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フォーカス
現代美術の伴走者
暮沢剛巳
 この1月に開館した国立新美術館は企画展と団体展のための会場として建てられた美術館である。大型の作品展示や団体展での「二段掛け」を想定しているのだろう、とにかく会場のサイズが半端ではなく、柱が一切ない企画展示室の空間は縦58メートル、横33メートル、高さ8メートルにも達する。この展示室を初めて観たとき、この空間が隅々まで埋め尽くされる展示が実現したらさぞ壮観だろうと思ったものだが、滅多にあるまいとたかをくくっていたその機会が予想外に早く訪れた。同館初の自主企画である安齊重男展である。
会場風景 会場風景
会場風景
©ANZAΪ/©The National Art Center, Tokyo
アート・フォト+フォト・アーカイヴ
 安齊重男は、「現代美術の伴走者」を自認する写真家である。本格的に写真に手を染めた70年代初頭から30年以上の長きにわたって、内外の現代美術の最先端の現場に立ち会っては、その様子をカメラに収めてきた。今回展示されている写真は約2,900枚にも達するが、それとてキャリアのごく一部に過ぎず、今までに撮影した写真の総数は当の安齊本人も正確に把握していないという。しかもその写真の多くは、誰に頼まれるでもなく、安齊自らの意志で現場へと出向き、作家や作品と直に接したうえで撮影されたものだ。かくいう私自身、この10年来各地のオープニングや取材先で幾度となく安齊の姿を見かけたし、多くの作家や関係者が安齊に対する信頼や尊敬の念を語るのを耳にしてきた。そうした安齊の本質は、「私・写・録」という展覧会タイトルになにより如実に現われているだろう。安齊の写真は彼個人の現代美術への強い関心が投影されたアート・フォトであると同時に、ドキュメントとしても価値の高いフォト・アーカイヴともなっているのである。
ヨーゼフ・ボイス
安齊重男 Shigeo ANZAÏ
クリスト、第10回日本国際美術展〈人間と物質〉、東京都美術館、1970年5月
Christo, The 10th Tokyo Biennale '70, Tokyo Metropolitan Art Museum, May 1970.
©ANZAÏ
 「1970-2006」というサブタイトルの通り、本展は安齊が写真を撮り始めた70年から現在に至るまでの歩みを、他の意図をさしはさむことなくクロノロジーに忠実に構成したものである。若い頃は画家を志し、絵画の個展を開いた経験もあった安齊が30歳前後の頃に写真に転じたのは、もの派の中心作家・李禹煥の勧めが転機だったという。本展の順路の冒頭には「第10回日本国際美術展〈人間と物質〉」の記録写真が設置されていて、安齊の写真家としてのキャリアが、今や神話化されたこの展覧会の衝撃とともに始まったことが確かめられる。自分と同世代の作家たちが担ったもの派の台頭に強く感化された安齊にとって、時間の経過とともに失われてしまうインスタレーション作品の記録を残すことには、自らの創作にも取って代わるだけの魅力があったのに違いない。
 こうして、写真家としての本格的な活動を開始した安齊は、その後内外のさまざまな現代美術の現場へと足を運び、作家のポートレートや作品の記録をカメラに収めていく。物故作家のポートレートやすでに失われてしまった作品写真はそれ自体記録として貴重だし、また脇のキャプションを一瞥すると、年度ごとの代表的な展覧会や出来事をことごとくキャッチアップしていることがよくわかる。イサム・ノグチ、ヨゼフ・ボイス、ナム・ジュン・パイク、草間彌生、村上隆といった豪華な顔触れはそのほんの一端だ。安齊のアート・ドキュメンタリストとしての真骨頂は、この軽やかなフットワークやジャーナリスティックな網羅性にも現われているだろう。
ヨーゼフ・ボイス 草間彌生
左:安齊重男 Shigeo ANZAÏ
ヨーゼフ・ボイス、朝日講堂、東京、1984年5月30日
Joseph Beuys, Asahi Kodo, Tokyo, May 30, 1984. ©ANZAÏ

右:安齊重男 Shigeo ANZAÏ
草間彌生、原美術館、東京、1992年10月16日
Yayoi Kusama, Hara Museum of Contemporary Art, Tokyo, October 16, 1992. ©ANZAÏ
記録に徹する姿勢
 ところで、安齊を写真へと導いた李は、「一見余計とも思われるほど大きな空間に、被写体を自由に泳がせ、もろもろの要素と自由に関わらせて、画面全体をして、被写体ではなく世界を語らしめている」とその本質を指摘している。確かに、安齊の撮る作家や作品の写真はクローズアップが極端に少なく、また物語的な演出も極力排除されている。元々は自分も作家だったこともあって、作家の意向を尊重している様子が窺えるし、額装もされずにピンで壁に留めただけの素っ気ない展示も、いかにも作品の雰囲気に似つかわしい。ここで、本展タイトルに再度注目してみたい。本展企画者の平井章一は、「私・写・録」というタイトルに「パーソナル・フォト・アーカイブス」というルビを当てている。これは、安齊個人の現代美術への強い関心と同時に、主役はあくまで作家や作品であって、自らは「伴奏者」として記録に徹するという確固たる姿勢を的確に読み取ったものと言えよう。この耳慣れない言葉から語感の似た「私写真」を連想した読者もいるかもしれないが、「私・写・録」の本質は、「公」と「私」の区別を前提としたプライヴェート・フォトのそれとはまったく異なるものなのである。
 ちなみに、私事で恐縮だが、私は2003年の越後妻有トリエンナーレで写真を撮影していた安齊の姿が強く印象に残っている。このとき、安齊は主催者の依頼で公式ドキュメントの撮影に当たっていたと記憶しているが、多くの作品をカメラに収めようとせわしなく会場を飛び回っていたその様子は、およそ仕事としての義務感とは無縁の溌剌としたものだった。とりわけ、ボルタンスキーのインスタレーションの素晴らしさを興奮して説明するその語り口は、無垢なアートファンそのものだった。
 なお本展会期中には、「で、思い出すままに現代美術」と題する企画が組まれ、「ヨーロッパへ」「日本の現代美術と海外」など計7回の連続アーティスト・トークが実施されたのだが、長年にわたって現代美術の現場に接してきた安齊のこと、まだまだ話題は尽きないだろう。本展の成果はすでに充実したカタログに収められているが、次の世代に貴重な記録を伝えるためにも、近い将来には安齊の仕事の全貌を俯瞰しうるより詳細な作品集の出版が実現してほしいものである。
[ くれさわたけみ・美術評論]
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