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上昇気流のアートマーケットと日本の立ち位置
白坂ゆり
 現在、コンテンポラリー・アートのトップクラスのメジャーなアートフェアといえば、ニューヨークのアーモリー・ショウ(1999- )、ロンドンのフリーズ・アートフェア(2003- )、スイスのアート・バーゼル(1969- )と、そのシスターイベントであるアート・バーゼル・マイアミ・ビーチ(2002- )が挙げられる。歴史の長いアート・バーゼルには、3倍近い応募のなかから審査を通過した30カ国約300の選りすぐりのギャラリーが出展する。なおかつ今年出展したからといって来年出展できるとは限らない。その規模や集客力、売上高、質などからアートフェアの頂点といわれる。
 今年6月13〜17日に開催された「Art 38 Basel」は、ヴェネツィア・ビエンナーレやドクメンタの影響もあって約6万人を動員し、売上額は約500億ドル(1ドル=120円で約600億円)と推定されている。例年はアメリカ人コレクターやディーラーが多いが、今年はドル安で、ヨーロッパや中国・韓国からが多かったそうだ。プライベートジェットで乗り付ける富裕層もさらに増えている。アートマーケットの景気は誰に尋ねても本当に上向きだ。
 メッセ(国際見本市会場)では、1階のグランドフロアーにニューヨークのガゴシアンなど大手・老舗のギャラリー、2階のファーストフロアーに日本のギャラリーを含むエッジの効いたギャラリーが並ぶ。今回はメッセにSCAI THE BATHHOUSE、小山登美夫ギャラリー、ギャラリー小柳、SHUGOARTSが出展した。また、若いギャラリーが中心のサテライトフェアも同時期に複数行なわれており、「LISTE 07」に山本現代、HIROMI YOSHII、magical,ARTROOM、「VOLTA show 03」にTARO NASU、初の「SCOPE Basel」にTakefloorと、日本のギャラリーの出展も増え、どこもよく売れ、好評だったと聞く。
 筆者は残念ながら未見であるが、最近のアートフェアの特に日本の動向について、取材をもとにまとめることになった。そこで90年代半ばからアートフェアを経験している小山登美夫氏と山本現代の山本ゆうこ氏(レントゲンクンストラウムやSCAI THE BATHHOUSEのスタッフ時代に参加。2004年に独立以後は初出展)にここ10年における変化をもとに、「アートフェア東京」の辛美沙エグゼクティブ・ディレクターには全体の印象と今後の「アートフェア東京」の方向性について尋ねた。
Art 38 Basel 会場 Art 38 Basel 会場
左:「Art 38 Basel」会場
右:「Art 38 Basel」会場、左手はアニッシュ・カプーア作品
ともに©ART FAIR TOKYO
若手アーティストへの反響
 「今回のバーゼルでは、ウォーホルの価格が高騰しましたね。新しいコレクターが増えて(美術の知識を蓄積するには時間がかかるので)有名な作家から売れたためです」と小山氏。日本のギャラリーでは、杉本博司(ギャラリー小柳)が安定した強さを見せ、李禹煥(SCAI THE BATHHOUSE)が開始10分で完売したというこれまでになかった動向を見せた。ヴェネツィア・ビエンナーレ出品者であった藤本由紀夫や米田知子(ともにSHUGOARTS)にも注目が集まり、大作を展示した名和晃平(SCAI THE BATHHOUSE)、田幡浩一や佐藤允(ギャラリー小柳)、池田光弘(SHUGOARTS)など若手作家も人気だったと聞く。小山登美夫ギャラリーでは、奈良美智+grafの展示のほか、蜷川実花、青島千穂、川島秀明、山本桂輔、大野智史などに反響があった。山本現代でも宇川直宏、大竹司、児嶋サコ、田中圭介、西尾康之、冨谷悦子、村山留里子という若手7人で見せ、全員反応が良く8割方売れた。どこのギャラリーも、特定の作家が突出するというよりも、ギャラリー全体のテイストとしてまんべんなく関心を持たれていたようだ。
 アートフェアは作品の売買だけでなく、どんなアーティストのどんな作品がどう注目されているのかホットな情報を得る場所である。つまり、ギャラリーがフェアに出展するメリットは、その場に留まらず、帰国後もやりとりが続いて作品が売れたり、展覧会につながったりすることだ。
 「若手なので価格は低いですが、10年前と比べて、大御所の作家に頼らなくても若手を直接押し出せるようになったのが大きな違いだと思います。村上隆さんが切り開いてくれた影響も大きいのではないでしょうか」と山本氏。
 小山氏は「世界的にマーケットが強く、日本がどうというよりも、アフリカ、アジア、南米など、どの国の作家も注目されています。僕は村上隆や奈良美智の作品を出品した当初から、気に入ってくれる人が、ドイツに1人、アメリカに1人という具合にローカルなネットワークができ、そこから徐々に広まり、世界規模のマーケットができると思ってやってきました。今回のバーゼルにも、デンマークのコレクターがバスで大勢やってきて友人を連れてきてくれたりして。アートフェアとはショウケースであって、実物を見せて作家の質を示すことができる。その質を見てくれているからこそ、インターネットでも取引できるんです。日本のアーティストの技術的な質は本当に高いと思います。これも60年代からギャラリーという場を試行錯誤しながらつくってきた先輩たちのおかげだと思いますよ」と語る。
小山登美夫ギャラリー 小山登美夫ギャラリー
「Art 38 Basel」内の小山登美夫ギャラリーブース
©TOMIO KOYAMA GALLERY
