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日本近現代美術史の構築へ向かって
高島直之
 これまでに、日本の戦後‐現代美術における諸運動(集団活動など)や諸傾向(表現スタイルやその潮流を集約した美術動向など)に焦点をあててその歴史的な位置づけを試みる企画展の開催は、この時代の作家の近作個展・回顧展の数よりはるかに少ないものの、なかったわけではない。たとえば「実験工房」、「具体美術協会」、「九州派」を顧みる展覧会などがあった。しかしいずれも日本の近現代美術史構築の志をもった「奇特な学芸員」の頑張りによって、各館の年間企画スケジュールの合間を縫うようなかたちで催されてきた感が強い。

正史がないという難関
 昨年の10月25日から12月18日まで、国立国際美術館(大阪・中之島)が新築移転1周年を記念して開催した「もの派─再考」展は、美術史構築の意欲に燃えた館長以下学芸員たちの熱意が伝わる好企画であった。もっともわたしは、関連企画の3日間連続シンポジウム「野生の近代:再考─戦後日本美術史」の第1日目の、「もの派」をめぐる討議のパネリストのひとりとして呼ばれたこともあり、本展に対してまったく客観的な立場はとれないにせよ、ひとこと報告しておきたいと思う。
関根伸夫《位相-大地》
関根伸夫《位相-大地》1968(映像資料)
撮影=村井修
 「もの派─再考」の「もの派」とは、「1968年頃から1970年代前半にかけて、石や木、紙や綿、鉄板やパラフィンといった<もの>そのものを、非日常的な状態で提示することによって、<もの>にまつわる既成概念をはぎとり、そこに新しい世界の開示をみいだした」(本展チラシより)グループであり、その端緒になったのが関根伸夫の1968年発表作品《位相─大地》であった。
 これは、これまでの「もの派」をめぐる定説といっていいが、チラシの引用部分にみるように、表現作法は説明されてはいるものの、その内容に立ち入った歴史的位置は定説化されていない。このように、本展は日本に戦後‐現代美術の正史がないという事情とあいまって、その難関に立ち向かう立場を表明しているし、また今回連続シンポジウムを必要とした理由もそこにあるだろう。
 もっとも近年、「もの派」とその周辺のその星雲状の生成過程において、関根伸夫と高松次郎との思考のつながりや、静岡の「幻触」グループの活動の研究が進んでいる。その関根・高松に、「幻触」から飯田昭二、小池一誠、鈴木慶則、丹羽勝次、前田守一が参加した、1968年の「トリックス・アンド・ビジョン」展の開催が「もの派」形成の因のひとつとなったことなどが注目されており、本展には、そういった新しい研究動向も反映されている。

オフミュージアムの時代
 とりわけ開催館は独立行政法人化したとはいえ、いわゆる国立美術館が単独の展覧会として「もの派」とその周辺を初めて取り上げたということは、美術史のトピックとしてオーソライズされていく方向を暗示するものであろう。これはきわめて注目すべき重要な点といえよう。
 これまで関連する企画を行なった公立美術館の展覧会に、高松、榎倉康二、小清水漸、菅木志雄、高山登、原口典之、李禹煥らを集めた「現代美術の動向III 1970年以降の美術」展(東京都美術館、1984)。彼らに加えて、狗巻賢二、吉田克朗、成田克彦、野村仁らを集めた「1970年──物質と知覚 もの派と根源を問う作家たち」展(岐阜県美術館ほか計4館を巡回、1995)があったことを記憶している。今回の催しは、こういった史的な積み重ねを必要としたといえるのかも知れない。
 「もの派」と周辺の作家たちが歴史化されにくかった要因のひとつは、美術館内のモダン展示空間を忌避し、行為を含む、その場だけの一回限りの表現として提示していたことである。したがって作品を保存して美術館に収蔵されるであろうことをまったく考えていなかったことであり、つまりは作品の素材それ自体が残っていないという、オフミュージアムの時代の産物であることである。それを現在の、より洗練されたホワイトキューブの美術館で再現することの難しさである。
 しかし歴史に携わる者としてそのアポリアを引き受けるしかなく、それらを「無かったもの」とするわけにはいかないのであり、本展のこの試みの勇敢さを讃えておきたい。また本展図録に収められた主要な論考についても、大いなる議論が呼び起こされるべきものだと思われる。
李禹煥 《関係項》 野村仁《Tardiology》
左:李禹煥 《関係項》1968、右:野村仁《Tardiology》1968-69
シンポジウム会場風景
シンポジウム「野生の近代:再考─戦後日本美術史」会場風景
 3日間の連続シンポジウムも会場に入りきれなかった人がいるくらいに盛況であったので、そういった戦後‐現代の美術史構築への気運は上向きになっているのではないか。たとえば、「東京府美術館の時代 1926〜1970」展(2005年9月23日〜12月4日、東京都現代美術館)と「構造社展──昭和初期彫刻の鬼才たち」展(2005年9月11日〜10月23日、宇都宮美術館ほか計4館を巡回)とをつなげてみることが可能であろう。また本展と時代的に重なる「アート&テクノロジーの過去と未来」展(2005年10月21日〜12月25日、NTTインターコミュニケーション・センター)との対比、そして何より「李禹煥──余白の芸術」展(2005年9月17日〜12月23日、横浜美術館)の開催といい、日本戦後‐現代美術史の立体的な把握を誘う展覧会が、2005年末に集中したことを強調して、筆を置こうと思う。

[ たかしま なおゆき・美術批評 ]
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