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マヴォ

Mavo
更新日
2024年03月11日

大正期新興美術運動における代表的な美術団体。1923年6月、東京帝国大学を中退しドイツに遊学して帰国した村山知義を中心に、旧未来派美術協会の柳瀬正夢、尾形亀之助、大浦周蔵、門脇晋郎らが集って結成された。23年7月に浅草伝法院でマヴォ第1回展を開催。同展パンフレットに掲載された「マヴォの宣言」において、「私たちは尖端に立つてゐる。そして永久に尖端に立つであらう。私たちは縛られてゐない。私たちは過激だ。私たちは革命する」と述べた。さまざまな展示活動や示威行動のほか、斬新なデザインや版画を収めた雑誌『マヴォ』(24年7月から25年8月、全7号)を発行したことで知られる。後に「のらくろ二等兵」の田河水泡として有名になる高見沢路直も参加していた。25年9月にマヴォの過激派である岡田龍夫らが三科展の会場にて騒動を起こし、三科は解散。それに伴ってマヴォも休止した。

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参考文献

『大正期新興美術運動の研究 改訂版』,五十殿利治,スカイドア,1998
『大正期新興美術資料集成』,五十殿利治他編,国書刊行会,2006