LISTE 07 山本現代ブース左:旧工場を使った「LISTE 07」会場
右:「LISTE 07」会場内、山本現代ブース
©YAMAMOTO GENDAI
中国人アーティストの躍進の傍らで
 「中国のアートマーケットが高騰したために、東アジア全体が注目されるようになったともいえます。中国では、人気のアーティストは巨大なスタジオに大勢のアシスタントを雇って制作している。ギャラリーシステムがないので、作家が値段を設定して直接スタジオから売る場合も多く、投資目的でオークションで買う人も多い。比べて日本のアーティストの価格は(国内標準が低いため)はるかに安く、しかも質は高いというので、日本の作品を購入する韓国や中国のコレクターも出てきています」と辛氏は語る。中国や韓国では、経済だけでなく文化が強くないと世界情勢においてリーダーシップは取れないという観点から、国策としてのバックアップがある。韓国では作品売買に課税がなく、法律が流通を後押ししているという。
 また、香港にクリスティーズやサザビーズなどのオークションハウスが進出し、中国人や韓国人、日本人のプライマリー・マーケット(ギャラリーで新作を発表し、ギャラリストが付けた値段で売買される第一次マーケット)の作家をオークションで売り出すという新しい動きも起こっている。元来オークションとはセカンダリー(一度人手に渡った作品を流通させる二次的なマーケット)を扱うもので、その作家の作品がある程度市場に満ちている状況を指していた。こうした急激な変化のなかで歪みが起こらないよう、小山ギャラリーでは北京の作家リィウ・イエを、NYとケルンのギャラリーと共同でマネジメントし、展覧会で作家の変化も見せながら公正なマーケットをつくろうとしている。
 また、日本の作家の価格が低いと作品が国外にどんどん流出してしまうため、徐々に国際標準と並ぶように価格を適正に上げていきたいという。山本現代では、初個展では底値にし、海外に出たら価格をゆるやかに上げ、結果的に最初に購入したコレクターが誇りに思える方向に持っていきたいと考えている。日本の美術館にもぜひ初期から購入してほしいところだ。

アートフェア東京はなにをめざすべきか
 バーゼルでは、欧米の美術館館長は常にボードメンバーを引き連れて来るが、今年は日本から初視察の美術関係者も増えた様子。来年4月に3回目を迎えるアートフェア東京へと思いは巡る。辛氏は「ドバイや北京、ソウルなどのアートフェアでは、その国の一番ホットな情報が知りたいのに、国際性をアピールしようとどこでも同じようなメンバーが同じものを売っていると感じました。特にドバイは、地元作家を扱うサテライトフェアの方が面白くて。アートフェア東京ではやはりまずは日本の状況を見せて特色を出したい。その次にアジアという視点に広げたいと考えています」と語る。
 現代美術だけだったNICAFと違い、アートフェア東京では、古美術、洋画、日本画、現代美術の画廊とで連携を図っている。古美術、洋画、日本画には国内にすでにマーケットが築かれているが、さらに洋画、日本画の若い世代の画商は現存する作家をどう押し出していくか模索しており、ジャンルを越えて情報交換もできる。また、山本現代が昨年マーケット向きとはいえない榎忠を出品したように、コンサバティブなわけでもない。「古い茶碗とコンテンポラリーを同時に集めるような趣向は日本の大きな特長です。古美術から現代アートまでという幅広いジャンルのフェアは、日本人の雑食的な好奇心やそれが混在するライフスタイルと合っていると思います」と辛氏。
 日本の美術館の企画展は観客動員数が世界トップクラスで、美術が好きな人が多い。しかし、美術を買うことに慣れていないのが現状だ。そこで、コレクターのオープンハウスがあればお手本になりそうだ。「例えばアート・バーゼル・マイアミ・ビーチで、ローザ・デ・ラ・クルーズは、シンプルな邸宅に同じキューバ出身のフェリックス・ゴンザレス=トレスの大きな作品や南米の若い作家の作品を飾っていて、筋の通った精神性を感じました。アメリカのような若い国では、社会的地位を獲得するためにアートを購入します。最初の動機はモテるためでもなんでもいい。次のステップとして軸を探していくといいと思います」(辛)。
 バーゼル・アート・フェアは、2000年に総合ディレクターに就任した若いサム・ケラーによって、時代や表現の動きに応じた変革が行なわれてきた。トークやディスカッションを行なう「アート・カンバセーション」や映像作品を上映する「アートフィルム」などの関連プログラムも充実。メイン会場の隣の建物ではインスタレーションや映像などの大作を展示する「アート・アンリミテッド」、屋外展示「パブリック・アート・プロジェクト」、地元の美術館でのイベント、コレクターのオープンハウスなど、コンベンションセンターに留まらない、街全体を巻き込む一大カルチャーイベントとなっている。来年からケイ・ソフィー・ラビノヴィッツら3人の共同ディレクターに交替し、またどう変わるだろうか。アートフェア東京でも、プログラムの充実と美術館やギャラリーとの連携を組み、街へ広げることを計画している。ただし、バーゼル型を単に踏襲するのではない。日本の才能を自国で支えられる経済的基盤を築くためにも、多様な人々が楽しめる、日本ならではのマーケットづくりが進められている。
アートフェア東京2006 アートフェア東京2006
「アートフェア東京2007」会場風景
©ART FAIR TOKYO
■参考
アート38 バーゼルについてのレポート
アートフェア東京ブログ「アートカフェ」
小山登美夫ギャラリー・ブログ
[ しらさかゆり・美術ライター]
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