2022年12月01日号
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2010年01月15日号のバックナンバー

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フォーカス

シグマー・ポルケ《グロスミュンスター大聖堂のステンドグラス》

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[2010年01月15日号(木村浩之)]

 ボッティチェルリの「春」(1477)もニーチェによる神の死亡宣告(1885)も、精神生活・芸術と神を切離そうとする歴代の試みはどれも成功せず、それまでの長い歴史と同様に芸術と宗教は表裏一体の関係のままであり、芸術のなかで『神』は存在感を失うことなく台頭しつづけてきた。それはデュシャンの《泉》(1917)を待ってやっと達成されることとなる。  それも束の間、ベルリンの壁崩壊以降、芸術と宗教は再び急接近しつつあるように思われる。その潮流の背景を考えてみたい。

アジアと建築ビエンナーレを考える

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[2010年01月15日号(五十嵐太郎)]

 2010年は秋に第12回ヴェネツィア・ビエンナーレ建築展の開催が控えている。すでに総合ディレクターには妹島和世が就任しており、日本人初、そして女性初の起用として注目を集めている。筆者は今回、日本と台湾にてコミッショナーの審査員をつとめた。また、先日、深セン・香港都市/建築ビエンナーレを訪問した。それら体験をもとに、半年後のヴェネツィアについて考えてみたい。

キュレーターズノート

ヨコハマ国際映像祭のレビュー記事

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[2010年01月15日号(住友文彦)]

 ヨコハマ国際映像祭の仕事で、前回の寄稿以降はほとんど展覧会を見に行っていない。そのため展覧会レビューを書くことはできないのだが、むしろ他の人が書いた展覧会レビューは丁寧に見たので、レビューのレビューのようなことを試みることにした。すでに発表されているものと未発表だが原稿が事前に届いているものから、それなりの数の人の目に触れると思われる紙媒体でまとまった分量のものを対象に書いてみる。順番は掲載時期にしたがうものとする。

ネットワークをカタチに──秋冬・青森のアートシーン:「ラブラブショー」&「文化芸術による創造のまちあおもりプロジェクト」

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[2010年01月15日号(日沼禎子)]

 2008年4月に開館した十和田市現代美術館は、2009年9月までに常設および企画展の累計入場者数が30万人を突破したそうだ。空き地が目立つ官公庁街の全体を美術館に見立てることで魅力的な景観を作り出し、新たなにぎわいを創出させる手法が見事に人々の心をとらえたのだろう。美術館のスタッフの談によると、なによりも「敷居の低さ」がこの美術館の大きな特徴だというが、もちろん表面上には見えてこないさまざまな尽力の賜物であるし、ここ数年来、青森県立美術館、国際芸術センター青森(青森公立大学)をはじめとする新しい公共の文化施設の設立や、アートNPOなどの活動との相乗効果もある。特に今年の12月の東北新幹線新青森駅開業へ向けた周知活動に公民一体となって熱を入れていることもあり、「青森といえば〈りんご〉と〈ねぶた祭り〉」にプラスして〈アート〉という新しい産業の可能性をも期待させる。

坂口恭平「熊本0円ハウス」/岡田裕子「翳りゆく部屋」

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[2010年01月15日号(坂本顕子)]

 国と都がホームレス対策として開設した公設派遣村が閉村し、行き場を失った人々は用意されたカプセルホテルに移動したというニュースを見ながらこの原稿を書いている。1年前のデジャヴュのような光景が、新年になっても変わらず続いている。早いもので、すでに昨年末のことになるが、路上生活者や、人が生きる場所としての「家」のありようについて問うた、二つの展覧会について書いてみたいと思う。

アート・アーカイブ探求

草間彌生《かぼちゃ》──一つの無限「斎藤 環」

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[2010年01月15日号(影山幸一)]

〈歴史〉の未来

第4回:ミシェル・フーコー『知の考古学』を読む──アルシーヴの環境的転回?

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[2010年01月15日号(濱野智史)]

 昨年末、筆者は2つのイベントに参加する機会をもった。池田剛介・黒瀬陽平・千葉雅也の三氏とのシンポジウム「歴史=物語(イストワール)の現在──情報・芸術・キャラクター」と、国立国会図書館館長の長尾真氏とのトークイベント「d-laboセミナー:これからの知──情報環境は人と知の関わりを変えるか」の2つである。いずれも「〈歴史〉の未来」や「アーカイヴ」といった本連載のテーマに関わる、興味深い議論が展開された。連載4回目となる本稿では、その内容をもとに論考を進めて行くことにしたい。

ボーン・デジタルの情報学

第3回:電子ジャーナルの時代

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[2010年01月15日号(大向一輝)]

 前回は、学術文献がどのような仕組みによって流通し、それが電子化・ネットワーク化によってどのように変化したかについて述べた。そこでは、タイトルや著者名、所蔵場所といった「何が存在するのか」「どこに存在するのか」に関する情報がデジタル化されただけにとどまっており、文献自体が電子化されたわけではない。それでは学術文献そのものの電子化はどのようにして行なわれたのか、今回は、学術知がつくられるプロセスに注目していきたい。

artscapeレビュー

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