安城市内姫小川町の誓願寺には、戦国期の松平家に仕えた内藤清長と伝わる宝篋印塔があります。清長の系統は後に越後村上藩・日向延岡藩・陸奥湯長谷藩・三河挙母藩などの大名家となり明治まで続きました。清長の子信成は、当時重要な拠点である韮山(静岡県伊豆の国市)や駿府(静岡市)・長浜(滋賀県長浜市)等を任され、家康の異母弟の伝説を持つほど信頼を得ていました。同じく子の家長は関ヶ原の戦いの前哨戦である伏見城の戦いで鳥居元忠や松平家忠と共に討死した人物です。
 清長の同族である忠郷の系統も家康・秀忠に仕え、信濃高遠藩主や断絶した安房勝山藩主・志摩鳥羽藩主でした。東京都新宿区の由来である内藤新宿は、高遠藩の内藤家から付けられたものです。この他にも幕府内の旗本や御三家の家臣として仕えた内藤家もあります。三河内藤一族は約50家を分立し家筋を発展させました。
 今回の展覧会では、市域に出自を持つとされる三河内藤一族が家康の許でどのような働きをし、また初期幕政においていかなる役割をもっていたかについて、大名家となった内藤家を中心に、旗本・御三家に付属した内藤家や内藤家の家臣の動向を含めて展示します。