現代美術用語辞典 1.0
トロンプ=ルイユ
Trompe-l'oeil
2009年01月15日掲載
「だまし絵」。精緻な描写によって観者の錯覚を引き起こす絵画のことで、果物を寄せ集めて男性の横顔に見立てたアルチンボルドの《春》や、卵の載った巣を前面に描いて岩山と鷲の姿をだぶらせたR・マグリットの《アルンハイムの領地》などの例を挙げれば、それがいかなるものか思い当たる人も多いだろう。クアドラトゥーラ(遠近法による天井画の技法)の発展によって開拓されたこの領域は、絵画が現実を模倣するうえでの限界と、絵画が備えている人間の知覚を歪める効果とを追究するかたちで発展したものであり、「偽の知覚」を前提としている点ではイリュージョンの一形態と呼ぶこともできる。ただし、「精巧な描写」と同時に「三次元的な奥行き」も含意しているイリュージョンの「偽の知覚」は、トロンプ=ルイユのそれよりも広義であり、両者の関係を取り違えてはならない。アルチンボルドやマグリットの絵画に「だまされる」ことがありうる半面、いかに精巧であろうとも、風景画の中の風景を本物と取り違え、「だまされる」観者は、原理上存在しない。キャンヴァスの上と網膜の上で成立する二重の「偽の知覚」が、絵画の中のイメージを実際の事物と取り違える契機を孕んでいることが、イリュージョンの一形態としてのトロンプ=ルイユの成立要件なのである。
[執筆者:暮沢剛巳]