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夏祭りと「A to Z」
暮沢剛巳
YOSHITOMO NARA+graf AtoZチラシ
YOSHITOMO NARA+graf AtoZ
チラシ
 青森の夏の代名詞と言えば、なんといってもねぶた祭りである。武将などを象った巨大なハリボテを載せた山車が市街をゆっくりと練り歩き、その周りを踊り子たちが歓声を上げながら狂喜乱舞する様子は、北国の夏の風物詩として馴染みが深い。この夏祭りには県内各地にさまざまなヴァリエーションがあり、なかでも坂上田村麻呂の出陣に由来する弘前市の「ねぷた」は、凱旋に由来する県都青森市の「ねぶた」や立ち姿の勇壮な五所川原の「立佞武多」とも違った魅力によって、多くの観光客にも広く親しまれている。
 ところが、この時期の弘前は例年であれば「ねぷた」一色に塗りつぶされるはずなのに、この夏はちょっとした異変が起きている。というのも、市街のそこかしこで、「AtoZ」という文字のプリントされたペナントやポスターが目に留まるのだ。この「AtoZ」、正確には「Yoshitomo Nara + graf AtoZ」といい、アーティストの奈良美智とクリエイティブユニットgrafが、この夏市内の吉井酒造煉瓦倉庫を舞台に開催している共同イヴェントの名称で、7月末の開幕以来、市の中心地にほど近い会場は早速多くの観客で賑わいを見せている。

煉瓦倉庫との出会い/奈良、grafの出会い
吉井酒造煉瓦倉庫
YOSHITOMO NARA+graf AtoZの会場となった
吉井酒造煉瓦倉庫、外観
 ところで、このイヴェントが高い関心を集めているのには、主に2つの要因が挙げられるだろう。ひとつは、弘前という首都圏から遠く離れた地方都市で開催されていること、もうひとつは、現代アート界きってのスターアーティストである奈良が、畑違いのgrafとのコラボレーションに取り組んでいることだ。
 まず前者に関しては、やはり奈良が弘前の出身であったことが決定的であった。そもそもは6年前の夏、 この倉庫のオーナーがたまたま画集で見かけた同郷の奈良の作品を気に入って前年の夏に横浜美術館で開催された個展「I DON'T MIND, IF YOU FORGET ME」の巡回を持ちかけ、奈良もこのオファーに乗ったことがきっかけであった。ゆったりとしたボリューム感、煤けた冷気、漆黒の闇……以前からホワイトキューブに強い閉塞感を覚えていた奈良にとって、子供の頃から見慣れていたこの煉瓦倉庫の空間は大いに魅力的なものだったようだ。美術館とは全く異質なこの空間の虜となった奈良は、次いで2005年春には前年の夏に原美術館で開催したドローイング展「YOSHITOMO NARA From the Depth of My Drawer」もここへと巡回、この場所を訪れるたびに、2003年末以来暖めていた「AtoZ」の企画が徐々に像を結ぶようになったのである。
 一方後者に関しては、2003年の夏に大阪で出合ったのがきっかけとのこと。横浜での個展を機に、奈良は展覧会場に作品を飾る小屋を仮設することに大きな関心を抱くようになっていたのだが、grafの作ったさまざまなアイテムは彼の好奇心を大いに刺激し、互いに意気投合したらしい。実は昨年、私は両者を取材したことがあるのだが、そのときも「grafとの作業は文字通りのコラボレーション」(奈良)、「モノ作りということに何ら変わりはない」(豊嶋秀樹[graf])と、両者ともに互いの畑の違いをほとんど意識していなかったことをよく覚えている。大阪の「S.M.L.」展(2003)からスタートした両者のコラボレーションは、その後、東京、台北、ニューヨーク、ロンドンなど内外の諸都市を経巡ってきた。このうちソウルでの展示は、3階建ての小屋を複数の平屋建てに分解した変則的な形態ながら、青森県立美術館の常設コーナーでその展示が再現されているし、昨秋の横浜トリエンナーレにおける柵を用いた展示も記憶に新しいが、弘前の煉瓦倉庫がそのさらなる展開の場に相応しかったことは言うまでもあるまい。
 以上の経緯を踏まえればわかるように、今回の「AtoZ」は、奈良はもちろんgrafにとっても集大成な意味合いを強く持っている。「AtoZ」に賭ける両者の意気込みがいささかも衰えなかったことは、奈良は開幕の1カ月前、grafのメンバーにいたってはその数カ月前からずっと弘前に滞在して準備に専念していたことからもわかるだろう。

