美術批評家・椹木野衣の処女作。といっても、厳密には書き下ろしではなく、その多くは1980年代に『美術手帖』誌上で発表された論考に加筆訂正が施されたもの。「浅田彰氏がかつて『逃走論』において「逃げろ」と書いたように、僕は本書において「盗め」と書こう」という挑発的なあとがきそのままに、80年代の現代美術をシミュレーショニズムに依拠する「盗用芸術」の系譜として大胆に再構成し、サンプリング/カット・アップ/リミックスという三つのキーワードは、そのスピーディで饒舌な文体の効果と合わせて、同書の議論に十全な説得力を与えた。「シミュラクルのデジャ・ヴュをある種のユートピアへと向けて、ただしあくまで唯物論的に提示すること」と執筆の意図を語る著者の視線は、資本主義の文化矛盾を徹底して見据えている。『オクトーバー』的なポストモダニズム理論の日本版プロパガンダでもあり、80年代後半の記録でもあった同書は、著者と同世代の若手作家への強力な理論的援護射撃を果たし、増刷を重ねて、美術の批評集としては異例のポピュラリティを獲得した。この1冊により、椹木は90年代を代表する美術批評家としての確固たるポジションを築いたが、その傑出した存在感は、長らく他の若手批評家が台頭してこない美術ジャーナリズムの貧困を裏返しに物語っている。
(暮沢剛巳)
●椹木野衣『シミュレーショニズム』(洋泉社、1991/河出文庫、1994)
関連URL
●河出書房新社 http://www.kawade.co.jp/
●美術出版社 http://www.so-net.ne.jp/dezagen/
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