Dialogue Tour 2010

第5回:かじこ出航までのこと/これからのこと@遊戯室[ディスカッション]

三宅航太郎/蛇谷りえ/小森真樹/中崎透2011年01月15日号

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ゲストハウスがもつパブリック性

三宅──現代美術のセルフサービス感みたいなものがあるじゃないですか。それはゲストハウスでの、どうしていいかよくわからないみたいな状況と似ていることに、管理人をしながら気がつきました。ゲストハウスでうまく振る舞える人とそうでもない人がいて、たとえば自主的にキッチンを使う人と使わない人がいるし、客っぽくなるか自分の家のようにダラっとなるかとか、過ごし方もすごく違っておもしろかった。僕らも途中で気持ちが変わっていって、結局、かじこはお客さんが生活する場だったなと思っています。アートも振る舞いのきっかけに過ぎなくて、作品は、フックというか、家にインストールしてある機能のひとつ。それを前面に押し出したいわけでもない。だから「あれ、あんなところにあっていいんですか」みたいなことも言われました。

中崎──だって西野君の映像作品があったけど、僕は見ないで帰ったからね(笑)。

三宅──全部見ようとしないで帰る人もいたし、そういう気にさせないのは、それはよかったかなと思っています。芸術祭のように、スタンプを押して全部見ないといけない気持ちになって、島を楽しめていないみたいなことがかじこではあまり起きていなかった。逆にアート好きな人が一個一個コンプリートしていくこともあったけど、強制感はなかったです。

中崎──ゲストハウスに来たときの振る舞いは、来る人の性質だけじゃなくて、たぶんかじこの人たちとの関係も大きかったりするよね。見る作法がわからないという以上に、その作品とか作家を知っていたらおもしろく見えたりするというように、対象との関係によって振る舞いが変わっていく。

三宅──来るお客さんによって全然違うんです。全然わからなそうな人がいたら暖まるまでいて、逃げるとか、話が始まって楽しそうになってきたら作業に戻るとか、そういう小さな演出みたいなことは意識してやっていました。

蛇谷──2,600円は「滞在費」だけど、それを「かじこの参加費」として考えるようにすると、かじこで開催されるイベントに積極的に参加する人もいれば、ひとりで散歩に行きたい人もいてかじこでの滞在の仕方は自由でした。別に「かじこ=イベント」じゃないから、私は端っこにいるのが好きっていう人にはそれもよしとするような空気は出していました。する/しないのどちらかではなくて、物事の関与の仕方にもバリエーションを用意しました。

三宅──みんなでワイワイしましょうみたいなのを強制はしなかったですね。

小森──大きなイベントだとスペースを使うからみんな参加しないといけないみたいな空気になるんだけど、屋根裏の図書室に逃げられるようにするとか、別の部屋に行ってもいいということを最初にちょっと言うとか、それぞれの人が自由に決めてほしいなというのは3人とも意識していた気がします。でも、ゲストハウスがそもそもどういう場所かが伝わっていなかったから準備している人がそんなにいなくて、そういう意味でインストラクションがもう少しあってもよかったかなと思います。でも即興的にできる人は、ゲストハウスの空気を理解してできてしまう。事前に知らなくても、「え、料理していいの? じゃ、やろうかな」とか。


イベント終了後、就寝前に思い思いの時間を過ごす滞在者

“普通”のことをやっただけ?

中崎──作品かどうかという話があったけど、かじこが作品だとすると、どういう価値を持った作品なんだろうと思いました。少なくとも物件がビジュアライズされた作品ではないけれど、3人のパフォーマンス的/劇場的とも呼べるような、普通のゲストハウスの運営とは違う微妙なコミュニケーションのあり方だとか、美術作品を見る場所だったり銭湯だったりおいしい御飯屋さんがあって、街自体がひとつの作品になるための拠点だとか、いくつかの語り口があると思います。説明してしまうとつまらなくなるんだけど、仮にかじこが美術作品だとしたらどのようにとらえられると思いますか。

小森──僕はそれを言葉にしたがるんだけど、今日はそういう構造的/批評的なことは言わないようにしようと思っています。ただ、僕個人のスケジュールの事情で運営には携われなかったこともあって、ふたりが運営しながら方針をどんどん好みで変えているのを見ていて、途中からかじこは「いいね!」によるアートディレクションだと位置づけるようになりました。作品と呼ぶとすれば、構造だけじゃなくて現場も含めて全体でとらえています。最初のシステム設計にかかわって、あとは観察者をしていたので、いろいろ思うところはあるんだけど、こういう作品でしたとまとめたくないと思っていて、いまの段階では批評言語を与えたくない。ドキュメントするときになったら思いきりやりたいなとは思います。

