたトリエンナーレの実施概要を確認しておこう。同展は国際交流基金や横浜市などが主催する現代美術の国際展であり、今年は2001年に次ぐ2度目の開催となる。会期は9月28日から12月18日まで、山下埠頭の突端に位置する2つの大倉庫を主会場とし(総面積は約12,000平米。現在も使用中のため会見当日には公開されなかったが、会期中にはシャトルバスを運行し、公園の入り口から誘導する予定とのこと)、国内外から総計約80組のアーティストの参加が見込まれている。総予算は約6.9億円。もともと多忙なことで知られる川俣氏、ディレクターに就任してからというものコンセプトの取りまとめや自身のスケジュール調整、それに意中のアーティストとの参加交渉に奔走していたそうだが、その甲斐あってか、この日の会見には参加アーティスト8組の列席にまで漕ぎ着けた。
 もちろん、冒頭で掲げたコンセプトも川俣氏の発案によるものであり、「鑑賞者が単に展覧会を見るという従来的スタイルを脱し、見る側と見せる側の垣根を越え、アートの制作現場に立会い、作品を体験するダイアローグな展示」を意図し、それを実現するために、「展覧会は、運動態である(ワーク・イン・プログレス)」との前提に立って、何度か会場を訪れるたびに作品が変化している可変的な展示を目指す一方で、「場にかかわる(サイト・スペシフィック)」ことや「人にかかわる(コラボレイティッド・ワーク)」ことを重視し、展示のなかにワークショップ、公開制作、ホームステイ、オークションなどを組み込むほか、オープンカフェや資料閲覧室などを設置し、交流イヴェントを開催するなど、一般の観客が積極的に作品に関わることを可能とするコミュニティ型の運営を行なう方針が披露された。また前回使用されたものを川俣氏自らが手書き風にリ・デザインしたロゴマークや、9月のオープンに先立って催されるプレイヴェント構想も合わせて発表された。4人のディレクターの合議制だった前回とは一転、全体を1人で取り仕切る川俣氏のカラーが前面に押し出された格好で、また世界各地で多くの国際展が林立するなか、実験的な運営方法によって差別化を図ろうとしている印象も受けたが、当の川俣氏は、「アーティストとしていろいろな国際展に参加してきた経験をベースに、自分自身がどのような国際展であったら参加したくなるのかをまず第一に考えた」「とにかく準備期間が限られているから、運営にあたってこれ以外の手法は考えられなかった」と、この方針が一連の状況のなかでごく自然に決定されたものであることを強調する。確かに、「アートサーカス」というテーマは「祝祭性」とダイレクトに結びつくし、また「サイト・スペシフィック」や「ワーク・イン・プログレス」といったコンセプトは川俣氏本人の作品を語る上でも欠かせないキーワードである。いかにも楽し気で華やいだ雰囲気のなかで、自分自身が慣れ親しんでいる手法によって展覧会を組み立てていきたいという意向は、何ら偽りのない本音に違いない。

難航したディレクターの決定
川俣正氏
川俣正氏
 それにしても、川俣氏のディレクター就任が正式に発表されたのは昨年12月13日のことである。それから会見までわずか1ヶ月半あまりで、しかもただでさえ慌しい年末年始を挟んだ時期にここまで準備を進めてしまう軽快なフットワークには驚くほかないが、しかしそれ以上に驚くべきなのが、現役アーティストの川俣氏が国際展のディレクターに抜擢されたという異例の人事であろう。この人事に関しては、すでに多くの報道がなされていることから、ご存知の読者も少なくあるまい。当初今回のトリエンナーレは、昨年6月にディレクターに選出された磯崎新氏の采配の下に実現されるはずだった(実はこの人選の段階で、横浜市は川俣氏を推していたそうだ。他には、三宅一生氏や安藤忠雄氏も候補に挙げられていたという)。しかし、なかなか会場が決まらないなど、ただでさえ開催準備が遅れ気味だったのに加え(トリエンナーレとは3年ごとに開催される国際展の形式であり、その意味では第2回展は昨年中に開催されていなければならなかった)、磯崎氏が予算的にも時間的にも実現困難なプランに強くこだわったことから委員会との協議が難航、12月になって辞任やむなしの結論に至り、その直後に川俣氏に後任ディレクターとして白羽の矢が立てられたのである。この件にか関して当の川俣氏は「最初にディレクター就任の要請があったのは12月に入ってから。ディレクター候補として自分の名が挙がっていたことは知っていたが、まさかこの時期になって話がくるとは思ってもみなかった。さすがに即答はできなかったが、やりたいようにやらせてくれるということだったし、断りきれないプロジェクトもあったけど、スケジュールも何とか調整できそうだったので、前向きに考えてしばらくしてからお引き受けすると返答した」と火中の栗を拾った経緯を淡々と振り返る。大いに戸惑ったことは間違いないが、最終的には、作品制作とは別な形でクリエイティヴな意欲を刺激されたことに加え、今春限りで99年の開設以来勤めてきた東京藝大先端芸術表現科の教授職を辞し、時間的な余裕が生まれることもあって(ただし修士課程の完成年度である6年間での退職は以前からの予定通りで、今回のディレクター人事とは無関係とのこと)、この異例のオファーを受諾する決断を下したのだろう。
 一方、委員会側は川俣氏の抜擢に関して、「独自の視点に基づくコンセプト作り」「豊富な国際展経験を有し、海外の美術事情にも精通」「国内外の幅広いネットワーク」「アートによる街づくりへの期待感」の4点を主な理由に挙げている。一度は消えたはずの川俣氏の名が再浮上した背景には、切羽詰った状況の下、作品制作に当たって多くの人々や街を巻き込んでいく「ワーク・イン・プログレス」の手法を国際展の運営にも活かして欲しいとの意向が強く反映されているようだが、少なくとも就任してから今にいたるまでの推移は順風満帆といってよさそうだ。ただやはり、決して展覧会企画のプロではない川俣氏をバックアップする体制が必要なことも確かであり、そのために委員会は今回、補佐役のキュレーターとして横浜美術館の天野太郎氏、P3の芹沢高志氏、ミュージアム・シティ・プロジェクトの山野真悟氏と、いずれも川俣氏と同世代の3氏を迎えた。もちろんこの人選も川俣氏の意向を強く反映したものであり、それぞれ豊富なキュレーション経験を有する3氏が個々の得意分野を活かす形で脇を固めるほか、参加アーティストの推薦や人選にかんしては、安斎重男氏をはじめとする国内外のアドヴァイザリースタッフからも協力を得る予定という。アーティストの内訳としては、総計約80組のうち国内から約30組、またアジア諸国から約20組の選出が予定されているとのこと。果たして最終的には、どのような布陣になるのだろうか。また運営や実務に関しては、市民有志のボランティア集団「はまことり」の草の根的な活動が大きな助けとなるはずである。

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