
reviews & critiques ||| レヴュー&批評 |
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ギャラリー-1 |
東京アート・フィールド-「小山登美夫ギャラリー 」
微気候の生成、あるいはスペシフィケーションの問題 |

ギャラリー内より入り口方向を見る |
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槻橋 修 |
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記号論的迷宮の微気候
フランス在住の若手アーティスト、多田佳予子の日本初の個展『リヴァーシブル』は、ヒートアイランドと化した都心の一角に「涼しいスペース」をつくりだした。東京・佐賀町にある小山登美夫ギャラリーがその舞台である。
ギャラリーとなっている部屋はさほど広くはない。しかし3メートルあまりある高 い天井からつり下げられたレースのカーテンが、部屋の平面を縦横に分割し、全体が半透明の薄膜でできた小さな――しかも決して迷うことはないであろう――迷路空間となっている。中庭に面した入り口と、それに対面する窓が開け放たれ、吹き抜ける柔らかい風が、空間全体を静かに揺らす。レースでできた間仕切りの中に分け入ると、生地の表面に繊細な操作が加えられていることに気づくだろう。フランスで調達したという生地には、花やウサギ、イルカなどの図柄が編み込まれているのだが、たとえばイルカ模様であるはずの部分が切り抜かれて、反対側の無地の面に縫いつけられているといった具合に、花やウサギも別の壁に移植されていたりするのである。静かに光を放つ線香花火のように、控えめな記号の操作。
この操作は、マルセル・デュシャンのレディ=メイドに代表されるような、記号論的な操作による意味の生成と通底する現代美術の手法ではある。また記号の群れが、レースという半透明な間仕切りの表面に散らばるように縫い付けられて、外の景色とオーヴァーラップしている様子には、〈大ガラス〉で発明された空間の形式を連想することもできるだろう。全体として「涼しさ」という日常的な身体感覚を呼び起こすと同時に、現代美術としての批評的なウィットがちりばめられているというエレガントな 手法に、作家の力量をうかがえる。
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間仕切りにはそれぞれ異なる
柄のものが使用されている
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食糧ビル中庭。ギャラリーは2階バルコニーの奥にある |
特殊なるサイトとしてのギャラリー
多田自身の言によれば、今回のインスタレーションは実際にギャラリーを訪れたうえで制作されている。また、会場が現代美術館ほど大きな部屋であった場合、あるいは会期が冬であった場合、作品は全く違うものになっていただろうと彼女は言う。意図的に開け放たれたギャラリーの入り口から、清涼な風と共に外の風景が飛び込んでくる。この作品がこれほど開かれた表現となったのは、もちろんこのギャラリー自体の空 間の特殊性に大きく起因しているともいえるのだ。
オープンして1年余りの小山登美夫ギャラリーは、佐賀町の食糧ビルの2階にある。食糧ビルは1927年に米穀売買の市場として建てられた近代洋風建築で、現在も江東食糧販売協同組合が所有している。またこのビルは佐賀町エキジビットスペースのある建物として、すでによく知られてもいる。現代美術ギャラリーとして新しい価値が見いだされたのは1983年、深川・富岡八幡宮の夏祭りを見物に来ていた小池一子氏(現・佐賀町エキジビットスペース、ディレクター)が偶然この建物を見かけたことにはじまるという。現在は10余りの卸業者と二つの美術ギャラリーが同居し、更に映画やテレビ、写真のロケにも頻繁に使われている。
この建築の最大の魅力はロの字型に囲まれた中庭である。丸ビルに代表されるような近代の事務所建築は、採光や換気のために大きな中庭を持つものが多いが、食糧ビルの場合、中庭はさらに、米を積み上げて競りをするスペースとして独特の機能をもっていた。南北両側の道路に面してあけられた、搬入路を兼ねる大きなアーチのゲートと、上階に設けられたバルコニーが、中庭に舞台装置的な様相をあたえている。
建築家の磯崎新は、60年代以降のサイト・スペシフィックな美術作品を対象とした美術館が、なんでも受け入れることのできる均質な容れ物ではなく、アーティストに対して独自のサイトを提供できるような建築である必要があると述べている。この下町の小さなギャラリーでは、美術館のように様々なサイトを大規模に提供することはできない。しかし深川という江戸から近代にかけての痕跡を残す土地の特殊性を利用し、かつ建築のプログラムを書き換えることによって、小さいながらも特殊なサイトとしての強度を獲得している。そして今回の作品は、ギャラリーの特殊性を受容しつつ、オーヴァーラップした結果生じる微気候、すなわち「涼しさ」によって、見かけの弱々しさに反して非常に印象的な作品となっているといえるだろう。サイト・スペシフィックなだけでなく、シーズン・スペシフィックとも呼ぶべき、更なる特殊化 をもくろんだ作品である。
地下鉄を降りて、ギャラリーまで約5分、真夏の太陽の下を歩いていくことをお薦めする。きっと歩いた分だけ作品は語りかけてくれるだろう。 |

食糧ビル外観


移し変えられた
ウサギの図柄 |
小山登美夫ギャラリー
ギャラリー・アーティストにはダン・アッシャー、落合多武、桑原正彦、太郎千恵蔵、奈良美智、ポール・マッカーシー、村上隆らがいる。 |
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小山登美夫ギャラリー案内図 |
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1 |
東西線門前仲町3番出口徒歩12分 |
10 |
隅田川大橋 |
2 |
木場方面 |
11 |
永代橋 |
3 |
佐賀町エキジビット・スペース(3F) |
12 |
T-CAT |
4 |
小山登美夫ギャラリー(2F) |
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Royal Park Hotel |
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〒 |
14 |
IBM |
6 |
GS |
15 |
人形町方面 |
7 |
DUNLOP |
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茅場町、日本橋方面 |
8 |
北京 |
17 |
半蔵門線水天宮前2番出口徒歩8分 |
9 |
佐賀1丁目バス停(東22、東京駅―錦糸町) |
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多田佳予子《リヴァーシブル》
会場:小山登美夫ギャラリー
会期:1997年7月22日~8月9日
問い合わせ:Tel.03-3630-2205 |
写真:槻橋 修 |
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