倉庫のなかの44の小屋/イヴェントを支えるボランティア・スタッフ
会場風景
三沢小屋
キリンの頭が屋根をつきやぶった!
 では少しばかり、倉庫の中の様子も見てみよう。倉庫はL字型の形状となっていて、当初の予想以上に広いその空間はさながら迷路のようでもある。大小44個の小屋はいずれも廃材の寄せ集めでできたチープなものだが、場末の繁華街と見まごうような景観のなかにあって、その建て付けや配色は中に展示される奈良の作品とのマッチングが強く意識されている。また便宜上AからZまでのアルファベットで区分されている(元々はロンドンの網羅的なガイドマップを意味する「AtoZ」という名称は、実はここにも由来している)とはいえ、多くのドアが取り付けられた小屋に「Doors」のサインが掲げられたり、キリンの首が二階の床を突き破ったり、ちょっとした遊び心か感じられる工夫も少なくない。会場のところどころには、内外のゲストアーティスト(川内倫子、杉戸洋、三沢厚彦、ヤノベケンジ、米田知子、アンクリット・アシャチャリヤーソーポン、スッティー・クッナーウィチャーヤノン、マイ・ホフスタッド・グネス)らの作品も展示されている。途中見覚えのある独特の絵柄を見かけたと思ったら、それはやはりマンガ家の松本大洋と奈良のコラボレーション作品であった。初めて2階部分を使用しているのも今回の展示の大きな特徴で、特に奥の「黒い部屋」は、柱が一本もないだだっ広い空間にビニールシートを敷き詰めて海に見立て、手前には金の舟を、奥には直径3mの《Puff Marshie Hirosaki Version》を三体浮かべているのが圧巻だった。
会場風景 会場風景
会場風景。左:1階/右:2階
会場写真3点、photo: Hisako Hara
 このイヴェントに関しては、地元紙は県立美術館と並んで大きなスペースを割いて報道しており、また市の商店街では奈良がカップをデザインした日本酒など多くの関連グッズが発売されている。また8月初旬のねぷた祭りでも、奈良作品にちなんだ「ならねぷた」が約30点出陣したというから、街を挙げての異例のバックアップ振りがわかろうというものだ。ただ、このように書くといかにも行政主導の肝煎りプロジェクトのように誤解されがちなのだが、この「AtoZ」が実はすべてボランティアによる手作りのイヴェントであることを強調しておかねばなるまい。これは4年前の初個展のときより踏襲されている形式でもあって、以来関わったボランティアは延べ4,600人、その大半は地元の一般市民であり、過去数年間の蓄積は、地域NPO「harappa」の活動にも活かされている。私が取材に当たった当日も、地元のボランティアとともに現場で汗を流しながら作業に勤しむ奈良が、気難しさを感じさせない屈託のない笑顔を浮かべているのが印象的だった。もちろん、この「AtoZ」というイヴェントが実現されるには、さまざまな偶然や弘前ならではの地域性が欠かせなかったに違いない。だがその成功は、条件こそ違え、アートによる地域振興をもくろむ他の地方自治体にとっても大いに参考になるのではないだろうか。
[ くれさわたけみ・美術批評]

YOSHITOMO NARA + graf AtoZ
会期=2006年7月29日(土)〜10月22日(日)
会場=吉井酒造煉瓦倉庫(弘前市吉野町2-1)
開館時間=10:00〜19:00
休館日=月曜日 (7/31は開館)※月曜が祝日の場合は火曜休館
入場料=一般:1,000円/大学生・高校生:700円/中学生・小学生:300円
※小・中学校の学校行事団体観覧は無料(事前予約が必要)
主催=AtoZ 実行委員会(弘前市吉野町2-1) tel. 0172-40-3018/fax. 0172-40-3019/e-mail. a_z@harappa-h.org
URL=http://harappa-h.org/AtoZ/

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