三宅──ソフトの演出だったり、だれがどう過ごしてもいいとかいうのは、結構あたりまえだと思います。同じくゲストハウスをやっている人でも、いわゆるサービスの質とか機能を考えたときに、街でやって、泊まる場所以外にお金が落ちるようにするとかもあたりまえ。僕らはアートの人の流れのなかに場をつくって、イベントをすると安くなるとか、ちょっとだけウェブを充実させることくらいしかしてなくて、アート業界から語られるとちょっと特異なことかもしれないけど、案外“普通”じゃないかと思っています。ただ興味のあることをアーティストと研究者がしたというだけであって。こう言うとつまらないし、おかしいけど、“普通”だったなって思うんですよ。本当に狭い世界を生きていて、いわゆるオルタナティブスペースに来る人っていうのも世間全体の総数からするとすごく限られているし、そこのなかで語られているとそれっぽく聞こえてくるかもしれないけど、俯瞰して見たらそれがどうしたのって話かもしれないし、ただ3カ月半ちょっと運営できただけっていう気もしています。

蛇谷──“普通”って言うけど、ゲストハウスを運営している人がかじこに来たら、「営利目的ではこんなに開放できないよ」と聞いたのもあって、私はけっして“普通”ではないと思っています。8人以上お客さんが来て人が溢れたから管理人がどこかに行くとか、出入り自由とか、昼間になったらオープンスペースになって誰でも入れるとか、こんなに公に開放しながら無責任が沢山あるのに成立しているのは、やっぱりただお金を介入させて運営するだけではないなにかが含まれている。それはなにかよくわからないけど、信頼感みたいなものがあって、こんな20歳くらいの子どもみたいなのが管理人ですとか言っても成立している状況は“普通”ではないと思う。やり方は“普通”なのかもしれないけど。それに今回はウェブを存分に活用していたけど、Twitterを使って急遽イベント告知をするときの気軽さが良かった。その即席具合はたぶん“普通”ではない、かじこならではの絶妙なゆるさだった。

中崎──今回のartscapeの企画で関わっているスペースにわりとそういう傾向があるのかもしれないけど、こうしたスペースは、いわゆる作品を売るコマーシャルギャラリーやレンタルギャラリーとは違ってお金にはなっていない。収入源が別にあったりとか事情はまちまちなんだけど、経済を運営の仕組みの中心に据えないことで、捻れたことができる状況があるのは薄々感じています。遊戯室も自腹だし、僕がたまにやっている居酒屋《中人》も、居酒屋なんて儲けてなんぼなのに、お金を稼ぐ気がないとか。だから世間の“普通”からはずれている。それが作品かどうかはよくわからないけど、そこで起こる違和感のある仕組みによって、通常の仕組みがフラッシュバックされて再確認されるような手法なのかもね。

三宅──お金を介在させないことで「おかしなこと」の対価を得るというのはもちろんあると思います。今回お金を発生させたのは、内輪だけにしたくなかったのと、お金を取ることである一定のルールが強いられて、それをつくる楽しさだったりとか、小さな社会を発生させる状況が生まれるなと思ったからです。そういうお金の仕組みには興味があります。お金を取ろうと決めたときに、儲けようとは言っていないけど赤字はやっぱり避けたくて、いろいろ“普通”じゃないんですけど、大きなところから見たらやっぱり“普通”ですよね。小さいところの良さを見ないつもりはないんだけど、狭い世界だなという気がしています。

小森──お金に関しては、赤字が出たら実際に困るしそんなに余裕はないから、助成金がこれくらい取れて、ドキュメントにはこれくらい使いたいからこれくらいの儲けでいいや、みたいな目標の立て方をしていて、特に儲けることを前提としていません。自分たちに無理がなくて心地よい程度ということで、営利目的のゲストハウスとは完全に目指すところが違うから当然設定が変わってきます。
 そもそもお金を取ることにしたのは、内輪というよりもいわゆるアート界隈の人たちだけではなくて、外に開こうという意識が働いています。お金払ったらだれでも参加できますよ、という。単なるゲストハウスと同じ目線で普通にお客さんとして来てくれる人たちを迎えるためにああいう構造にしたんだから、もうちょっとアート関係者ではない人たちがどう振舞うかということを意識してもよかったのかなと思います。僕らの友達とその友達が来ることが多いから、どうしてもアート界隈に偏るのは自然なことだと思いますが、そうじゃない人たちへのフォローがもう少しあるとよかったのかな。

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  • Dialogue Tour 2010とは

三宅航太郎

1982年生まれ。おもな活動に、「食事」の「おみくじ」=「おしょくじ」をつくっていくプロジェクト、顔面に建築を組み立てていく《顔面建築》、ヒ...

蛇谷りえ

1984年生まれ。大阪在住。2007年から3年間、築港ARC(アートリソースセンター by Outenin)のサブディレクターを務めた後、大...

小森真樹

1982年生まれ。東京大学大学院博士課程。芸術社会学/ミュージアム・スタディース。論文=「日本における『アート』の登場と変遷」(2007)、...

中崎透

1976年茨城県生まれ。美術家。武蔵野美術大学大学院造形研究科博士後期課程満期単位取得退学。現在、茨城県水戸市を拠点に活動。言葉やイメージと...