2020年01月15日号
次回2月3日更新予定

キュレーターズノート

展覧会における体験は遺伝情報に影響を与えるか
──YCAMバイオ・リサーチとcontact Gonzoがとりくむ身体表現(最終回)

津田和俊/吉﨑和彦(いずれも山口情報芸術センター[YCAM])

2019年12月15日号

contact GonzoYCAMバイオ・リサーチによる展覧会「wow, see you in the next life./過去と未来、不確かな情報についての考察」が10月12日に開幕してから約2カ月が経ち、会期も終盤に差し掛かってきた。本連載の最終回となる今回は、展覧会や会期中に開催したイヴェントについてレポートする。なお、展覧会については、広島市現代美術館学芸員の角氏のレビューが前号のキュレーターズノートに掲載されているので、そちらも是非ご覧いただきたい。

展覧会と時空を超えてつながる塚原悠也のSF小説


展覧会の物語は、その開幕前から始まっている。どういうことかと言うと、塚原悠也(contact Gonzo)のSF小説が会期2カ月前に発行された関連マガジンで連載をスタートし、その物語が展覧会と時空間を超えてつながりながら展開しているのだ。

物語は、2619年、火星で発見された、あるインタヴューから始まる。このインタヴューは、人工知能「ヌカムリ・ジャミポス」がYCAMの主任研究員「イーチャム」に対して行なったものである。インタヴューが行なわれたのは2538年のコロニーで、人類は地球から離れ、火星やコロニーに移り住み、YCAMも地球上に物理的には存在しない。YCAMは概念上の組織としてのみ存在し、イーチャムがひとりで運営している。この未来のYCAMは、2019年のcontact Gonzoとの展覧会で来場者から集めた「運のいい遺伝子」をcontact Gonzoの遺伝子と掛け合わせて編集した人間を作り出す「ゴンゾゲノム・プロジェクト」を行なっている。

実際の展覧会でも来場者のなかから「運のいい遺伝子」を集めており、この小説を読めば、展覧会で体験したことが物語上の未来へとつながっていることに気付くだろう。小説もまた、展覧会を構成する要素のひとつとなっている。塚原の小説は現在、マガジンの2号で2話目が出ており、来月に発行する3号で物語が完結する予定である。

ゴンゾ・パーク案内


さて、小説は600年後の未来の話だが、実際の展覧会は2019年現在が舞台である。今回、普段は演劇やダンス公演で使用することの多いスタジオAを会場に、「ゴンゾ・パーク」という名の、研究施設を備えたパークを作った。

この「ゴンゾ・パーク」は、地下、1階、3階の3つのフロアから構成される。1階には、contact Gonzoの動きやパフォーマンスにおける身体への負荷を実際に体験できる「エピライダー」と呼ばれる3つの装置と、その体験に伴う身体の負荷や痕跡の影響などを蒐集・解析する「バイオラボ」がある。

地下では、前号でレポートした山口に伝わる「二鹿伝承」をたどってcontact Gonzoが敢行したバイク旅の記録や、来場者による怪我自慢や運のよさにまつわるエピソードと生体サンプルが展示されている。そして3階は、パークを一望できる展望エリアとなっている。



展覧会風景[撮影:守屋友樹 提供:山口情報芸術センター[YCAM]]


まずパーク内に入って目にするのは、パークの中央に建つ建屋。運がよければ、天井から降る雨に打たれている建屋の姿を見ることができるだろう。雨は毎日11時から18時まで一時間に一度、雷鳴とともに降りはじめ、約5分間降り続ける。この建屋の後ろには、さらに別の建屋が二つ建っている。



チェーン・サーフィンをするcontact Gonzoの松見拓也[撮影:小池アイ子]


左:石を身体に「乗せる」contact Gonzoの三ヶ尻敬悟、右:ピッチング・マシーンのボールを受ける塚原[撮影:小池アイ子]

