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個性的なホワイト・キューブが集まる十和田市現代美術館
五十嵐太郎
受け継ぎながら変えていく力
十和田市現代美術館
十和田市現代美術館
十和田市現代美術館、外観
 西沢立衛が設計した十和田市現代美術館を訪れて、最初に驚かされるのは、アートが外から丸見えになっていることだ。もちろん、9.11のテロリストを意識した椿昇の赤い蟻《aTTA》や、チェ・ジョンファの《フラワー・ホース》のように、屋外に設置された作品がある。これらは前面にまったく塀がないので、道路の反対側からもよく見えるのだ。だが、屋内の常設展示も、官庁街通りに対して大きなガラスの開口を持つために、ショールームの自動車、あるいはショーウインドー越しの商品のように可視性が高い。アナ・ラウラ・アラエズの《光の橋》など、入場料を払わなくても、ある程度の作品は見えてしまう。室内とはいえ、ほとんど屋外展示の感覚に近い。なるほど、SANNAの金沢21世紀美術館も見通しのいい建築だった。しかし、これに比べると、展示室を囲むリング状の外周の空間が緩衝帯になっていたし、塀はなくとも、美術館のまわりの外構が広いので、それなりに距離感がある。十和田の街に対してむきだしのアートは、未曾有の経験だった。
 十和田市現代美術館は、プロポーザルのコンペによって設計者が選ばれたのだが、筆者はその審査員の一人だった。いわゆる大御所の建築家は指名せず、勝利した西沢のほか、次点となったアトリエ・ワン、藤本壮介、ヨコミゾマコト、乾久美子らが参加しており、誰が選ばれても、期待の若手建築家の公共施設が誕生するという興味深いプログラムである。企画サイドのナンジョウアンドアソシエイツの意気込みもうかがえる。実際、コンペでは、市松模様のように立体的に展示室を積むアトリエ・ワン、門型のフレームが連なる藤本、各フロアごとに方向性をずらす直方体のヨコミゾ、開口のパターンを変化させることで繊細な光の状態をつくる乾という風に、注目すべき提案が寄せられた。審査のとき、新鮮な建築の形式を発明した藤本案にも大きな関心をもったが、やはり大小の箱を散りばめた西沢案は圧倒的にバランスが良く、しかもフレキシブルである。そして完成した美術館を見て、西沢の案を選んだことは正解だったと思った。
 なぜか。新しい展示空間を求める現代美術の動向と、神殿としてのミュージアムを忌避し、都市に対する開放的な空間を求める現代建築の流れが、ここで見事に融合しているからだ。21世紀初頭という時代の必然性が刻印されている。コンペ案と比べると、いくつかの変更点はある。二階をつなぐ空中の廊下が増えたり、複数の作家の展示を行なう部屋を廃止したことなどだ。作品に応じた個々の箱をつくるために、建築家とアーティストのあいだでは、ヴォリュームや開口を検討したり、構造を補強するなど、さまざまなやりとりと調整もあったという。もっとも、大きさの違う箱の集合体という形式はそのままなので、さほど気にならない。融通性をもちながら、それだけ同一性を維持できる強い形式なのだ。同じ分棟ではあるが、むしろ相互のヴォリュームの近接が路地的な空間を生む西沢の森山邸に比べると、十和田市現代美術館ではガラスによる透明な通路が大小の箱をつなぐところに新しい展開が認められる。
椿昇《aTTA》 チェ・ジョンファ《フラワー・ホース》
施設内より屋外展示作品を望む
左:椿昇《aTTA》/右:チェ・ジョンファ《フラワー・ホース》
第四世代の美術館
 オープン直後のゴールデンウィークは、たいへんな盛況だったらしい。期間中に訪れた人によると、入場待ちの行列が発生しただけではなく、館内でも各展示室を見るために並び、ガラスの回廊にぎっしりと人が詰まっていたという。決してアクセスがいいとは言えない地方の都市における現代美術の展示施設に、これだけの集客があったのは驚くべきことだ。金沢21世紀美術館のオープン後を思わせる状況である。ところで、アートフェア東京2008において、筆者は川俣正と石上純也を迎え、現代の建築とアートの関係を議論するトークイヴェントを行なった。最初に筆者が、青木淳による青森県立美術館や山本理顕による横須賀美術館、そして十和田市現代美術館など、最近の動向をレヴューした後、川俣氏は、明快に美術館建築はアートを変えないと断言した。しかし、美術館はそこに訪れる人々の気持ちのありように大きな影響を与えるという。これに付言するならば、住民や意識や都市の空間にも波及効果を及ぼすはずだ。官庁街通りでは、引き続き、空き地にいくつかの屋外作品を設置し、全体を野外芸術文化ゾーンとして再編成していく。その際、十和田市美術館は都市のアートセンターとして機能するだろう。
 ところで、磯崎新は、美術館の歴史を3段階に分類している。第一世代は、祭壇画や彫像を台座ごと持ち込む、近世のコレクション(ルーブル美術館など)。第二世代は、作品の交換可能な場として均質な空間=ホワイト・キューブをもつ、近代の美術館(MoMAなど)。そして第三世代は、サイトスペシフィックな美術の登場に対応した、現代の美術館である。例えば、磯崎新の奈義町現代美術館では、ガンダムのスペースコロニーのように、円筒の空間の内側に荒川修作の庭が展開していた。一方、十和田市現代美術館は、極端なかたちがなく、シンプルな直方体の集合である。ただし、直方体のプロポーションや開口の位置によって、それぞれのホワイト・キューブがアートと固有の関係性を結ぶ。マイケル・リンがカフェの床に描いた花柄のパターンや、ジム・ランビーがエントランスホールの床にはったカラフルなテープは、カーペットのようだ。つまり、アートがインテリアとしても機能し、総合芸術としての空間になっている。また高橋匡太の夜間のライトアップは、光と色による外壁の衣替えを行なう。すなわち、西沢が設計した都市に開かれたアートの家の集まりは、第四世代の美術館といえるかもしれない。
カフェ エントランスホール
十和田市現代美術館、外観
左:カフェ、ショップを含む休憩スペース(写真手前)/右:エントランスホール(写真手前右)
写真すべて提供=西沢立衛建築設計事務所
いがらしたろう・建築史/建築批評]
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