福岡 川浪千鶴
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安部泰輔個展「さわぐ夜」
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三菱地所アルティアム イントロダクション・シリーズの9回目。同シリーズでは、九州・山口の若手作家を対象にした現代美術の公募展「九州コンテンポラリーアートの冒険」入選作家から、今後が期待される新人をさらに選考し、年1回新作の個展形式で紹介している。
昨年度のコンポラ入選者で1974年生まれ、大分市在住の安部の作品は、このチャンスと、アルティアムの広い空間を生かしきった新人の力作として、同シリーズ中でも強く印象づけられた。
これまで使い古しの布を使い、人間の営みや関係、そこから生まれる共感や共鳴を手探りしてきた安部の、今回のテーマは「夢」。寝ているあいだに見る「夢」や、子どもの頃に思い描いたさまざまな「夢」を再び思い起こすことで、今ある自分自身を再認識しようとしている。
私たちが共通に抱くことができる夢の記憶、これらをひもといていくため、「夜」の深さと広がりを、物語仕立てで展開させた構成がおもしろい。
物語は、まず夕暮れ時の室内から始まる。学習ノートや資料を置いた机と椅子の上には、昔の茶の間を思わせる電灯が下げられ、その明かりは時折点滅し、席にすわった人の心を微妙に不安にさせる。見まわすと部屋の隅から、端切れでできた小さなぬいぐるみのクマ(すべて作家の手作り)がこっそりとこちらを見ていることに気づく。そして、「不思議の国のアリス」の兎よろしく、夜の路地にも似た薄暗く細い通路の角角でチビクマは振り返り、私たちを招きながら駆けていく。誘われるまま、クマの先導がなくなった先までさらに足を進めると、突然真夜中の公園のような、学校のような、ひらけた場所にでる。いや、そこは場所ではなく、すでに、唐突に「夢」の直中だった。
中央には置き忘れられたオモチャがころがる円形の砂場。そこに生えているスコップの木や天井には、無数のクマ(よく見ると天使クマと悪魔クマがいる)が逆さに吊り下げられている。砂場にもベンチにも、さまざまな素材や色彩の布でつくられたクマが無造作にころがっている。(その数は何と300)つい触れてみたくなるクマたちは、鑑賞者の手によってあちらこちらと絶えず移動し、さまざまなポーズをとらされ、触れた人のサインを伝言ゲームのように次に訪れる人に伝えていく。
すべてが黒板(深緑色の)でできている壁は、多くの人が描き(書き)、消し、加えた落書きで埋め尽くされている。黒板で囲われることで物理的に演出された夜の闇は、にぎやかな落書きのざわめきがあって、はじめて夢の世界として完成するように仕組まれており、それは初日から見事に機能していた。
「夢」の中では、登場する人物の、ひとつひとつはささいな行動とその積み重なりが、新しい何かを次々と生み出していく。砂場、くま、ベンチ、黒板といったものたちは、人々に子どもの頃の記憶へと遡らさせる触媒作用をもつだけでなく、共同の夢の中で、それぞれが登場人物として関わることを自然に促してもいた。参加者にかなり努力と負担を強いる「参加型」の展覧会も多いなか、作品のコンセプトとして、鑑賞者に自然で自発的な参加と自分探しを促した点においても安部の今回の試みは、大いに注目される。
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会場:三菱地所アルティアム
会期:1999年10月21日〜11月7日
問い合わせ:Tel.092-733-2050 三菱地所アルティアム
学芸員レポート[福岡県立美術館]
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安部泰輔展だけでなく、いま福岡で行われている展覧会やプロジェクトのテーマやキーワードに「夢」が多いのはなぜだろうか。10月28日から福岡県立美術館で始まった3つの展覧会も、期せず「夢」尽くしとなった。
桃山時代から近代までの県内の優れた絵馬を集めた「特別展 絵馬」や、子どもからお年寄りまで幅広い年代に絵馬制作を呼びかけた「わたしの絵馬」展の出品作には、個人の、地域の、人間の、ささやかで、切実で、普遍的な夢や願いがこめられている。現在、福岡アジア美術館の交流プログラムで福岡市に長期滞在しているタン・ダウの「バナナリーフ・プロジェクト」や、田川市で
川俣正
が行っている「コールマイン・プロジェクト」も、「夢」の共有、共存という点において、民衆の美術として生き続けている絵馬と重なって見える。
また、わたしが担当している「アートの現場・福岡 VOL.6 森秀信」展では、戦後の日本が追い求めた理想の、夢の生活や未来像が一体何だったのか、現代のあいまいな空間を通じて検証されている。過去における「夢の未来」、それと現実のずれをクローズアップすることで見えてくるものは、近・現代の日本における「夢のアート/アートの夢」でもある。
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