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fieldwork
ギャラリー−5
東京アートフィールド
方丈と絵画
レントゲンクンストラウム 佐藤勲展

《Passenger, Wideawake97-98, Missing Link》
表札
レントゲンクンストラウム 表札
槻橋 修

鍛えられた界隈

icon都市には「鍛えられた界隈(かいわい)」というのがある。刀鍛冶が鉄を鍛えるように、すみずみまで手を加えられ、また刀が持つ人を選ぶ様に道行く人が街に選ばれているという様な緊張感が充満する界隈である。
 東京でいえば、南青山などは典型的に鍛えられた場所だといえるだろう。街としては旧い屋敷街のスケールを残し、細い路地が巡らされている。しかし建物の多くは80年代に建て替わり、高級な建材ときっちりとした目地割りで収められたコンクリート造のオフィスやマンションが立ちならぶ。硬質な建物や邸宅の高いコンクリート塀がぎっしりと路地の両側を埋め、駐車場などの空地も少ないので、一本路地を入ると靴音の響きが急に高くなる。おそらく東京でもっとも狭いギャラリー、レントゲンクンストラウムは、この街の「鍛えられた」路地裏のマンションの一室にある。集合住宅と変わらない寸法でつくられたマンションで、入り口のドアをあけると廊下にインフォメーション・ラックがあり、その廊下に面する四畳半の部屋が展示スペースになっている。奥にあるオフィスの方は幾分広いスペースがとられている。このギャラリーはマンションの中にあるから狭いというのではない。一番狭い部屋を展示スペースにあてているところに、意識的に「極小」であろうとするギャラリーの姿勢が表れている。

方丈の思考

現代の日本では、四畳半という空間は「最小の生活空間」の代名詞的存在であるが、カプセルホテルや古くは茶室など、日本には空間の小ささに対する特別な意識がある。それを最も端的に表しているのは鴨長明の「方丈記」に出てくる方丈の庵であろう。方丈とは禅宗寺院から生まれた一丈四方、四畳半の広さのスペースである。長明は安住の地を求めて転居を繰り返し、そのたびに住処は十分の一、百分の一と住処を小さくする。最後にたどり着いた閑居生活における方丈の庵では、もはや土地を得ることさえも放棄し、かわりに「我」と「庵」への垂直的な視線を獲得する。そこで極小となった庵は、それを取り巻く外界を引き込んだひとつの場として、一度に全体性にまで拡大された認識の地平を拓くのである。大きな作品がつくられる現代美術の潮流のなかで、ギャラリーを極小にすることがそれほど不自然なことに思われないのは、極小の空間がこのような形式的抽象性に結びつくという感覚があるからであろう。鍛えられた硬質な場所においては、人・モノすべてがスタイリッシュに緊張しているので、雑踏の中の不可測の出来事を待つよりも、抽象性の深淵に思考を誘導する場を用意するのが適当なのかもしれない。

背中で〈みる〉絵画

このギャラリーで行われた佐藤勲の個展は、まさに「方丈の思考」に真正面から取り組もうとしたものであった。幅3ミリから5ミリの細いカラーテープを縦横に張り込んで平面をつくる。チベットの僧侶が曼陀羅をつくるように、単純な作業が延々と反復されてつくられた肌理は、両眼の視差によって干渉し、ときに無限遠の奥行きを知覚させる。絵画のキャンバスが壁に架けられるように、色の組合わせを違えた平面で四方の壁が占められている。しかしそのテクスチュアと狭小な部屋の壁面が、すなわち反復するカラーテープの幅と四畳半という部屋のスケールとが、絵画の展示形式を跳びこえて直接身体に作用するのである。展示空間の極端な小ささは慣習的な姿勢での鑑賞を妨げる。作品と同時に部屋自体が知覚されることを嫌う作家もきっといるだろう。しかしキャンバスとギャラリーの中間的なスケールをもったメディアとして考えれば、視覚芸術を視覚以外の感覚でも知覚させる場としての楽しみはひろがるだろう。ひとは背中で絵を感じることも出来るのだから。



通路
通路



Passenger98
「Wideawake: Red-Pink-Silver,
Passenger98」細部



作品2点
「Blue-Orange--Silverと
Green-Orange--Silver」



Green-Orange--Silver
「Green-Orange--Silver」細部
レントゲンクンストラウム
所在地:港区南青山3-14-13・ツイン南青山103
展覧会日程:1998年1月12日-2月7日 佐藤勲展
3月23日より ヤノベケンジ「ルナ・プロジェクト」史上最後の映画館9
問い合わせ:Tel.03-3915-7784
写真:槻橋 修
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