各建屋の中では、横たわって身体に石を「乗せる」、建屋の二つの壁のあいだに張られた一本のチェーンの上にサーフィンをするかのように乗る、ピッチング・マシーンから飛んでくるボールを身体で受ける、という3つの異なる体験をすることができる。これらの行為は、contact Gonzoの過去のパフォーマンスの動きや身体への負荷を来場者が追体験できるようにデザインされたものだ。例えば、contact Gonzoのパフォーマンスでは相手を殴る、殴られるという動作がよく見られるが、このとき生じる身体への衝撃をピッチング・マシーンから飛んでくるボールを受けることによって感じることができる。また同様に、相手に乗る、乗られるという動作をほかの二つの「エピライダー」で体験することができる。

「エピ=epi」は「後天的な」という意味で、親や祖先から受け継いできた経験を乗りこなすという意味を込めて、「エピライダー」と名付けられた。contact Gonzoの動きや身体への負荷を経験することによって私たちの遺伝情報(DNAを取り巻く状況)に影響があるのかについて、バイオラボでは研究している。

バイオラボを併設する意図


今回の研究の拠り所となるのが、前稿でも少し触れた「エピジェネティクス」と呼ばれる研究領域である。DNAは親から受け継がれ、基本的にはその情報を変化させずに一生涯、身体を形作る設計図として機能する。しかし、DNAやその周辺物質の一部に、特定の物質が付着することで、DNAからの情報の読み取られ方(遺伝子発現)が変化することが知られている。

また、その遺伝子発現の変化には、栄養や運動、環境の変化などの経験が影響するということもわかってきている。例えば最近では、双子の宇宙飛行士のひとりが宇宙に一年間滞在し、もうひとりが地上で生活し、その違いを調べるという研究がNASAで行なわれた。その結果、宇宙空間での経験が、遺伝子発現に変化をもたらすことが明らかになっている★1

さらに、これまでは経験によるものは遺伝には影響しないと考えられてきたが、最近の研究では、経験によるDNAを取り巻く状況の変化が、部分的に子孫に遺伝するかもしれないと言われている。

それでは、芸術家が生み出した身体的体験は、遺伝情報にどのような影響を与えうるだろうか。会期中、YCAMバイオ・リサーチのメンバーが「エピライダー」を可能な限り体験し、その経験の前後での変化を調べている。具体的には、メンバーの唾液を定期的に採集し、そこからゲノムDNAを抽出、小型ポータブルDNAシーケンサー「MinION/Flongle」を用いて、DNAを取り巻く状況の変化を解析し、ディスプレイに可視化している。



MinION/Flongleを使ってDNAシークエンシングをするYCAMバイオ・リサーチの津田[撮影:小池アイ子]

オープニング・パフォーマンスとYCAMオープンラボ2019「ナマモノのあつかいかた」


展覧会初日には、contact GonzoとYCAMバイオ・リサーチによるパフォーマンスを上演した。これは、京都の比叡山から山口まで二つの頭を持つ鹿に追いかけられて逃げてきたというcontact Gonzoに、YCAMバイオ・リサーチのメンバーがその旅について聞くという、インタビュー形式で展開する演劇であった。上演中、津田は鹿の糞からDNAを抽出してその情報を読み取るという実験をリアルタイムで行なった★2



オープニング・パフォーマンスの様子[撮影:守屋友樹 提供:山口情報芸術センター[YCAM]]

11月には、スロベニア、ガーナ、インドネシア、オーストリア、日本でバイオテクノロジーを使って芸術表現や地域社会の問題に取り組むアートセンターやラボ、アート・コレクティブ、研究者を招いて「YCAMオープンラボ2019 ナマモノのあつかいかた」と題した2日間のトークセッションと展覧会ツアーを開催した。

バイオテクノロジーは、その技術の進歩と普及が急速に進み、誰にでも手が届くほど身近になる一方で、生命倫理や安全性に関する議論が起こっている、まさに「ナマモノ」のように刻々と変化するような不確かな状況にある。だからこそ、実践者や研究者が集まってその経験や知識を共有し、意見を交わすことに意義があると考え、バイオテクノロジーの芸術表現における可能性や、バイオラボが地域社会における役割を焦点に、各ゲストがそれぞれの活動について発表した。また、ただ話を聞くだけでなく、身体を動かしてバイオテクノロジーについて考えてもらおうと、contact GonzoとYCAMバイオ・リサーチのメンバーによる展覧会ツアーも実施した。

そして、二日目の最後にはすべてのゲストが登壇するディスカッションを行なった。ここでは地理的にも、置かれた状況も異なるゲストが、地域社会におけるバイオラボの役割やアートと科学のコラボレーションに関する問題点、自律的な組織の運営などについて意見を交わしたが、なかには生物を芸術表現で扱ううえでの倫理的な問題など生命倫理に関わることも議論に挙がった。



「YCAMオープンラボ2019 ナマモノのあつかいかた」の様子。
左からカペリツァ・ギャラリーのキュレーター、サンドラ・サジョヴィッチ氏(スロベニア)、アートコレクティブのライフパッチのヌル・アクバル・アロファトゥラ氏(インドネシア)、シンビオティカのオロン・カッツ氏(オーストラリア)、ハイブ・バイオラボのハリー・アクリゴ氏(ガーナ)、研究者の片野晃輔氏、contact Gonzoのメンバー。YCAMバイオ・リサーチのメンバーとともに議論を行なった。
[撮影:谷康弘 提供:山口情報芸術センター[YCAM]]

問われる倫理的な問題


展覧会の構想を練る過程で、生命倫理の問題についてはcontact Gonzoとも何度も議論した。ゲノム編集の技術を人間の受精卵に応用すれば、好みの容姿にデザインしたり運動能力を高めることだってできるだろう。しかし、このとき「よい」とされる基準はどれだけ普遍的なものなのか。この基準について問いかけるために、本展では、「運のよさ」という主観的な基準で遺伝子を集め、保管している。

会場では、注意事項に同意してもらった来場者から、運のよさをアピールする出来事や印象に残っているエピソードを書いてもらい、唾液あるいは髪の毛を提供してもらっている。唾液や髪の毛からゲノム情報を読むことができる。しかし、個人情報であるため、その扱いについて研究者や弁護士に相談し慎重に検討した結果、本展では来場者のゲノム情報を読むことはせず、集めた唾液や髪の毛は会期終了後廃棄することにした。

ここで再び冒頭で触れた小説に戻ろう。今から500年後、ゲノム編集技術の進歩により、世界には美男美女が溢れている。contact Gonzoの遺伝子を引き継ぐ子孫たちは特徴的な顔つきをしているため、かつては周囲からの風当たりが強かったが、それがかっこいいとされる逆転現象が起きている★3。今「よい」と考えられていることが、500年後の未来においても「よい」とは限らない。ここでは、価値基準そのものが未来の視点から問われている。

本展覧会は来年1月19日まで開催している。本連載や関連マガジンなど異なるメディアを使って本展のことを発信しているが、フィジカルな体験を通して、自身の身体が過去から未来へと何かを伝えているかもしれない、その可能性に思いを馳せてもらいたい。そのため、是非会場に足を運んでいただき、展覧会を体験して欲しい。最終日には、contact GonzoとYCAMバイオ・リサーチによるパフォーマンスcontact Gonzoのドキュメンタリー映画『ミニマ・モラリア』の上映もあるため、contact Gonzoの世界にどっぷり浸かる一日になるだろう。最後が宣伝となってしまって恐縮だが、YCAMバイオ・リサーチとしてアーティストとともに展覧会を作るというはじめての試みについて書いた本連載をここで終わりにさせていただく。★4


★1──NASA Twins Study https://www.nasa.gov/twins-study
★2──パフォーマンスの記録動画がウェブサイトで公開されている。https://vimeo.com/369473849
★3──contact Gonzo+YCAMバイオ・リサーチ『wow, see you in the next life. (The magazine)』vol. 2、山口情報芸術センター[YCAM]、2019、pp.23-24
★4──本連載では、YCAMの視点からプロジェクトについて語ってきたが、Webメディア「paperC」において、塚原がcontact Gonzoの視点から本プロジェクトの経緯について語っている。ご関心のある方は、そちらの連載インタビューも併せて読んでいただきたい。


contact Gonzo+YCAMバイオ・リサーチ 「wow, see you in the next life./過去と未来、不確かな情報についての考察」

会場:山口情報芸術センター[YCAM](山口県山口市中園町7-7)
会期:2019年10月12日(土)〜2020年1月19日(日)


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